第166話 共生知性体連合航宙法に基づく安全航宙活動に関する民間協力

「あらら、エーテルが荒れに荒れてるわぁ」


 ナワリンの視覚素子には、エーテルがぐるぐると渦巻いて、大時化になっている様子が映っています。


「航宙局の予測だと、この嵐は10日以上続くって~~」


 ペトラが連合航宙局のAIから重力波を用いてもたらされた気象変動のデータを確かめると、この気象はかなり長い間続きそうなのです。


「この先に進むのは諦めるしかないなぁ。戻って別のルートを取るか、それとも――――おや?」


 艦首をひねっていたデュークの龍骨に、ピピピッ! と、連合共通規格の通信シグナルが入りました。エーテル溜まりに入った民間船が映像通信を要求してきたのです。


「はい、もしもし。こちらは共生宇宙軍所属のデューク三等軍曹であります。そちらはどちら様でしょう?」


 デュークが丁寧な応答をすると、ホログラムがブワリと立ち上がり、黒いサングラスを掛けた標準的なヒューマノイドの顔立ちが現れました。頭は綺麗に刈り揃えられ、顎には豊かな顎髭を蓄えています。


「こちらは、こちらは客船マリアーデン号、私は船長のカークライトだ。他の二隻も龍骨の民だな。君が先任か?」


 実に渋くてよく通る声で、カークライトは名乗りました。


「はい、移動中なので上の人はいないんです。一応僕が旗艦になっています」


 龍骨の民は航宙に関しては相当信頼されているため、目的地が定められている移動については自由度が高くなっているのです。実のところ今回の移動については、航路設計も含めて「勉強してこい!」とばかりに任されていました。


「軍曹ということは、まだ若い龍骨の民か……」


「はい、まだ艦齢2歳位です」


 カークライトはベテランの船乗りらしく、龍骨の民に詳しいようで、デュークがまだ少年期だと見抜きました。


「ところで、どうされました?」


「識別符号を見たところ、君たちの目的地は私達と同じ方面だな。だが、この時化で目的地へ向かうルートが寸断されているだろう?」


「僕らもそれで、困っています。別のルートを考えたのですが、時間が掛かりすぎるとわかりました」


「こちらもご同様だな……そこで、もうひとつの方法を考えてみたのだ。これを見てくれ」


 そう言ったカーライトは、航海予定図のデータをデュークに寄越します。


「えっと、この星系に降りて、外縁部から斜めに外惑星軌道に入って、スイングバイしてまた外縁部――星系を斜めに走って、こっちの主要航路に戻って来るのか。ああ、これなら随分と早そうですね!」


 それは、一旦通常空間に降りて、通常空間にある星系を経由して別の超空間航路に入る航海ルートでした。


「分かるかね。さすがは龍骨の民だ」


 カークライト船長は、デュークが瞬時にデータを理解したのを確かめ、満足そうな声を上げてから、こう続けます。


「だが、一つだけ問題がある――この星系は、連合加盟星系ではないのだ」


「へぇ、ここって連合の勢力圏なのに、加盟してない星系があるんだ」


 共生知性体連合は、共生を強制することありません。なので、勢力圏内にはところどころ、このような場所があるのです。デュークたちはこれまで、軍に定められた綺麗な航路ばかりを通っていたので、初めて見る場所だったのです。


「航宙権は確保されているが、あまり通りたくないところだ」


 カークライトは、「本来であれば、嵐がおさまるのを待って、正規のルートをとりたいのだが、お客さんがそんなところ、突っ切ればいいじゃないか、早く行け! と煩くてね」と続けました。


「ははぁ、それは困りましたね。でもまぁ、突っ切るだけなら問題ないのでは?」


「それがな、ここは現地星府の警察力が弱くて、治安が悪くてな。法的に微妙な場所だから共生宇宙軍のパトロール艦隊がいないこともあり……”出るんだよ”」


「”出る”って……なにが――」


 デュークが尋ねると、カークライト船長はこのような事実を告げるのです。


「ああ、出るんだ――――宇宙海賊Space pirateが出るんだよ!」


 宇宙海賊とは文字通り、宇宙船に乗って宇宙空間で活動する海賊です。惑星上の海賊と同様に、武器を用いて航行中の宇宙船を襲撃し、積荷を略奪したり、宇宙船の乗員を奴隷にしたりします。

 

 共生知性体連合の中枢部や、主要な超空間ルートには共生宇宙軍のパトロール艦隊がいるため、宇宙海賊はほとんどいませんが、辺境や特殊な星系では出没することがあるのです。


「う、宇宙……海賊……」


 デュークはその単語を聞いて、龍骨にドキリとしたもの感じました。彼の祖先の中には、宇宙海賊の被害を受けたものもいるので、その記憶が蘇ったのです。


「きゃぁぁぁぁぁ~~宇宙海賊~~怖いよぉぉ~~!」


 それまで黙って話を聴いていたペトラが思わず声を上げました。彼女らの龍骨の中にいる”船”のご先祖様の恐怖の経験がジワリと浮かび上がっています。


「外皮を刻まれて~~武装を外されて~~縮退炉も取り上げられて~~龍骨だけにされてしまうんだわ~~それか、首輪を付けられて、奴隷船にさせられるんだわ~~! ひぃぃぃぃぃ!」


 特にペトラ――船の比率の多い氏族メルチャント出身の彼女は、怯えてしまって涙目にすらなってしまいました。


「うわぁ、そんな記憶が残っているのね、あんたの所……とはいえ、私も感じるわ、恐怖のコードってやつを…………」


 ナワリンの氏族は軍艦ばかりなのですが、古い昔には軍艦にすら噛み付く危険な海賊もいたのでしょう。そいつは多分、海賊王というような二つ名を持っていたはずです。


「それで……僕らにどうしろと――あ、もしかして!」 


「そうだ、すまんが一つ護衛を頼まれてほしい。共生知性体連合航宙法に基づいて、安全航宙活動に関する民間協力を申請する――――」


 カークライト船長は正式なコードを示して、マリアーデン号の護衛を依頼してきます。すると、デュークの副脳に収められた法律のコードが自動的に解凍されて、申請に対して許諾を返しました。


「あっ……」


「ヨシっ通ったな! ああ、君たちのような大きな軍艦がいればとても安心だぞ!」


 客船マリアーデン号の船長は、デュークたちを見つめて朗らかに笑いました。大きな龍骨の民の軍艦が三隻もいれば、治安が悪いところでも、まったく安心なのです。


「宇宙海賊かぁ……」


 でも、何故かデュークは、一抹の不安を覚えていたのです。

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