第167話 優れた船乗り

「ジャンプアウト完了!」


 デュークたちは、マリーデン号以下数隻の民間船と一緒に、通常空間に降り立ちました。


「周辺警戒~~!」


 ペトラが警戒レーダーを起動させました。


「クリアだよ~~艦影はないね~~!」


「こっちも、クリアだよ」


「まだ星系外縁部だからね」


 デューク達がジャンプアウトしたのは、星系の中心から外れた小惑星もまばらなところでした。


「灯台、灯台はどこかしら?」


「微かな電波の香りはあるけれど~~、タキオンの匂いはしないよぉ~~」


「仕方ないよ。このトピア星系は、共生知性体連合執政下にないんだもの」


 連合執政下の星系では、航路局が設置したタキオンシグナルが航法のために発信されているのですが、ここではそのようなものはありませんでした。


「技術レベルが遅れているところなのよねぇ」


「タキオンレーダーを使えない星系なんて、超ど田舎ぁ~~!」


 タキオンレーダーは、量子技術を活用して光速を超えた通信を可能とします。不確実性が高いために、主に航宙用のビーコンなどに用いられていました。でも、この星系はその技術を使えるレベルにないのです。


「こうなると、位置情報は天測頼りだわ」


 普通であれば、共生知性体連合の灯台が発するシグナルが航宙の頼りとなりますが、いまは自前のレーダーと星の位置だけが頼みの綱となるのです。ナワリンは、周囲の星々の瞬きを感知しながら、位置情報を確かめました。


「星図の修正~~ヨシ! っと~~」


 超空間を使ってそれなりの遠距離を移動したので、全天の星が織りなす星座の形もかなり変わっています。ペトラの副脳に収められた星図修正用プログラムが、星図の修正をするのでした。


「ここはトピア星系というらしいのだけれど、中はどうなっているかな?」


「中心にあるのが、星系の主星ねぇ」


 デューク達が星系の内側に目を向けると、はるか遠くにボンヤリとした主星の姿が見えました。


「外側に見えるのは、ガス惑星だね。内側の惑星はほとんど見えないや」


 主星や巨大惑星の微かな光は見えるのですが、奥の方にあるはずの惑星はボンヤリとした形にしか見えませんでした。


「ここから星系内を斜めに突っ切って、手近な惑星を使ってフライバイ、それからまた星系外縁部へ行くんだね」


「でも、天体運動情報が古いわよ。1年前のものじゃない」


 デューク達は星系の中に侵入する航路を確認するのですが、古くて曖昧な情報しかないことがわかりました。ナワリンはそれを眺めて「不便なところねぇ」と言うのです。


「障害物も多そうだから、あまり速度が出せないぞ。外惑星系から出るときしかスターライン航法は使えないね」


 恒星と恒星の間にある量子的な繋がりを利用したスターライン航法は、光速を越えた速度で移動することが出来ました。でも、障害物があったり、重力源の近くではうまく働かないのです。


「その先に超空間に入るのに適した空間があるけれど、そこまで5日ってところだなぁ」


「まぁ、それでもショートカットにはなるのだからいいじゃない。超空間で滞留しているよりましよ」


 エーテルの乱流が渦巻く場所で待っているよりも、この進路を取れば10日以上短縮できると分かっています。


「航路情報の確認は終わったかな?」


 デュークらが航路を確認していると、マリアーデン号船長カークライトが、映像通信を入れてきました。


「はい、終わっています――――それで、星系内航行の指揮は?」


「普通ならば、共生宇宙軍の士官に船団長をやってもらうのだが――君等は士官オフィサーではないからな」


 軍艦も民間船も航海指揮を取るのは、正規の訓練を受けた士官です。デュークたちは、軍の中では下士官としての身分にすぎません。若い龍骨の民として、これまで自由に航宙をしてきたのは訓練の一環であり、本来は命令を受けて行動する存在でした。


「予定通り、私の方で引き受けよう」


「お願いします。40年もフネに乗っている方なら安心です」


 出向前の打ち合わせで、星系内航行の指揮はカークライト船長が行う手はずになっていました。彼は先の大戦の前から船乗りとして生きてきた相当のベテランでした。


「では、各船行動開始、ペトラ君は前に進んでくれ」


 カークライト船長は、テキパキと指示を発し始めます。彼は5隻の民間船が縦列を敷き、その前にはペトラが位置を占める形を指示します。


「ペトラ君、10秒したら軽く逆噴射――――そこでいい」


「もう位置についちゃったよ~~正確な指示だね~~!」


 カークライトはペトラに的確な指示を出して前方に起きました。


「脇の戦艦たちは、本船のガイド・ビーコンを基準にして位置を調整」


 マリアーデン号からは誘導ビーコンが放たれて、並走するデューク達の位置を速やかに示しました。


「そう、そこ、それでいい」


 彼はデュークらの巨体を無駄なく移動させて、決まった位置につかせました。


「ここか……ピタリと収まったなぁ。なんだかしっくり来る感じだよ。あ、他の民間船も、もう組み上がっているぞ」


 カークライトの指示に従っていたデュークは、他の民間船が縦陣を敷き終わったのに気づきました。僅かな時間で、船団は強固な護衛体型を構築しています。


「この組み上がりの速度って、共生宇宙軍の基準よりも全然早いわね!」


「指示が的確で、無駄がないからかな? 随分と手慣れているなぁ」


 デューク達は、早くて正確で、全く淀みのないカークライトの指示に驚きました。


「星系内航行用意」


 フネ達が位置をピタリと決めたことを確認した船団長は、縮退炉の熱を上げて推進剤を用意するように命じ、各船の状況を確かめた後に――


「進路外惑星軌道――船団、航行開始」


 ――即座に発進を命じるのでした。


「ふぇっ……これも随分と早いな。僕たちも含めたすべてのフネが温まる時間まで計算しているのか」


「安全手順はすべてクリアしているわ……問題なく行けるわ」


 船団を構築する船はそれぞれ諸元が全く違うのですが、カークライトはそれらが同時に発進できるように計算し、前進を命じたのです。


「これはすごい船乗りいうか……すごい指揮官だなぁ」


「メノウ姉さまを思い出すわね、いえそれ以上かしら」


 デューク達は、プラズマを吐き出しながら、彼らは、軽巡洋艦メノウに率いられてキノコ狩りをしたときのことを思い出しました。メノウは優れた指揮能力を持っていましたが、これはその上を行くレベルでした。


 そして、デューク達が舌を巻いているところに、新たな指示が届きます。


「えっと、ナワリンは70%、僕は75%くらいの力で航行だって?」


「ええッ?! 私達の推力比は機密事項なのよ。なんで分かるのかしら」


 カークライト船長は、デューク達の加速諸元など知らないはずでした。でも、彼はかなり正確に把握しているようです。


「うーん、優れた船乗りは船を見ただけで調子が分かるって、お婆ちゃん達が言ってた気がする……でも、私達は軍艦よねぇ、民間船の船長にそれが分かるかしら?」


「ふぅむ、もしかしてカークライトさんってば、退役軍人なのかな? でもそんな事は一口も言ってなかったけれど……」


 カークライトは、自分の事は「しがない貨客船の船長にすぎんよ」などと言っていました。


「なんにせよ、優れた船乗りなんだろうね」


 デューク達はカークライト船長の指示に従うことに龍骨が慣れ始め、それがとても気持ちの良いものだったので、それ以上は気にせずに星系内航行を続けたのです。

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