第206話 打ち込まれた楔
小惑星帯を囲む帝国軍の後方にある巨大な軍艦の中枢――豪奢な椅子にて佇む機械帝国第一皇女アルル・オーバスター・メカロニアが、美しい口元をへの字に曲げていました。
「まだ落とせないわね。飽きたわ。実に飽きたわ」
小惑星を盾に激しい抵抗を続ける共生宇宙軍とゴルモア星系軍に向けて、機械帝国の前衛部隊が単調な攻撃を繰り返しています。それらの光景は、機械帝国中央軍の次元潜航艦による即時通信で、リアルタイムでもたらされていました。
「敵の粘り強い抵抗を眺めるだけですからなぁ」
参謀ロボットジェイムスンは片眼鏡を掛け直しながら、アルルに同意します。
「まったく、辺境の民は使えないわねぇ」
「辺境軍閥から繰り込んだ部隊ですからな。辺境民には帝国への忠誠と臣下としての服従心が足りませぬ」
参謀ロボットジェイムスンは、機械人の心を制御する電子的な原則を――そのふたつまでを口にします。
「やはり辺境民は我が強いわね。戦時強要コードにも限界はあるわねぇ」
「そうですな、第三原則の意図的な拡大解釈にもほどがあります」
第三原則――機械人は帝国の利益のために自己防衛せねばならないというコードを持っていました。その解釈は個々の機械民によりかなりの違いがあるのですが、辺境の民は第三原則を肥大化させ、他の原則の効果をある程度相殺しているのです。
そのような辺境軍閥あがりの部隊は士気が低く、共生宇宙軍から猛烈な反撃を食らうと慌てて退散し、後方の部隊と交代することを繰り替えしていました。
「それ以上に敵ながら天晴というところかもしれません。予想された継戦能力を越えてもまだ戦っております」
「推進剤を冷却に回しているようね。死守命令でも出ているのかしら? 防戦、奮戦、死線の果てに――玉砕を覚悟した死兵は強いわねぇ」
「今回は都合が良かったかもしれませぬ。あれらのおかげで、辺境民の選定も大方が終わりましたからな」
彼らは、激烈な抵抗を見せるゴルモア防衛隊を利用して、辺境軍閥あがりの機械民達の忠誠心を測っていたのです。
「とはいえ、そろそろしまいにして後は本軍で揉み潰してしまいましょう――おや?」
ジェイムスンは、スクリーンに写った小惑星攻囲部隊のプリップが端の方から次々に消えて行くのに気づきます。即座に状況を分析した彼は、予想外の方面から新手が現れたことを報告します。
「敵の別働隊? この星系にまだそんな戦力があったのね」
「いえ、共生宇宙軍の正規艦艇のようですな。第三艦隊の先行部隊――数は千隻、大方分艦隊レベルといったところかと」
ジェイムスンはゴルモア星系の周辺域の状況を確かめました。主敵としている第三艦隊の主力が到着するにはまだ時間があるため、先遣隊であると判断を下しました。続けて彼は、その部隊の動きを分析し始めます。
「む……飽和攻撃からの時間差のない亜光速弾頭による攻撃。間髪をいれずに主砲を放っております。相当に練度が高い部隊と指揮官がいるようです」
「あら、艦列が乱れたら、間髪入れず突撃まで始めているわ。戦意も十分ね」
戦況を眺めていたアルルとジェイムスンは、共生宇宙軍が大型艦を先頭にしながら前進を始めた様子をスクリーン上で眺めます。
「雪崩を打って後退をはじめているじゃない」
アルルが呟いた通り、機械帝国の前衛部隊の戦列はガタガタになり、行き足の乗った共生宇宙軍は大型艦を先頭にその歩みを止めることなくさらに前進してゆきます。
「まとまった部隊はないの?」
「ふぅむ、グレゲル伯爵領の部隊が応戦を始めるようです」
「辺境皇帝を名乗ってたアレから疎まれて、辺境のさらにド辺境にいたやつ?」
「しかり――前当主は
ジェイムスンはグレゲル伯爵の部隊が巧妙な部隊運用により、共生宇宙軍部隊の前方に展開する光景を眺めながら、こう続けます。
「ほぉ、両翼を広げて半包囲に持ち込むつもりですな。勢いのある敵を止めるには、受け流しつつ包囲する一手。教科書通りの運動ですが、手堅い」
「先頭の大型艦に集中砲火を浴びせるのね」
グレゲル伯爵は艦艇を両翼に伸ばしつつ、本隊を用いて射撃を開始します。その筒先から飛び出た発光は1000を超え、その半数が連合の大型艦付近に集中しました
「良い射撃ね」
集中した火線が共生宇宙軍の先頭に到達し、膨大なエネルギーが艦外障壁にぶつかると――
「あらら……弾かれたわ」
膨大なエネルギー干渉波が生じて、ヒットしたレーザーは全て明後日の方向に飛び退ってゆきました。
「先頭の大型艦、相当な装甲を持っているようね」
「観測データを出します」
戦艦のおぼろげなシルエットがスクリーンに映り込みます。連合の先頭に立った艦は、ゴテゴテとした増加装甲を持ち、その上戦艦クラスの物体を盾にしてレーザーを巧みに防御していたのです。
「全長1.5キロはある超大型艦ですな。装甲強化型の上に、両舷に標準戦艦を抱えて盾にしているようです」
「へぇ、装甲が白いじゃない。それに随分と格好良いわ」
アルルが興味深そうに白い戦艦を眺める中、その艦は重ガンマ線レーザーをドカドカと放ち始めました。後方に続いた共生宇宙軍の艦艇もそれに加わると、あっという間に100隻程度のフネが行動不能に陥ります。
「凄まじい火力ですな。他の艦も相当の手練のようです」
「グレゲルは大丈夫かしら?」
「ふむ、それほど乱れておりませぬ。被害を受けながら陣形を完成させつつあります。かなり指揮能力が高いのでしょう」
「へぇ、じいやが褒めるなんて珍しいわねぇ。やるじゃない、彼」
「彼? ああ、彼女は女性型機械人ですぞ」
「女伯爵なの? 早くそう言ってよ」
そのような会話がなされる中、グレゲル伯爵は部隊の指揮統制を保ちつつ、両翼に展開した部隊の展開を終えようとします。
「まずまずの展開速度ですな」
「あら? 敵の速度が落ちたわよ」
艦列を並べたグレゲルの部隊が再度の攻撃を加えるべく、共生宇宙軍を押し包むようにして前進を開始する直前――連合の大型戦艦を中心にロケット弾が連続して放たれました。
「あれって対艦弾道弾?」
「いえ、無誘導のロケット弾のようです」
ロケット弾は乱数加速や誘導をすることもなく、ただ簡単な円軌道を持つだけのただの飛翔体であり、機械帝国の艦艇の鼻先を掠めるようなコースを取っています。
「的外れですじゃ。あの軌道では当たりませぬ」
ジェイムスンは簡単に軌道計算を行うと、回避の必要すらないと判断します。それはグレゲル伯爵も同じようで、共生宇宙軍を包囲すべく行動を継続しました。
しかし、飛び去ったかと思われたロケット弾の軌道上に入った艦の装甲の上で、突然ゴツン! とした打撃音が響き、何かが機械帝国艦艇にグルグルと巻き付いてゆきます。
そしてパッパッパ! と装甲の上で連続する爆発が円弧を描いたのです。
「なによあれ……」
「ぬぅ、あれは爆導索ですぞ!」
共生宇宙軍は機雷掃海用の爆導索を無数に放ち、グレゲル伯爵の両翼部隊の鼻先に識別し難い網を張っていたのです。
それらは小型核程度の威力しかありませんが、零距離で爆発すれば一次的とは言え電子装備に重大な影響を与えるのです。共生宇宙軍を包囲せんと動いていた機械帝国軍の動きが止まりました。
そこに共生宇宙軍の狙い済ました砲撃が飛び込み、最初の突撃から戻ってきた軽巡以下の高速戦隊が飛び込んできたのです。
「目くらましからの主砲斉射、そして高速機動戦隊の突撃……うむぅ」
カチカチカチと目を点滅させながら分析を続けるジェイムスンは「タイミングが完璧すぎる……優秀な指揮官がいるようですな」」と声を漏らしました。
「楔が打ち込まれるわね」
共生宇宙軍は大型戦艦を突き立てるようにして、機械帝国の艦列に食い込んでゆきました。続く共生宇宙軍の艦艇は鏃の形を崩さずに。先頭艦に続行しつつ、近距離での砲撃戦を繰り返しながら前進を続けます。
「あはっ、あの白くて大きいヤツ、戦艦を棍棒代わりにして進路上の艦艇を喰ってるじゃない」
先頭の大型戦艦は両の手に持った戦艦――500メートル以上はある標準戦艦をブンブンと振り回し、文字通り敵艦をぶん殴っていました。
「まるで破城槌ですな。あのようにクレーンを使うのは、龍骨の民でしょう」
クレーンを振り回しながら突き進む連合の白い戦艦は「どいてどいて――! 前に来ないで――!」と叫びんでいました。そしてその進路上には、グレゲル伯爵が座乗する指揮部隊が位置していたのです。
「これはいけませんな。最初から指揮官狙いだったようです」
「でも、彼女は退かないみたいよ」
グレゲル伯爵は「我こそは機械帝国伯爵グレゲルなるぞ! 止まれ連合の戦艦よ、一騎打ちを所望する!」という古式ゆかしいセリフを投げかけました。
「あらら、一騎打ちって、いつの時代の話よ」
「いえ、自分の艦を的にしているだけです。ふぅむ、勢いを巧みに交わしつつ応戦していますぞ」
ジェイムスンの見たところ、グレゲル伯爵は自分の艦が目標になっているのに気づきながらも、それを活用してなんとか事態を収拾しようとしているのです。
伯爵の艦は連合の超大型艦に対峙し主砲を放ち、ついには艦首を突き合わせ、がっぷり四つに艦外障壁をバチバチと鉢合わせました。
「大型艦の足止めに艦ごとぶつけたわ! 良いわね、彼女。とても良いわ!」
アルルはその美しき相貌に満面の笑みを浮かべながら、手を叩いて伯爵の動きを称賛しました。
「戦意にあふれる良い指揮官ですな――しかし、さほどは保たないでしょう。お
ジェイムスンが「損害を許容されますか?」というほどに尋ねました。
「もしかして自爆させる気? それも戦場の華というものだけど……」
アルルは少しばかり小首を傾げてからこう言います。
「有能な人材は帝国の貴重な財産なのよねぇ――あれだけの敵とやりあえるグレゲル伯爵は貴重な財産だわ」
「イエス、ユア、ハイネス――御心のままに」
ジェイムスンは即座に、グレゲル伯爵に対し撤退命令を出したのです。
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