第140 最後の議題
デュークらが高速艇に乗り込んだ頃――同日同刻、某所にて執政官会議が続いていました。
「やれやれ、まだ議題が残っていたか……」
メリノー主席執政官はヒツジ面に乗るくすんだ長い顎髭を撫ぜながら、フシュりと鼻から息を吐き出しました。
「これで最後ですから、背筋を伸ばしてくださいな」
龍骨の民が執政官スノーウインドが、まるまっちぃ活動体を揺らしながら、スクリーンにコマンドを打ちこみました。
「辺境の件――ニンゲンたちの残党についての調査分析結果です」
スクリーンには、共生知性体連合があるパーシアス腕の外――銀河外縁部が映し出されます。
「少し順を追って、状況を確認します。辺境領域に置く交易ルート上での交易船が消息を絶つ例が増加したのが1年ほど前――」
スノーウィンドは、コンソールを操作して、被害状況をグラフで示しました。
「――人類至上主義者連合系のスターライン航法の痕跡があったため、ニンゲンたちの海賊行為と判断。パトロール体制を強化しましたが、被害は止まるどころか、派遣した巡視隊にすら被害が及びはじめました」
スクリーン上では、共生知性体連合にほど近い辺境で、小規模なパトロール艦隊がいくつか消滅していました。
「データの分析により、これらの被害は、ニンゲンたちの新造艦によるものと断定、第五艦隊内に特務部隊を編成、辺境領域への派遣を行ったのが、3か月前でした」
「強力な打撃部隊による威力偵察……それは失敗に終わったということだったな。ステルス性能に優れたニンゲンどものフネ、か」
メリノーシニア主席執政官は、はふぅと鼻息を漏らして、嘆息するのでした。それを眺め見遣りつつ、スノーウインド執政官は新たなデータを提示します。
「これを、ご覧ください。これは、第五艦隊特務部隊が持ち帰ったデータを詳細に分析したものです。首都星系のAIによって、ようやく完了したものです」
「ぬ、これは――」
スクリーンを眺める執政官たちの目に、残存していた放射線と赤外線のマップを、首都星系の有力AI数人がかりで解析した結果が示されました。
「加速度、推進剤の残量、搭載されている兵装など、残された痕跡からは、標準的なニンゲン達の艦がそこにいたことを示しています」
「なにか、特殊なフネを造っていたのだと思っていたが……違うのか」
ゴリラ面の執政官が、冷静な指摘を行いました。
「おっしゃる通りです」と言ったスノーウインド執政官は、牛顔の執政官にちらりと視線を向けます。
「……技術局から説明します。半年前から、ニンゲン達の艦船について調査を進めていたのですが、当初は最初はステルス性能に特化した艦、例えば外装を全て熱光学電磁コーディングで作るなどの艦を想定していました」
ブル執政官は、一度、言葉を区切って、次の様に説明します。
「しかし、そこに居たと思われるのは、ただの旧型艦ばかり――そこで特務部隊が行っていた重力波センシングの記録を調べることにしました」
重力波センシングは、微弱な重力子の反応を、長時間蓄積することで探査を行うものです。即応性に欠けるため、戦闘に用いることは難しいものですが、後日改めてデータを分析すれば、手がかりを得ることができるのでした。
ブル執政官は特務部隊の各艦が記録していたデータを解析し、あることを見つけたと言いました。
「なにも無い――重力波が検出されなかったのです」
「それはどういうことだね?」
「それはつまり、重力波探査のデータを見る限り、特務部隊を攻撃したニンゲン達の艦はいなかったということになります」
「ふむ……重力制御技術か。しかし、それを行えば、熱や光電磁波をまき散らすことになるだろう」
共生知性体連合では、縮退炉技術を基礎とした重力制御が実用化されていますが、廃熱や電磁波の漏出が問題になるのでした。ゴリラ顔の執政官が、そのことを冷静に指摘すると、ブル執政官はこのように答えます。
「おっしゃる通りです。しかし、熱も電磁波も出てはいない――そこで、そのことら逆算して、このように考えました――」
ブル執政官は、ふぅと一息ついてから、このような説明を行います。
「ニンゲン達の艦隊は、空間制御技術の応用――空間そのものを隠蔽する技術を運用しているものと考えています」
「空間制御⁈」
メリノーシニア主席執政官を始め、執政官たちは口々に、「それはあり得ない!」「我らの技術でも実用化には時間が……」「惑星レベルのエネルギーが必要だってね、でもって、精々100メートルほどの範囲なんでしょ?」などと騒ぎました。
「ううむ、空間制御技術か……」
空間制御技術――空間を書き換えるという重力制御よりも困難な技術です。連合内でも研究されてはいますが、使用方法が限定される他、膨大なエネルギーが必要なため、実用化には至っていないものでした。
「しかし、全てのデータはそれを示しています」
主席執政官が疑り深く尋ねると、ブル執政官はスパリと応えるのです。
「しかし、仮にそれが本当だとして――そんな高度な技術を彼らが開発出来るものだろうか?」
主席執政官が疑念を隠せない様子で、ブル執政官に尋ねると――
「できません」
――即座にそのような確信に満ちた答えが返ってくるのです。そして、明確な答えを返したブル執政官は、あらためて言葉を繋ぎます。
「空間制御は、我々でも研究が遅々として進まぬ領域なのですから、本来の領域から切り離された、流民のごとき集団がそれができるとは考えられません」
「ううむ、それでは……何が起きているというのだ」
主席執政官の問いに、ブル執政官は今度は即座に問いに応えませんでした。彼は、少し瞑目――これを口にしても良い物かと言うほどに額に皺を寄せるのです。
彼は一しきり悩ましい顔を見せた後に、「……これはあくまで私の推測にすぎません」と前置きをしてから、このように告げるのです。
「ニンゲン達は、銀河の先人たち――古の文明の遺産を手に入れたと考えます」
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