第361話 指揮実習 その1

「あの恒星に生物、それも知生体がいるだと⁈」


「ええ、やや単調な波長だけど、知性体の可能性大だわ」


 エクセレーネは調査星系の主星の表面にそれなりに整った思念波を検知したと言い、恒星に生命体――それも知生体がいる可能性を示したのです。


「わぁ、恒星上生物ですって!」


「あのオレンジの星に生き物がいるの~?」


 マスケット銃兵にはとんと興味を示していなかったナワリン達が、恒星に生き物がいると聞いてパタパタと駆け付けてきました。


「でも、恒星って並みの生き物じゃ瞬時に焼失する気温よね」


「爆熱状態のヘリウムと水素が渦巻く超熱地獄! 5000度はあるとみた~!」


「そんなところに住んでいる変わった好みをもっているのね」


「熱に強いボクらだって、そんなところじゃ熱が溜まってアボン轟沈だよ~!」


 生きている宇宙船の装甲板の融点は、個体差があるものの大体6000度程度とされています。また、その身体には艦外障壁や強力な熱処理機能があるので、5000度であればすぐにはどうなることもありませんが、そのような環境であれば最後は熱ダレどころか、爆熱化して吹き飛んでしまうでしょう。


「ま、恒星上生物って、連合どころか宇宙を見渡しても、両の手でも数えられるくらいしかいないってことだけど」


「うんうん、かなりの激レア生物だよぉ~!」


 現在既知宇宙に存在する恒星上生物は両の手で数えられる位しか確認されていないのです。


「エクセレーネ先輩、あそこにいるのはプラズマ系生物?」


「それとも純粋エネルギー系統ぉ~?」


「思念波だけではわからないわね」


 そう答えたエクセレーネは「視覚素子を伸ばして、スキャンできないかしら?」とデュークに尋ねます。


「駄目ですね。温度が高すぎてこの距離だと光学観測がまともにできません。でも、恒星上生物はその存在を確認したら、連合監察下に置くのですよね」


「ええ、それが知生体だったらなおさらね。絶対に目を離しておけないわ」


 恒星に住む知生体は数が少ないとは言え、生き物として大変強靭であり、かつパワフルな存在です。それが内蔵するエネルギーは大変莫大なもので、そういう生き物が普通の惑星にフラッと立ち寄ったとしたら、惑星自体が破滅するのです。


「一度見たことがありますけど、恒星上生物って戦艦の装甲があっても対峙するのが難しい生き物だから、確かに確認が必要ですよね」


 デュークが首都星系で見たことのある恒星上生物は、恒星マール・アデタのプロミネンスを素体とする不定形種族でした。なぜかネコの形状を好んでとる彼らは、その平均体温が8000度を超えており、思念波を集中すると数万度のビームをぶっ放せるのです。


「ま、あのネコ型爆熱生命体みたいにビームをぶっ放せるとは思えんが、とにかく直接観測が必要だぜ」


 と言ったスイキーは「デューク、観測機の軌道を修正できるか?」と尋ねます。


「もう軌道の算出を始めてるよ」


 既にデュークは恒星に直進させて落とし込むハズだった観測機の残存推進剤を計算し、恒星表面の観測のための航路算定を始めていました。


「クワカカ、仕事が早いのはなりよりだ。さて…………」


 そこでスイキーはチラリとリリィ教官――ここ最近出番のなかったお目付け役の方に向き直り、このような事を告げるのです。


「教官、実習部隊はこれより、辺境第153丁目253番15号恒星系における恒星上生物調査に入ります」


「判断はあなたに任せてあるわ。確認がいるかしら?」


「いいえ、ですが実習部隊の揮権権移譲を行いたいと思います」


「スイカード候補生、具体的に」


 続けなさいと答えたリリィに対してスイキーは「恒星上生物の探査の重要性、恒星探査の危険性を鑑み」と言ってから――


「指揮権をデューク・テストベッツ士官候補生に移譲します」


 と宣言したのです。それに対してリリィは「なるほど、ちょうどい機会ね。よろしい」と承諾しました。


「ふぇ、僕が指揮するの?」


「士官候補生一回生もどこかで指揮の実習をする必要があるって教わっただろ。恒星上生物の調査観測なんてな、ちょうどいい機会だぜ」


 スイキーは「適度に危険で、適度な難度だからな」と言ってから、手元の端末をタタタン! と小気味良く操作してデュークへの指揮権を移譲します。すると瞬時に司令部ユニットとデューク達三隻にそなわる小規模な艦隊ネットワーク上の指揮官がデュークに置き換わりました。


「ええと、指揮権移譲を確認、これから僕が実習部隊の指揮を執ります。任務は恒星上生物の観測、危険性の有無、あればその脅威度の確認です」


 どのような組織でも、部隊とか部署的なものの指揮官になったら、その目的を明確にするのが基本です。中央士官学校でのシミュレーションで部隊指揮と星系調査のプロトコルを学んでいるデュークは、その記憶を引き出しながらまず任務の確認を行いました。


「次は部隊の機能を確立かぁ……ええと、スイカード候補生は副長を務めて貰います」


「俺が副長か――はい、スイカード候補生、副長ナンバーワン拝命します!」


 指揮官のサポート役に任命されたスイキーはフリッパーをスラっとトサカに当ててえらくまじめな真面目な顔で「グワッグワッアイアイサー!」と敬礼します。


「副長、口調は何時もの通りでお願いします」


「気になりますか指揮官殿サー?」


「実に気になります」


 指揮官となったデュークが丁寧な口調になっているのは、いろいろと神経を使っているためですが、スイキーに敬語で話しかけられた彼はそれがあまりお好みではないようです。


「そうですか、これは申し訳ありません――クワカカカ、オーケィオーケィ。部隊指揮のやり口はお前さんの専権事項だからな。ま、その方がやりやすい」


 共生知生体連合の共通語にも敬語が存在し、上官に対してはそれを用いるのがデフォルトではありますが、部隊運用は全て指揮官に一任されているので、好みでそれを変更することが可能でした。


「それから、僕が指揮を執るってことは、自分自身のコントロールが難しくなるから、それをどうにかしないと」


「ほぉ、指揮に専念するつもりか」


「初めてやることだから、それに集中しないと思うんだ」


 そう言ったデュークはスイキーに「それもお願いできますか?」と尋ねます。それに対してペンギンは「戦艦の艦長だなんて光栄だぜ。戦艦デューク艦長を謹んで拝命します」と答えました。


「それで、他の候補生の役割はどうするんだい指揮官殿?」


 口調は元に戻しながらも指揮官殿と言ったスイキーの言葉に「そこだけは譲れんのだぜ」と言うほどの重みを感じたデュークは龍骨を巡らせて、これから行う任務に必要な役割を考えます。


「エクセレーネ候補生は戦術航宙士をお願いします」


「ナワリンとペトラ、それに観測機の運用ね」


 戦術航宙士とは、哨戒任務や調査業務を行う際の具体的なプランを策定したり、現場における細々とした判断を下す役割をもっています。エクセレーネは故郷の星系軍では兵站の他様々な計画を企画した経験があるので適任といえました。


「ナワリンとペトラはエクセレーネさんの指示に従ってね」


「了解よ。戦術航宙士の指示に従うわ」


「指揮官殿の仰せのままに~!」


 デュークの直接指揮下に置かれるわけではないナワリン達ですが、特段すねるようなそぶりも見せず了承します。それどころか「なかなかよさげな配置じゃないの」とか感心したり、「人を駒の如く配置するとは、さすがデューク、将器があるよ~!」といささか斜め上の感想を漏らしていました。


「次に調査計画の策定ですが、エクセレーネ候補生、こういう場合はどのような手順が一般的でしょうか?」


「アイアイコマンダー、少しお時間を頂戴」


 そう言ったエクセレーネは、手元のユニットを操作しながら、一般的な構成調査プロトコルを睨みつつ、航宙図を眺めて星系に点在する観測機の位置を確認します。


「観測機にコンスティレーション編隊を組ませて恒星へ先行させ、ギリギリの軌道へ投入するのはどうかしら?」


「実習艦はどうしますか? 僕を含めてですけれど」


「龍骨の民と言えども、あまり恒星に近づきすぎるとそれなりのダメージを受けるから、艦外障壁で完全防御できるところまで降りて、観測機のバックアップというところね。一番目の良い重巡ペトラを先頭に、戦艦デュークが中心、殿に高速戦艦ナワリンという配置かしらね」


 それを聞いたデュークは「いつもは僕が先頭だけど、戦闘任務というより哨戒任務に近いから。そう言うものかな」と思いつつ、念のため「副長、どうでしょう?」とスイキーに尋ねます。


「良いね。どう転んでも問題が起きにくい手堅いプランってところだぜ」


 スイキーはトサカをブンブンと振って同意します。彼は根が戦闘航宙機のパイロットですから炎のような闘志があって結構アグレッシブですが、同時に氷のように冷めたところもあり、部隊や艦隊の指揮においては手堅い計画を好んでいました。


「では、戦術航宙士官のプランに基づき、これより恒星調査任務に入ります」


 そのような形で、デュークの指揮のもと、恒星上生物の調査が始まったのです。

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