第313話 士官候補生入校式 その2

 デューク達士官候補生の前に現れた知生体は、大変長い牙と突き出た鼻が特徴的な白毛のイノシシの軍人でした。その白さは老齢によるものなのか、目元には深い皺が寄って牙の根元も少し歪んでいます。


 ただ、その背丈はかなり高く歩く姿は背筋がビッとしたいかにも高級軍人らしいもので、軍服の下には鍛え抜かれた筋肉質のカラダがあることを示しています。そこには見るものをして威厳というものを感じざるを得ない風格というものが自然と備わっていました。


 イノシシは11名の衛視リクトルヒを従えています。デュークは「リクトルヒが11名ということは、前執政官?」と思いながら――


「候補生総員、敬礼っ!」


 と、掛け声を掛け、拳を固めて頭の横に付けるという共生宇宙軍式敬礼をしました。デュークは入学試験にて最高得点を叩き出していたため、入学時候補生総代に任じられていたのです。


 他の候補生らも同じようにして敬礼をすると、白いイノシシはサパリとした実に手慣れた返礼を行い壇上に上がりました。そして長い牙に軽く触れると、おもむろに口を開きます。


「私は共生宇宙軍元帥ヌシ・オコートです。本校の校長となります」


 オコート元帥を名乗ったイノシシの声は大変渋みのある威厳たっぷりな物でしたが、その口調は大変に穏やで目下の者に使うにはかなり丁寧なものでした。口元にはかすかな笑みがあふれ、いかにも好々爺という印象を与えます。


「先のイノシシ族執政官でもあります」


 続けて元帥は自らを前執政官――執政官経験者であると説明しました。ただ、彼の服装は前執政官に認められたトーガ姿ではありませんから、共生宇宙軍元帥であり中央士官学校の校長であることを重視しているのでしょう。


「皆さんに、長々しいお話は不要でしょう。共生宇宙軍の良き士官となってください。以上」


 オコート元帥は端的な訓示を終えサッと敬礼を掲げます。デュークはあわてて「総員返礼!」と掛け声をあげました。


 軽く敬礼をしながら部屋を出ていく元帥を見送ったデューク達はブリーフィングルームでしばらくの小休憩を命じられます。


「校長先生はイノシシのじっちゃんだったね~~!」


「猪突猛進の種族だと聞いたけれど、随分と穏やかな方なのねぇ」


「元帥と言ったら軍人の最高の称号だし、前執政官なのにね」


 オコート元帥の威厳と丁寧さが合わさった風情にデューク達は「あれが紳士というものなのかな」とか「自然とにじみ出る風格だわ!」やら「年経たイノシシ~~猪神様だ~~!」などと感想を漏らしていると――


「おいおい、雰囲気に騙されるなよ。ありゃ、だいぶ気が短いヤツなんだぜ」


「あ、スイキー!」


 士官候補生の階級章を着た飛べないトリ――ペンギン帝国の公子にして執政官第一候補であるスイキーがヒョコヒョコやってきたのです。


「そうか、スイキーも士官候補生だものね」


「そうさ、そんでもって中央士官学校二号生様だ。お前さんたちの先輩ってことになるな。ま、気軽にスイキーパイセンって呼んでくれや」


 スイキーはかなり身分の高いトリであり、今はデューク達の先輩になるのですが、生来の性格であるらしい、いつもの軽々しさでそう言いました。


「パイセンパイセン、スイキーパイセン~~!」


「飛べないトリが先輩ねぇ……まぁ、そういうことにしておくわ」


「なるほど、先輩かぁ」


 デューク達がそのような感想を漏らすとスイキーは「はっ、とはいえ新兵訓練所の同期生だからな。真面目にやらんといかん時以外は、スイキーでいいぜ」と答えました。


「ところでスイキー。オコート元帥のことなのだけど」


「そうそう、雰囲気に騙されるなってどゆこと~~?」


「そうね、あの方が気が短いようには見えなかったわ」


 デューク達は先立ってのスイキーの言葉に疑問符を浮かべました。


「外見はいかにも威厳があって、年齢相応に落ち着いた感じだけどな。ありゃぁ、イノシシの親玉だぜ」


 スイキーが言うには「イノシシってな、生来猛々しい生き物だぜ。共生宇宙軍を構成する種族の中でもトップクラスに好戦的で、老齢であろうがその性根は変わらんのだ」と続けます。


「へぇ、それが執政官まで務めた知生体でもそうなの?」


「そうだな、オコート元帥は年代物の軍人でな。今は前線にでない名誉職をやってる爺さんだが、現役時代は武闘派でならしていたんだ。敵が多数だとしても”踏みつぶせ!”なんて言って突撃をブチかます――ま、猛将タイプだわな」


「気が短いというのはどういうことよ?」


「ああ、短気ってわけじゃねーが、極端に判断が早くて、無駄が嫌いなんだ」


「それってカークライト提督みたいだね~~!」


「カークライト提督か……あれよりも数段上だな」


 元帥は艦隊戦において敵の弱点が即座に見えてしまうという特技を持っており、それはある意味カークライト提督とタイプが似ているのですが、スイキーがいうにはレベルがはるかに高いというのです。


「数万の艦隊を率いてそれができるのだからな。ある意味、化け物なのさ。ま、元帥にして執政官――ただのイノシシじゃないことはたしかだ」


「へぇ……凄いイノシシなんだねぇ」


 カークライト提督の手腕について感銘を受けているデュークですが、それをはるかに超えるといわれたデュークは驚きを隠せません。


「それにしてもスイキー、オコート元帥のことを良く知っているね」


 スイキーとラビッツ提督のやり取りから、彼が連合の偉い人さんと繋がりが深いことを知っているデュークは「もしかして知り合いなの?」と尋ねます。


「おお、ガキの頃から良くしてもらっているぞ。まぁ、執政官繋がりだな」


 スイキーは小さな頃から、共生宇宙軍に限らず共生知生体連合の枢要な人物と引き合わされていました。


「それってコネ作りってやつかしら?」


「親の七光りと~~コネクション~~!」


「いや、まぁ……たしかにそうとも言えるんだが。なんていうか、避けられない義務なんだよなァ。そうだな、お前さんらが軍に入らざるを得ないのと同じようにな」


 ナワリン達のあけっぴろげな突っ込みに、スイキーは苦笑いを隠せません。ペンギン帝国において長子であることは、次期皇帝であることを意味し、いずれは種族代表執政官となることが義務付けられていますから、龍骨の民の軍艦型が、その性質からして生まれた時から共生宇宙軍の艦艇となることが決まっているのに似ているかもしれません。


「それで、スイキー。この後はどうなるのかな?」


「ああ、そいつを教えに来たんだ。俺はお前さんたち指導役だからな。ほれ、他の一号生にも二号生が付いているだろ? 」


 あたりを見ると、スイキーの言うように先輩候補生が付き添い、何事かと教えています。中央士官学校では先輩は後輩の面倒を見る準教官のような存在――スイキーは「教えるは学ぶの半ばなりって言ってな。俺っちにとっても勉強になるんだ」と言ってクワカカカと高い笑いしたのです。

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