第362話 指揮実習 その2

 デューク達が観測軌道――恒星半径の約50倍の距離に入ると、恒星から吹き上げる恒星風の密度がドンドン上昇してゆきました。


「先行してるペトラから入電だ。”恒星風がすっごく気持ちE~~!”だとさ。艦外障壁を切ってやがる」


「まだバリアを張らなくてもピリピリする程度の距離みたいね。生きている宇宙船にとっては天然のサウナか日焼けサロンみたいなものだわ」


 恒星風がもたらす強力なエネルギーは1秒間に1度も温度が上がり続け、果ては鉄の融点である1500度を軽く超えるという凄まじいもので、もし惑星があるのならばドロドロの融解惑星としてしか存在できないという極限環境です。でも、ペトラが持つ耐熱装甲板は1万度の温度に対応できるものであり、その程度のエネルギーでは全く問題はありませんでした。


「エクセレーネ戦術航宙士、観測機の方はどうですか?」


「観測機はそろそろコロナ層の内側に入るわ」


 恒星の周囲には100万度を超えるコロナ層があり、一平方キロメートル当たり20000GJ――1トンの水を5000度近くまで上昇させるというトンデモないエネルギーを持っています。


「現状ではプラズマバリアを張っているから当面は問題ないけれど」


 コロナ層のプラズマは実質はかなり稀薄なものですから、外装に触れるプラズマを強力な艦外障壁で弾き飛ばしながら進めば今のところは特に問題はありません。


「問題は熱か。たまり続ければ機能停止だからな」


「戦術航宙士、観測機はどれだけ持ちますか?」


「作動限界は10時間位ね。冷却剤はそれなりに残っているから機体は持つけれど、その前に観測機材が熱で駄目になるわ」


「了解、では予定通りコロナ層外縁部まで接近させてください。実習艦はこの距離で観測を続けます」


「アイ、コマンダー」


 エクセレーネが観測機群に指令を打ち込み降下させると、かなり詳細なデータが送られてくるようになります。


「表層からコロナ層にかけてかなり激しいフレアやプロミネンスが見えるわ。星の質量が少ないから逆に安定にしていないわね」


「恒星内の対流運動によって生じる磁力線が爆炎や爆発を引き起こす――質量の少ない星ほど内部的な対流が激しいんですよね」


「ま、小さい奴ほど忙しく動き回るってところだな。恒星も動物も似たようなものかもしらん。グワカカカ!」


 スイキーは大型のペンギン族なので常に堂々とした歩調で動きますが、これが小型種になるとピョンピョン飛び跳ねたり、自分の身長の何倍もの高さから飛び降りたりと随分活動的ですから、彼が言っていることはあながち間違いでもないでしょう。


「思念波の方はどうですか?」


「少し強くなったけれど、逆に意味がぼんやりとして、掴みどころがなくなったような感じだわ。そういうタイプの思念波を持つ知生体がいるのかも」


 思念波と言うものを通信手段として考えた場合、即時性があったりなかったり、距離に左右されたりされなかったりと、効果がまちまちで曖昧なところがありました。


「でも、現物を確認できれば、個体に狙いをつけて思念波探査できるから、知性化のレベルが詳しくわかるわ。観測機の半分をさらに降下させて調べるわね」


 そう言ったエクセレーネが観測機の内6機の高度をさらに降下させると、恒星から吹き出してくるプロミネンスの映像がより詳細に映し出されます。


「推定温度1万度か。コロナよりも温度は低いけれど、質量が桁違いだからこちらの方が危険ですね」


「ええ、いまのところその前兆はないけれど、フレアにも気を付けないと」


 恒星の爆発的活動であるフレアの温度は数百万度から数千万度にもなり、強力なX線の発生源でもあり大変に危険なものでした。また、いつ起きるかはこの時代の科学力であればある程度予想できますが、突発的に起きることもあるので注意が必要です。


「おっと、降下させた観測機群の作動限界が6時間を下回ったぜ」


「専用の機材じゃないから、寿命がガンガン減ってゆくんだわ。コマンダー・デューク、あなたの目は大丈夫?」


「目がくらまないように薄目にしているし、片舷の目で交互に見ているから問題ありません。それより、観測機とのリンクは切らさないようにしてください」


 今のデュークは右舷を恒星に向けて航宙し、片眼で恒星の観測を続けています。龍骨の民の強固な視覚素子であっても、恒星の光を至近で直視すれば目にダメージは入りますから、被害を最小限にするための措置でした。


「了解、低高度と高高度に展開させた12機の観測機と、デューク達のセンシングユニットによる多段重層観測体制を維持するわ」


 そのように観測が開始されてから1時間後が経過すると、エクセレーネの尻尾がまたピン! と立ちました。


「あそこ、あの表層上部を集中的にセンシングして。あの辺りから波が漏れてるわ」


「彩層のあの辺りですね」


 彩層とは太陽表面におけるいわば大気圏と言えるところで、1万度にもなる濃厚なガスが渦巻く激烈な環境です。


「ん…………たしかに何かがいる。でも、上手くつかめないわ」


「恒星のエネルギーが思念波に干渉しているですか?」


「そうね、思念波は量子的な性質も持ち合わせるから――さらに感度を上げて観測するしかないわね」


「だが、センシングの感度を上げたら30分と持たんぞ」


 観測機のセンサが持っている寿命はすでに限界に近づいており、感度を上げればあっという間に機能消失するでしょう。でも、エクセレーネは「もう少しで掴めそう」と許可を求めてくるのです。


「わかりました。センシングの感度を上げてください。それで足りますか?」


「十分と言いたいところだけど、微妙に足らないわね。これはサイキックとしての第六感だけど」


「不足ですか……」


 そこでデュークは一つ艦首をネジり「副長――」とスイキーに尋ねます。


「意見具申を求めるってことだな? ならば本艦の観測機器の感度を増して――って、それだとそれだとお前の両目が焼けちまうな」


「でも、センシングの解像度が上がる?」


「それは請け負うぜ」


「だったら、やりましょう」


 デュークはスイキーに向き直り「艦首を恒星に向けて正対させて両舷視覚素子で補足できるように。感度は最大で」と言いました。


「大丈夫、一時的に見えなくなるかもしれないけれど、そのうち治るから」


「まぁ、お前さんがそこまでいうなら」


 そのうち治ってしまうとは言え、艦長役であるスイキーにとって気に入らないのでしょう。とはいえこの場の指揮官はデュークですから彼に従う他ありません。


「じゃ、手早く済ませちまおう――スラスタ全開、フライホイール姿勢変更――――恒星へ向け艦首正対――完成。じゃぁ、視覚素子の感度を上げるぜ。痛覚も切っておくぞ」


 そこでスイキーは艦長権限でデュークの副脳に共生宇宙軍の強制コマンドを打ち込みます。すると両舷視覚素子の感度がスルスルと上りデュークの視線が恒星上の一点に絞られました。


「どうですか、エクセレーネ戦術航宙士」


「解像度向上――――もう少しで捉えらえることができそう……今、個体を特定中だから……よし、捉えたわ」


 エクセレーネは瞑目したまま「もう目を離して良いわよ。観測機も不要だわ」と言ってから、どこからともなく取り出した水晶玉のような装置に手をかざします。するとスクリーンに灼熱と言う言葉でも足らないような炎獄の世界が広がりました。


「なんだこいつは、もしかして恒星表面の視覚映像か?」


「ええ、現地住民の目に相乗りさせてもらっているの」


 エクセレーネが恒星上生物の一個体の視覚に介入したと聞いたスイキーが「目を盗んだってことか」と言うと、エクセレーネは「そうとも言うわね住民には気づかれていないから安心して」と説明しました。


「この目の持ち主はどんな種族かわかりますか?」


「なんだか長細いカラダをしている感じだけど……」


 エクセレーネは視覚情報の他、身体情報もある程度検知しているのですが、どうやら恒星上生物の身体構造は特殊らしく、正確に感じ取ることができないようです。


「映像からは移動しているみたいですね?」


「ええ、別の個体のところ向かっている――そんな感覚はあるわ」


「なるほど、じゃぁその個体を見てやればどんな種族かわかるな」


 そのようにしてデューク達は謎の恒星上生物の視覚に相乗りして、現地を調査することにしたのです。

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