第309話 試験終了

「エクセレーネ候補生の意見具申を可とする。試験を終了とする」


 童顔なアライグマのリリィが高級軍人っぽい口調で答えます。


「ふぇ、試験終了? そ、それって――」


「もう少し手間取ると思ったけれど、なかなかやるじゃない、”デューク・テストベッツ受験生”」


 リリィが本名を名指したものですから、彼は「あ、もしかして――」と、義体の目をまん丸くさせ、頭のアホ毛をクルクルさせながら「義体だってバレてるんですか?」と尋ねました。


「大工廠のドクトル・グラヴィティから事前通達があったわ。フネの受験生が可愛い顔したメトセルの少年の義体に入ってやってくるってね」


 リリィは手をスリスリさせながら「連合技術中将から直接連絡がくるなんて、なかなかないことだわ」と言い、エクセレーネは「ほんとうによくできた義体ですよねぇ。作り物にしても、美少年よねぇ」などとデュークの義体の頬をプニプニつつきました。


「えっと……つまり、お二人は受験生じゃないんですね」


「私は中央士官学校教官のリリィ・ラスカー。宇宙軍少佐だわ。こっちのエクセレーネは試験に駆り出された中央士官学校士官候補生ね」


 リリィが言うには「今年の試験は教官と士官候補生が直接、受験生の資質を測るものだったの」ということでした。実のところエクセレーネは中央士官学校の第二学年にあたる候補生であり、リリィは士官学校の教官という立場にあったのです。


「とはいえ、こんなに簡単に合格を出すことになるなんて思ってもいなかったわね」


「仕方がありません教官。シミュレーションの目的の背景を完全に読み切られて、さらっと最適解を示したのですから、即座に試験終了とするほかありませんわ」


 エクセレーネは「私が受験生の時には、これほど鮮やかに答えられたかどうか……」と感心し、リリィは「見事なまでに鮮やかな問題解決をしてくれったわね」と笑みを浮かべました。


「戦地から帰ってきた旦那に聞いてはいたけれど、あなた本当に優秀なフネなのね」


「ふぇっ、もしかしてリリィ少佐はラスカー大佐の――」


 デュークの問いにリリィは「そう、大砲屋のスターリング・ラスカーは私の配偶者よ」と答えました。そしてリリィは下をペロッと出しながら「君のおかげで命拾いしたとも聞いているっす」と笑いました。


「さて、ウィスコンシンアライグマ族の故郷訛りはこれくらいにして、エクセレーネ候補生、その子のサイキック能力――ご先祖様システムはどんな感じ?」   


「えっと、かなりクリアに意思疎通ができるみたいです。思念波リンクが特徴的だからすぐわかります。確認だけどデューク、あなたご先祖様と会話できているでしょ?」


「ふぇ、普通はそうじゃないんですか?」


 龍骨の民の背骨に残るご先祖様の記録と記憶はかなり曖昧な形で発現することが多いのですが、デュークは極めて巨大な龍骨を持っているがためにかご先祖様がはっきりとした形で現れる傾向にあります。


「それに極めて優秀なフネがご先祖にいるみたいです。この試験をあれほど簡単に解いたのですから。誰と話をしていたのかしら?」


「ええと、名前はわからないのですけれど、ずいぶんと威厳のあるフネでした」


「威厳のある龍骨の民――少なくとも将軍クラス。もしかしたら執政官クラスのフネが発現していたのかもしれないわね。たしか何代か前のフネの執政官に恐ろしいほどの知略を持ったフネがいたはず」


「ふぇ、執政官?」


 エクセレーネが出し抜けに執政官という単語を使ったものですから、デュークは困惑してしまいます。


「僕のご先祖様に執政官なんていたのかなぁ?」


「何を言っているのよ。龍骨の民はこの数百年の間ずっと主要12種族の一つ、ご先祖に執政官がいるのは当り前よ」


 エクセレーネが戦史に詳しいという偽装を使っていたのですが、実のところ共生知生体連合の歴史について幅広い知識をもっているのは本当のことでした。その彼女がそういうのですから、これは確かなことでしょう。


「そもそも、先代の執政官は――」


 と、キツネ顔の彼女が続けようとした時でした。リリィの手元の端末がピピッと鳴り、なにかの報告が上がってきます。


「おっと、他の受験生のシミュレーションもいくつか終わったみたいね」


 手元の端末に他の試験が終了した報告が入ってきたことを確かめたリリィは「デュークが一番乗りだけれども」と呟きました。


「あ、そうだ。ほかにも二隻のフネが試験を受けているはずですけれど、どうなっていますか?」


「戦艦ナワリンと重巡洋艦ペトラね……ええ、彼女たちも終了しているわ」


 そう言ったリリィは手元の端末を眺めてどこか不思議そうな表情で小首を傾げたのです。

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