第363話 指揮実習 その3

「思念波同調継続」


 いつもは切れ長で糸杉のような細いエクセレーネの眼がかっと見開き、ギラギラとした炎のような揺らめきを浮かべています。彼女は今、恒星上生物の視界を共有しているのですから、その性質が影響しているのでしょう。


「視覚の感覚としては、エネルギー生命体ではなくて、固体の実体をもっている感じね。恒星上生物なのにカラダがあるのは珍しいわ」


 恒星はプラズマの大気が渦巻き、温度は6000度以上もあるところであり、そんなところに住む生き物の多くは純粋なエネルギー的存在だったり、恒星そのものの波動が生命として活動するような固体的実体を持たないものが多いのです。


「ま、1万度の星にだって固体な奴はいるからな。しかし、こんな凄まじい熱世界で物が見えているとは相当の耐熱性能をもってやがる。龍骨の民並みだな」


「いや、僕らはバイザーまぶたを下ろす必要があるから、より高性能な可能性だ」


 龍骨の民の軍艦種は重ガンマ線レーザー飛び交う恒星間世界に生きる生き物であり、その眼球を覆う瞼は1万度以上の耐熱性能をもっていますが、生体的でクリクリとした眼球は数千度程度の耐熱性しかありません。


「構成素材はカルボニッック・インフィニティウムか? タンタロス系化合物の可能性もあるが」


「しかし、視界がかなり狭いのはどうしてだろう?」


「視界を狭めることで耐熱全振りの構造に進化したのかもしらんな」


 などと、デュークらが恒星上の住民の目玉の耐熱性や視覚について確認していると、エクセレーネが「別の思念波が強くなってきたわ」と告げました。


「どのようなコミュニケーション取るのかを探ってみるわ。サイキック探査にちゅうりょくするから、意識レベルが低くなります」


「了解、戦術航宙士の任は副長に移譲します」


「任されたぜ」


 そしてエクセレーネはさらなるサイキック能力を発揮するべく、座席に深く座り込み体の力を完全に抜いた状態に入ります。同時に司令部ユニットのスピーカーからゴォォォォォとした音が響き渡るようになりました。


「これは聴覚情報――あの生物が聞いている音か」


「核融合の放射とか波動がプラズマ大気を伝播しているようだぜ」


 恒星の表面の音などと言うものは、強力なバリアを持った恒星探査船や、核融合の炎に身を焼く苦行を行うサイキック修験者でもなければ、なかなか耳にすること出来ないものでした。


「しかし煩いなぁ。ノイズもひどいから、フィルターを掛けておこう」


「了解、意味のある音だけを拾うぜ」


 そのようにして恒星上の音声情報を探っていると、しばらくしてギガァァガァァァァァギャンァァァァン! という深く重い遠い雷鳴のような音が司令部ユニット内を震わせます。


「今のはなんだろう? パターンとしては自然現象のようではないけれど」


「別個体の声かもしらん。声っていうより咆哮と言う感じだけどな」


 そしてすぐに、ギャォォォォォギャォォォォォ! という大きな叫び声が伝わってきます。


「近いな。視線の持ち主の声だぜ」


「会話でもしているのかな?」


「叫び声にしか聞こえんがな」


 そこで視覚がシュインとズームインし、スクリーンに超高温のプラズマ大気の中で巨大な翼を広げて恒星の表面を滑空するように飛び、体長数キロメートルにも及ぶ巨体を駆って、プラズマの渦を巻き起こしながら優雅に舞う黒い生き物の姿が入ります。


「ほぉ、デカいな。ザルフェオン星系のアスタートカゲ恒星トカゲをもっとデカくしたような奴だ」


「黒い鱗を持っているね。多分あの鱗は一枚一枚が超高密度の構造体かなにかかな。隙間から漏れ出ているのは……プラズマのガスか、多分廃熱してるんだ」


 恒星上生物の鱗の隙間から時折プラズマガスが漏れ出している所を見ると、ガスの循環で体温を調整する生き物のようです。


「翼の端からプラズマが高速で吹き出しているぜ」


「多分、プラズマジェットを推進力に使っているんだ」


 黒々とした硬質の煌めきを持つ六枚の翼からは白熱化したプラズマジェットが噴出し、壮大な光のカーテンの様な航跡が広がっていました。


「この星の生物は天然のプラズマの推進器官を持ってるのか。なんとなく親近感が湧くよ」


「推進器官……確かにお前さん達もそうだったな。だが、ありゃ生きている宇宙船というよりは、空飛ぶトカゲにしか見えんな」


 生き物の頭部には装甲のような巨大な角が何本も伸び、その相貌の中心には燃える恒星のコアのように輝く三つの眼が備わっているのですが、どことなく爬虫類めいた顔つきをしているのです。


「見た目はどうみても宇宙怪獣の類だぜ」


 宇宙怪獣とは宇宙空間を生息地とする一般的な知生体とは違った進化を遂げた超自然的な生命体の総称でした。知性はあったりなかったりと様々ですが、いささか独特な価値観を持っていることが多く、コミュニケーションを取ることが難しいとされています。


「次元断裂に潜む次元超獣もそうだが、あれみたいなやつだと厄介だな」


「そうだね、とにかく脅威度の確認をしないとね」


 超自然的な生命体である宇宙怪獣は、宇宙を飛翔し、体長が数百キロで、体内に核融合炉めいたエネルギー源を持ち、往々にして口や目から強力な怪光線を放ったりする存在なのです。


「まずは重力異常の確認。ここまでその手の重力異常はなかったけれど、念のため」


「ああ、すでにペトラとナワリンにあの宇宙怪獣の周囲を徹底的に重力子センシングさせているぜ」


 実のところ宇宙怪獣の多くは核融合レベルのパワーを持っている存在が大半です。ただ、稀に対消滅や縮退炉レベルのパワーをもっていることもあり、そうなれば大きな脅威となります。


「ふむ、観測結果を見るに重力変動に大きな異常はないな」


 観測結果は核融合レベルの反応を見せてはいるものの、それいじょうのエネルギーソースがある証拠はないものでした。


「分類学的には、アスタートカゲ恒星トカゲの拡大版、脅威度Cってところだ」


「ここの星系の住民にとっては脅威になるかもしれないけれど? もし惑星間航行能力があったら」


「いや、問題ないはずだ。この星系の惑星やら天体の類は平々凡々、特徴がないのが特徴だったろ。もし宇宙怪獣が跋扈するようなら、そこら中に焼けこげや爆砕された天体があるはずだ」


 スイキーは「まぁ、わざわざ恒星の重力を振り切ってまで、何かをやらかす暇もないんだろうぜ」と続けました。


「奴らは、あそこで縄張り争いで忙しいんだ」


「確かに、動物が吠え合っているようにしか見えないね」


 デッカイトカゲ達はいまだに叫び声をあげ続けています。腕やら翼やら尻尾やらを振り回しながら、お互いに威嚇しあっているようにも見えました。


「やはりあれは宇宙怪獣だな。そのうち口とか目から破壊光線でも吐き出すんだぜ」


「そしてお互いに放ったビーム同士が相殺してからがバトルの本番?」


「なんだデューク良くわかってるじゃねーか」


「僕もそういう映画を見たことがあるんだ……あれ?」


 脅威度は低いと判定したことで、ちょっとばかり気の抜けた二人が呑気な事を言っていると、罵りあっているような二体のトカゲが頭上をスッと見上げます。


「なんだこいつら、上の方を向きながら叫んでいるぜ。まるで遠吠え――ホント、二大宇宙怪獣大決戦というような感じだぜ」


「あれ、でも上って、宇宙空間を見ているってこと?」


 それまでギガァァァァァァァァァァァン! とか、ギャォォォォォォォォォォ! などと咆哮を繰り返していた恒星上生物たちの視線が宇宙空間を向いているのです。


「何かを見ているようにも感じるけれど」


「なんだ、何を見ている?」


「視力を調整して遠くを見つめているようだね……これってもしかして――」


 そこでデュークは「もしかして、こちらに気づかれた?」という疑念をもたげます。宇宙怪獣とは超自然的な視力を持つこともあり、可能性は極めて低いもののステルス状態のデュークが発見されるということがあるかもしれません。


「本艦のステルスの強度を上げて、探査機は全部自壊させてください」


「了解」


 こういったところの判断はいわば経験に基づく勘所と言うものが必要ですが、デュークが年若い割には実戦経験が異常なまでに豊富で信頼がおけると知っているスイキーは「了解、実戦経験豊富な指揮官殿がそう仰せであれば」と首肯しました。


「思念波リンクも切断。逆探されているとは思えないけれど」


「了解、エクセレーネを強制起床させるぜ」


 そこでスイキーはエクセレーネの宇宙服に装備された強制起床ユニット――深い瞑想状態に入ったサイキックを叩き起こすための装置を起動しました。


「フッ――」


 同時にエクセレーネが息を吐くと、スクリーン上に移っていた映像やスピーカーから流れていた音声が立ち消えます。


「う……何があったの? こちらは特に問題がなかったけれども」


 エクセレーネは頭を振り、自分の顔を撫でまわして覚醒状態に戻りながらそう尋ねました。


「あの恒星上生物達がこっちの方を見ていました。まさかと思いますがこちらの存在を知られた可能性があるため調査を中止。思念波の逆探もありえますし」


「状況から判断して、念のためということね」


「知生体としての調査が不十分なのが残念だがな。だが、ちょっと頭の悪そうな宇宙トカゲってところだろうぜ」


 スイキーは「探査結果としては、恒星表面で暮らす脅威度Cの頭の悪そうな宇宙怪獣ってところだぜ。調査としてはもう十分だ」と言いました。


「頭の悪そうな宇宙怪獣?」


「おおよ、思念波で探っていたんだ、お前さんが一番良く分かっているだろ?」


「それはそうだけど――」


 そこで口を閉ざしたエクセレーネは「アレは確かに宇宙怪獣に分類さえるのかもしれないけれど」と言ってからこう続けます。


「彼らはかなりの紳士よ」


「紳士だと? あのお互いに吠えながら威嚇しあっていたトカゲどもがか? 傍から見ている限り縄張り争いをしている動物だぜ」


「いいえ、それは違うわ。彼らはこんな会話をしていたのよ」


 そこでエクセレーネ曰く――――――


「どうも、お久しぶりです。ジャガーノートさん」

「どうも、お久しぶりです。タイタンさん」

「今日は良い日よりですな。母星の熱も安定しておりますし」

「うむ、上層コロナの熱も悪くない。外出をするには最適です」

「しかし本日は何故ここに? 最近は三体数式の解析に注力されていたかと」

「いえ、それがなかなかもって。お恥ずかしいことですが、行き詰っておるもので」

「ははぁ、それで気晴らしにこちらへ、と」

「何も考えずに天体観測すると、良いアイデアが浮かんでくるものですから」

「なるほど、ここらは最近黒点が出来て空を見上げるには最適ですからな」

「ええ、虚空を見上げ、星々の動きに思いを馳せる。本当に良い気晴らしです」

「それはご同慶の至り。実は私も完全黒体の研究に行き詰まり――」


 などと言うような会話がなされていたというのです。


「イメージだから、完全なものではないけれど、大体こういうことね」


「ふぇっ、なんだかすごく知的で紳士な感じがしますね」


「じゃぁなんだ、あの叫び声とか威嚇行動は社交儀礼みたいなものなのか」


 実のところトカゲ達の数キロもあるカラダから放たれる咆哮にあまり意味はありませんでした。彼らは短距離思念波通信を使って、かなり知性を感じる会話をしていたというのです。


「内容は科学者の会話ね。それも数学博士か工学博士っぽいわ。三体問題」


「宇宙怪獣みたいな科学者かぁ……ホント、人は見かけによらないものなんだ」


「ううむ、農耕種族ヒャクショウ族とかモヒカン族みたいなギャップのありすぎる種族なんだな」


 農耕種族であるヒャクショウ族は見た目が凶悪で醜悪な殺人宇宙生物にしか見えない姿なのに中身は温厚な農耕種族であり、モヒカン族は種族全てが産まれた時からモヒカンヘアで全員が世紀末のゴロツキみたいな見た目なのに中身は超ナイスガイ・ナイスウーマンという変な種族です。


「宇宙怪獣みたいな姿だけど、高い知性をもっている種族か」


 デュークは人は見かけによらないものだと改めて思い、先入観というものに捕らわれないようにないと、反省するのでした。











――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 デューク達が恒星の軌道上を離れた後のことです。恒星上のトカゲ達がこのような会話をしていたかもしれません。


「時にタイタンさん、先ほどからのあれは見えておりますか?」

「N134S155領域の宇宙背景の揺らぎですか? ジャガーノートさん」

「ええ、なにかが観測を妨害しているような気が」

「たしかに、動きがおかしい」

「む、揺らぎがなくなりました」

「もしや航宙船の類でしょうか?」

「ですが、このところはトンと見かけておりません」

「たしかに――若い時分には多かったものですが」

「あれは3万年ほど前のことですな」

「上代人の皆様がおられたころですね」

「ええ、あの時は――」

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