第188話 次元断裂
「緊急時スターライン航法完了~~! あ、やっぱりここにもブラックホールがあるよぉ~~」
「降着円盤が見えるわねぇ……その他には、なんにも無いところだわぁ」
ブラックホールしか無い星系は、基本的に科学研究の材料にしかなりません。引き割かれた恒星の名残である降着円盤には膨大なエネルギーが有るとされていますが、それを引き出すためのコストがかかり過ぎて、使い物に成りませんでした。
「星系内地図は真っ白だな。ほとんど使われていないんだなぁ」
デュークは航路データとして残る過去の航跡を確かめるのですが、この星系を使うフネはほとんどいないようです。銀河物流というものは、基本的に安全な星系同士を結んで作られているのだから仕方がありません。
「うわ……かなり離れているのに潮汐力を感じるよ」
ブラックホールが放つ重力波が、龍骨をわずかに歪ませます。
「次の星系がゴルモア星系だけど、普通に進んだら、5日はかかわねぇ。ブラックホールを使ったスイングバイで、大加速をするのかしら?」
「あ、それってあまり意味が無いって聞いたよ。加速しても離れるときに引っ張られるから、速度が相殺されるんだよ」
「じゃぁどうするのかしら~~?」
デューク達が艦首をかしげていると、カークライトは少しばかり離れた宙域に向かうように指示を出しました。
「えっと、この先は危険地帯って情報があるぞ。異常重力源――ブラックホールの影響で空間に歪みが出来ているところだな」
「それって、かなり危ないんじゃない~~?」
「普通なら避けて通るところだわ。提督らしくないわねぇ」
カークライト提督と航海を行ったことのあるデューク達は、提督が効率的で無駄のない航路設定をしないことを知っています。それは安全性にも考慮した優れたものなのです。
「おや、先行する部隊が戻って来たぞ」
先に進んでいたデッカー特任大佐の部隊が、スルスルと戻ってきます。彼は、カークライトに状況を報告するべく、デュークを中心とした旗艦部隊に合流しました。
「いやぁ、ヒデェ目にあったぜ」
なぜかデッカーはクレーン先を口の中に入れてペロペロと舐めながら、カークライトに報告を行います。
「ご苦労、中の状況はどうだ?」
「データではこんな感じだぜ――」
デッカー特任大佐は、カークライトになにやらデータ送信を行いました。それを眺めた提督は、少しばかり目をしかめます。
「やはりな…………」
「うじゃうじゃいるぜぇ。マジで行く気かよ」
デッカーは嫌そうな目をして、カークライトに尋ねます。提督は示されたデータを確認しながら「ふむ……」と、瞑目して思案を始めました。
「提督が考え込んでいるわ……邪魔しないようにしましょ」
「そうだね~~ところでデッカーさーん。何を見つけたのぉ~~?」
「先行して航路を確保って言ってましたけれど、なにか有りましたか?」
提督が黙り込んだので、デューク達は戻ってきたデッカーに状況の説明を求めました。
「おお、カークライトの指示で、憲兵偵察艦を率いてこの星系をセンシングしていたんだがな。やはりこういう強い重力源の近くには多いんだ」
「えっと、それってなんですか?」
「ん、まだ見たことが無いのか。そうだな、見たほうが早いな。そしたら、少しばかり
デッカーは少し離れたところにある宙域を示します。そこはなにもない空間なのですが、なにか白い幻のようなものがブワリと吹き出していました。
「白く輝く物体が吹き出しているだろ?」
「あら……もしかしてあれってエーテルかしら?」
「通常空間で見るのは初めてねぇ~~」
ナワリンとペトラの視覚素子は、超空間にしか存在しないエーテルを捉えています。噴出したそれは、通常空間に触れるとすぐに特性を失い、輝きと色が消してゆきました。
「もしかして超空間の口が開いているのかな?」
「超空間ともいえるかもしれんが……ちょっと違うものだ。あれは次元断裂とよばれる空間異常だ」
超空間は上代人が作り出したトンネル状のものですが、次元断裂とは自然発生した空間の異常でした。空間と空間の間にある超時空物質エーテルに満ちている所はおなじですが、全く別物なのです。
「エーテルの作用で、一応航路として使えるんだがな。そんでもってあれがゴルモアの方に伸びていることは確認できたぜ。中に入れば2日ばかりで到着できそうだ」
「じゃ、ゴルモア救援に、間に合いますね!」
デューク達はゴルモアにいち早く到着しなければならないのですが、通常空間をスターラインするのでは時間がかかり過ぎます。でも、超空間の代用になる物があるとわかり、デューク達は「わーい」と喜びました。
「だがよぉ、超空間とは違うと言ったろ? 中はこんなヤツラがうじゃうじゃしてやがった」
デッカーは、次元断層に潜ったときに拾った画像データをデューク達に配信します。そこには、10メートルから100メートルほどの物体が幾つもリストアップされていました。
「ふぇぇぇ、こ、これは!」
「ぎょえ~~~~!」
「なによこれ、気持ち悪いわぁ……」
その形状は――――グニョグニョとした気持ちの悪い触手が絡み合っていたり、肉腫のような物が固まっていたり、不透明な粘液が集まっているような――禍々しさを感じるものです。
デューク達は「うひぃ」とか「キモイわ」とか「えんがちょ~~」と龍骨を震わせました。それほどの異質な物体なのです。
「な、なんですか……これ?」
「おぅ、こいつらは一種指定危険生物――通称”エーテル超獣”と呼ばれているぜ。別次元から湧き出た異次元の生命体と言われててな、エーテルの中でしか生息できないとされている化け物さ」
デッカーは「ばけもの」というところを強調して説明しました。
「うへぇ…………とにかくキモいわぁ」
「エンガチョな生き物だ~~!」
「うーん、おじいちゃんから聞いたことがあるけれど、こんなヤツラだったんだ」
「こんな気色の悪いヤツラが、あの中には無数に住んでいるんだ。そんでもってコイツらは、フネを襲ってくるんだぜ。ほれ、俺のクレーンの先を見ろよ」
デッカーはそれまでしゃぶっていたクレーンの先を取り出しました。すると、そこには歪な形になった手が現れるのです。その指の一本は根本から完全に無くなっていました。
「50m級のエーテル超獣に食いつかれてな。指を食いちぎられちまった」
「うわぁ……酷いわねぇ」
「僕らの指って結構硬い金属でできてるのに……それを食いちぎるなんて」
龍骨の民のクレーンは、フレキシブルな構造をしていますが、主に金属と炭素繊維でできているため、生中なことでは壊れるものではありません。
「エーテルの中ではビームセーバーがうまく機能しなくてなぁ。いやはや、オレっちの中にいる
デッカーの兵員輸送部分にいる部下たちが「化け物め……俺たちのボスをやるとは!」「くっ、我らの力が及ばす、大佐殿の指が……」「畜生め、次は狩ってやる!」などとプンプン怒っています。
光学兵器の効果が薄いエーテルの中では、実弾だけが頼りでした。特務武装憲兵隊は、ライフルとスコップで奮闘し、エーテル超獣を撃退していたのです。少なからぬ負傷者も出ていました。
「おおぅ……そんなバトルが展開されていたんだ……」
「それだけヤヴァイ生物なのねぇ」
「ひぇ~~虫より怖いかも~~~~!」
「ま、とにかく、エーテル超獣は俺達フネにすら被害を与える危険生物であることは間違いねぇ……」
デッカーはフリゲートサイズのフネですが、中には大型船すら危険なサイズのエーテル超獣もいるのです。だから、普通は次元断裂なんてものは、航海に使わないのが当然のことでした。
「だがなぁ、今回ばかりは仕方がねーか……それが仕事だからな。そうだろ? カークライト」
デッカーが思案を続けるカークライト提督にそう言います。するとそれまで思案顔をしていたカークライトがやおら目を見開きました。
「うむ、危険が有るとしてもゆくしか無いのだ」
そしてカークライト提督は――
「全艦に発令、第一種戦闘配置。エーテル内戦闘に備えよ」
――と、分艦隊に戦闘態勢を整えるように告げました。
デューク達は、進む先に危険な生物がいるとわかっていても、ゴルモア星系を一刻も早く到着するために、前に進むしかないのです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます