第310話 執政官へ至る道

「彼女たちもの示した解決方法は全く違う物だったようね」


「というと?」


 リリィ教官は改めて手元の端末に目を通すと、こう言うのです。


「重巡洋艦ペトラは強硬策――超長距離射撃による重ガンマ線レーザーを使って惑星規模の核電磁パルスを引き起こし敵防衛網を無力化、その間隙を突いて強襲揚陸艇を投入し連合市民の救援をおこう作戦を立てたみたい」


「ふぇ、それだと電磁パルスで相当な被害が出るのでは?!」


「確かにそれはそう。でも、首都星内では戒厳令が敷かれているから民間の被害は最低限。連合市民は凡そが大使館に立てこもっているから、これを救援してしまえばあとはどうとでもなるって判断」


「それって星系内熱核兵器使用条件法に違反するんじゃ……」


「大気圏最上層のさらに上の上、明確に宇宙空間と定義できるあたりを弾着地点に設定したみたい」


 星系内熱核兵器使用条件法とは、惑星内での熱核兵器の使用をについて厳しい条件を付けている法律です。また重ガンマ線レーザーによる砲撃や、推進器官をプラズマジェット兵器として使用することについても同様の規制が定められています。


「そして、宇宙空間で発生させた電磁パルスそのものは条件法違反ではないのよ。まぁ、派手な太陽風バーストが発生したのと同じだから」


「あ、そうか例外条項があったっけ」


 ただし、ペトラのように宇宙空間に対してレーザーをぶっぱなし、惑星から散逸している稀薄な大気成分を基にEMPパルスを作ることはギリギリセーフでした。


「そこから強襲上陸ですって? なんだかペトラっぽくないやり口だなぁ」


「たしかに商船氏族出身にしてはやり口が荒っぽいわねぇ。もしかして、彼女のご先祖様に強襲揚陸艦でもいたのかもしれないわね」


 商船氏族であるメルチャントのフネはその大よそが商船として生まれるのですが、ごく稀に軍艦種が現れることもあります。


 ペトラ本人は薄ら笑いを浮かべながら「目くらましからの~~! 強襲上陸だぁ~~! 野郎ども降りろ! 降りろ! 降りろ!」とブチかましていたそうですから、彼女のご先祖様にはロジャー・ヤングとかフリーダム・フォートレスやらアキツーマルなるフネがいたに違いありません。


「ナワリンはどんな策をとったのですか?」


「あらら、これは実に面白い方法だわ。彼女、星系内重水素プラントを接収して、交渉材料にしたみたいね。つまり、プラントを人質に取ったんだわ」


「重水素プラントを人質にッ?!」


 星系内航行には重水素やそれを加工した推進剤が必須のものであり、星系内の最重要施設の一つでした。リリィ曰く「クーデタ派の手が回って居なかったところを強奪まがいのやり口で接収したみたいね」ということです。


「備蓄された推進剤をあらかた徴発して、大量の爆薬をこれ見よがしに設置。ついでにプラントの縮退炉をいつでも暴走させられるようにしてから、交渉という名の”脅し”を掛けたみたい」


「うわぁ……」


 星系での重水素補給ができなくなるということは、恒星間勢力にとって星系の戦略的価値が著しく減じるのです。ナワリンは「この星系の資産ですって? 私には関係ないわ、容赦なくぶっ壊すわよ?」とノリノリで脅しをかけることで、反乱勢力の動きを牽制したのです。


「それにしてもナワリンにしては、ずいぶん回りくどいやり方だなぁ。あの娘だったら、もっと直接的なやり口をとるかと思ったけれど」


「彼女はアームドフラウ出身だったわね。軍関係者の間でも脳みそまで武装した筋肉乙女という評判……ただ、現執政官スノーウインドもあそこの出身だわ」


 リリィ曰く「あの方は悪辣を絵にかいたような軍略家なのよ」ということでした。絶対無敵の脳筋氏族と呼ばれるアームドフラウですが、全てが全てそうではなく古の策士も核やというような切れ者が時たま産まれるのです。


「へぇ、お休みの時のスノーウインド執政官しか見たことがないから意外だなぁ」


 デュークにとってのスノーウインドとは美味しい料理を作ってくれた近所のおばさん――レディ・タンヤンのイメージが強すぎるのですが、彼女をよく知る者はスノーウインドは腹黒さでは人後に落ちないほどの恐るべきフネとして認識されていました。


「執政官と同じ祖先の記憶――同じ設計図を持っている可能性があるわね」


 龍骨の民の設計図の仕組みについては不明なところが多いのですが、共生知生体連合に所属した艦船はすべてデータベースに登録されているので、誰がどのフネの設計図を引き継いでいるかは、ある程度のところまで調べることが可能でした。


「へぇ、そんなことまでわかるのかぁ」


「競走馬の血統表とは違って、かなり複雑で複合的だから完全なものではないけれど、龍骨の民って主要種族だから結構研究されているのよ」


  リリィはそこで「どちらにせよ中央士官学校入学試験としては、彼女たちも合格ね。試験というより、確認作業にすぎなかったけれど」と漏らしました。


「ふぇ、試験が確認作業ですか?」


「ええ、あなた達にとってこの試験は形式上のものと言えるわ。なにせあなた達三隻には執政官の推薦状があるもの」


「推薦状……ですか?」


「くだんのスノーウインド執政官が発行した勅令みたいなものね」


 いまいちピンと来ていないデュークに、リリィ教官はこう続けます。


「龍骨の民の執政官はなり手が極めて少ないの。それもそのはず、生きている宇宙船は面倒ごとが嫌いだものね」


「はぁ、なんとなくわかります。でも、執政官と中央士官学校とどういう関係があるのでしょうか?」


「あら? あなた中央士官学校の候補生になるっていうことの意味をしらないのね」


 リリィは「あ、これはすでに罠に掛かっているのだわ」と漏らしてから、さらに続けます。


「中央士官学校は共生宇宙軍の中でも特別なところなの、優秀な指揮官を輩出するための教育機関であり、執政府や元老院の要員の育成機関でもあるの」


「はぁ、それで――」


 いまいちピンと来ていないデュークにリリィはこう尋ねます。


「あなた中央士官学校を出たら何になりたいのよ?」


「ええと、宇宙軍の総司令官、です」


「共生宇宙軍総司令っていえば軍の最高幹部だけど、これになるには法務官や執政官になる必要があるわ。そうでないと元老院が認めないから」


 共生宇宙軍は強烈なシビリアンコントロール下にあり、正規艦隊指揮官以上の将官には執政府の要職にあたる者しかなることができません。


「元老院直轄の護民官でもなれるけれど、あれは主要氏族からは選ばれることはないわ。だから、龍骨の民なら執政府入りするのが筋。そして中央士官学校は、軍の教育機関としてはそれの登竜門みたいなところなの」


「ははぁ……そういうことだったのかぁ」


 そのあたりの事情についてデュークも薄々気づいていたのですが、その手のことについてあまり深く考えていなかった彼は「執政官……あれ? でも、執政官についてなにも知らないなぁ」などと首をかしげるのでした。

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