第165話 Meal, Ready-to-Eat?

 デュークたちは、エーテル流の上を正しく飛びながら、超空間を航行しています。エーテルの波浪は激しさを保っていましたが、潮流の上を飛べばその影響が少ないのです。


「よし、エーテル溜まりが見えてきたぞ」


「民間船がいくつか滞留しているわぁ」


 一行は何事もなく、エーテルの流れが止まった場所に到着しました。そこには、超空間を航行している船が、程よいエーテルの流れが現れるのを待つために、停泊しています。

 

 波の穏やかな溜まりは、フネにとっての待避所となるところでした。デュークたちは、他のフネの邪魔にならないように、その巨体をしずしずと溜まりに落とし込みます。


「他のフネもここに居るということは、ここで正解だったね。僕らも少しは一丁前のフネになれたのかもなぁ……さて、次に乗る流れは……」


「良さげなのが無いわね。他のフネも無理せず、潮目が変わるのを待って居るみたいだし――――じゃぁ、お弁当でも食べ休憩しましょ」


「だいさんせ~~い!」


 三隻は、溜まりの中で腰を落ち着け、艦体にくくりつけたマテリアル――龍骨の民に配られる軍用のお弁当レーションを取り出します。


 軍艦用のレーションには、様々なものがあり、精錬された鉄や焼き締めたケイ素のプレートや、炭素繊維のパスタ、果汁入り液体水素ジュースなどがあります。時には、金の含まれた石英の原石を加工した豪華なおやつもあるのです。


「さてと、今回のご飯はなんだろう?」


 デュークがレーションは手にとったパッケージをしげしげと眺めます。その表面には、”龍骨の民用レーション:中身は見てのお楽しみ”と書かれていました。


「ああ、持っているのは”クジ飯”ばかりだったね」


「こないだの補給所、在庫が偏りすぎよねぇ。これだけしか無いなんて」


 クジ飯――それは、開けてみなければ中身がなんだかわからないという、ギャンブル性のあるレーションでした。多くは、他のレーションと同じものが入っているのですが、時々当たり――とても良いものが入っています。


「農業惑星で作られた自然芋のペーストとかが入っていると良いなぁ」


 デュークは、新兵訓練所時代から、お芋が大変大好きでした。でも、本体で味わうには、天然物のお芋がたくさん必要なので、とても手が出ないのです。


「私は、工業惑星の良質な金属片に、機械油を混ぜて固めてたまぶしたスクラップバーが入ってたら、最高よね!ぇ」


 ナワリンは、廃車などを細かく砕いたものが大好きでした。


「ボクは、レアメタルを所望する~~! 塊で食べたい~~!」


「レアメタルの塊って……都市伝説でしょうに」


 産業的に重要なレアメタルやレアアースは、とっても高価なので、軍飯に出てくることは、ほぼありません。でも、どこかの龍骨の民が引き当てた、という噂がありました。

 

「さて、何が出るかなぁ」


 デュークはその包装を口の先にくわえ込み、ビリリと破りました。すると、中からなにかのマテリアルを固めたような黒っぽいものが姿を表します。それは、板チョコのような塊でした。


「あ、まさか………………うわあぁあぁぁあぁっ!?」


 デュークは、パッケージの端から覗く、黒塊をしばし眺めて悲鳴を上げました。


「それってタイプMREじゃない……」


「うわぁぁぁぁぁぁっ――――大外れだよぉぉぉぉぉっ!」


 タイプMREは、栄養はたっぷりで素材が安くて大量に作れるのですが、とってもとってもマズイ! のです。なお、MREとは、”まずくて、廉価で、栄養だけはある”レーションの略でした。


 確かに栄養はたっぷりで、大飯食らいの龍骨の民にはちょうど良いのですが、龍骨の民たちは、これを引き当てるくらいなら、単艦で敵艦隊に突っ込むほうがマシだと口にするほど、マズイのです。


 龍骨の民のレーションとしては、最上級にマズイそれを引き当てたデュークは、「ひどすぎる――――!」と叫びました。彼は、これを前に一度だけ食べたことがあるのです。


 そして、「これはなにかの嘘だよぉ」と呟き、手元のブツを何度も何度も確かめるのですが、中身はタイプMREのママでした。「いや、似たようななにかかもしれない……」と、艦首をフリフリさせても、中身はタイプMREに変わりありませんでした。


 デュークは、「がはぁ……」と盛大なため息を漏らします。そして「どうしてMREがはいっているの? 教えてよマザァッ――――! くっ、知ってるよ! マザーはなにも教えてくれないんだよッ――!」と、一人で盛大なツッコミをはじめました。


 それほど、MREレーションはマズイのです。


「ど、ドンマイ…………」


「がんばれ~~二度目かもしれないけれど、頑張れ~~!」


 昔デュークが引き当てたMREを少し齧ったことのあるナワリンたちは、デュークに同情するのですが、デュークの手元のレショーンは、MREなのです。デュークは、目を閉じながら「いいよ、別にいいんだ……ほら、君たちもレーションあけなよ」と言いました。


「そ、そうね…………」


 デュークに促されたナワリンが、自分のパッケージを開け始めます。中には、大好物のスクラップバーが入っているかもしれません。


 そして――


「こ、れ、は――――――」


 ――言葉にならないただの悲鳴がエーテルを震わせました。ナワリンがパッケージを開けると、その中身はデュークと同じものが入っていたのです。


「ありえない――――――――――!」


 彼女は、手にしたパッケージを何度も確かめるのですが、中身は確かにタイプMREレーションでした! これは夢かと艦首をつねるのですが、中身はたしかにタイプMREです! 切れ長の目を眇めて何度も何度も確認しても、中身はたしかにタイプMREなのです!


「あああ…………」


 それを確かに認識したナワリンは、その事実から逃れようとして、溜まりの中から見えるエーテル宇宙を眺めて、現実逃避に入ります。


「うふふふふふふふふふふ、キレイなエーテル潮流だわぁ。本当に綺麗だわぁ……あ、あそこに有るのは流れ星かしら――――――――ああ、願い事をしなきゃ……」


 超空間に紛れ込んだ、彗星はエーテルのお尾を伸ばしながら、どこからともなく流れて消えるものです。それは大体10秒ほどで消えてしまうのですが、その間に、願い事を100回唱えると、願いがかなうという迷信がありました。


「これはMREじゃない、これはMREじゃない、これはMREじゃない、これはMREじゃない、これはMREじゃない、これはMREじゃない、これはMREじゃない、これはMREじゃない、これはMREじゃない、これはMREじゃない!(以下略」


 でも、それはやはり迷信なのです。ナワリンが、超高速で願い事を伝えても、流れ星は願いを聞いてくれません。MREレーションがマズイこと、その厳然たる事実は変わる事はないのです。


「………………」


 現実逃避に入ったナワリンの横で、ペトラが無言で佇んでいます。彼女は、手にしたレーションを握りしめ、感極まったような表情を見せていました。そしてデューク達に、微笑みを見せるのです。


「あんた、当たりを引いたのね…………」


 ナワリンの質問に、ペトラは笑みを強くして――――


「ミンナト、オソロイ、ウレシイナ~~~~~~~」


 ――と言うと、笑顔のまま、膨大な量の涙をこぼし始めるのです。


「ね、これ、捨てていいよね~~? いいよね? いいよね? いいよね?」


 ペトラは握りしめたパッケージをブンブンと振り回し、「捨てていいよね?」と連呼しました。MREレーションは、本当にマズイのです! 何でも食べる龍骨の民が、捨ててしまいたくなるほどなのです。


「軍の支給品なんだ、開けたら食べなきゃ……軍規にもそう書いてある。誰が書いたか知らないけれど、そう、書いてあるんだ。それに、食べ物を捨ててはいけないよ……これが食べ物だとしてさ……捨ててはいけないんだよ」


 レーションは開けたら食べる、共生宇宙軍にはそういう規則があるのです。


「で、でも、これって食べ物なのかしら……?」


「ご、ご先祖様に聞いてみよ~~~~!」


 彼らは、手にしたレーションを見つめ、食べ物なんだろうか? と自己欺瞞をはじめました。そう、龍骨の中に残っていると思われる先祖の霊に問いかけるように、などと、と尋ねるのです。


「「「ゴセンゾサマ――コレッテ、タベモノ? チガウヨネ! チガウトイッテ! ゴゼンゾサマ――!」」」


 すると――


”そうじゃなぁ、栄養たっぷりで、カラダに良いのじゃ”

”戦争中はそれしかなかったのよぉ”

”龍骨の民は、何でも食べる! その心を忘れるな。たとえそれが……”


――というような龍骨の囁きが聞こえた様な気がしました。


「誰も食べ物だと言ってなかったけれど……」


「え、栄養はあるんだし……二度目だから多少は、口が慣れてくれるかもしれないし……」


「しくしくしく……」


 自己欺瞞に失敗したデュークたちは仕方無しに、本当に仕方無しに、そして渋々と、涙を流しながら、MREレーションを口に含むのです。


「いやぁぁぁぁぁぁ~~~~!」


「なんという……代物なんだ……」


「しくしくしくしくしくしく……」


 デューク達は放り込んだレーションの味に、クレーンをバタバタとさせたり、白目になったり、涙を流すのでした。なんでも美味しく食べる龍骨の民ですが、MREレーションだけは、本当にマズイのです!


「ううう、どうしてこんなにまずく作れるのよぉ……せめて、味付けだけでもなんとかしてほしいわぁ……」


「レーザーで温めてみれば、美味しくなるかなぁ…………」


 デュークはレーザーでMREを熱して味を変えようとします。レーザー砲がキラリと輝くと、黒いレーションはわずかに赤みを増しました。


 彼は、それをひとしきり眺めてから、口に放り込みました。


「ゴクン…………」


「ど、どう、少しは味が良くなったかしら?」


 デュークは、口の中に入れたレーションを、モグモグモグと食べるのですが――


「ウボァ――――――――――ッ!」


 ――余計に雑味が増えたようです。彼は奇声を発しながら、潤滑油の涙をボロボロとこぼしました。


「うわぁ、余計にまずくなるのねぇ…………はぁ、仕方ないわ、何もしないで飲みこむしかないわね。ゴクン…………普通たべても、まずいわ――――っ!」


龍骨あたまを空にして、口だけを動かすんだ~~~~~~しくしくしくしくしくしくしく……」


 デュークたちはMREを食べ続けます。涙をこらえて飲み込むのです。


「モグモグモグ……うっ」


「黙って食べる!」


「しくしくしく」


 そして、最後のひとかけらを飲み込む頃には、三隻とも「…………」と無言になりました。


 ナワリンとペトラの目には、世の無常と味わい、それから逃れるための苦行を終えた、修行僧のような悟りめいたものになっています。


「ふっ、なるほど、分かったわ。私に備わる主砲の存在理由が」


「分かったよ~~ボクのお腹のミサイルちゃんたちの意味が~~」


「ああ、理解できる……理解しちゃいけないけれど、理解できる……僕の100サンチ荷電粒子砲は――」


 それ以上は、言葉にはなりませんでした。口の中に残る酷い後味が、彼らを文字通り閉口させたからです。


 この場にMREレーションの発明者がいなくて、本当に良かったと思います。いつも温厚なデュークすら、キレていたのですから――MREレーションとは、それほどのものでした。

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