第168話 トピア星系軍
「この軌道ってば、障害物が多すぎるよぉ~~」
「主砲で排除したらいけないのかしら?」
「駄目だよ、この星系の政府の所有物なんだから」
デューク達は、小惑星やら人工物の殘骸が多数のこる宙域を進んでいます。船団長カークライトからは「減速して前方航路を探査し、軌道を修正」という指示が出ていました。
「艦外障壁を調整して、電波反射率を低減しろとも言われてるわぁ。でも、これだとカラダが小さく見えるから、護衛の意味がないとおもうのだけど」
船団の両脇を支えるデュークとナワリンは、レーダーの反射率を下げるために、電磁流動によって構成される艦外障壁を立ち上げていました。本来であれば、光学兵器に対する防御のためのものですが、レーダーとして使われる電磁波を吸収するような使い方もできるのです。
「僕らって大きな戦艦だからさ、この星系の軍を刺激しないようにだってさ」
「配慮ってヤツ? 面倒ねぇ…………あっ」
とナワリンがぼやいたときでした。彼女のレーダーが、複数の艦艇を検知します。
「レーダーに感あり! 右前方に艦影!」
「左舷にも艦艇を確認――えっと、数は10隻ほどだ」
「識別符号が暗号化されているわ。もしかして、宇宙海賊かしら?!」
艦艇群は識別符号を出していましたが、ナワリンはそれを解読することが出来ませんでした。そうなればそれは彼女にとって不審船に過ぎません。彼女は、とっさに主砲を旋回させて、それに狙いを付けようとしますが――
「砲塔を回すな!」
――カークライト船団長からピシャリとした指示が飛び込んできました。
「あれは、トピア星系宇宙軍の艦艇だ。共生知性体連合とは航行協定があるから、危険はない。船団の足を落とすぞ」
カークライトは右舷にいる艦艇のデータを読み、トピア星系の宇宙軍だと断定し、船団の航行速度を落としました。
「あら、そうなのね……でも、暗号が掛かった識別符号なんておかしいわぁ」
ナワリンはあわてて主砲の位置をもとに戻しましたが、シグナルが読み取れなかったことに文句を言いました。
「あれは彼らの言語コードで発信されているのだ。我々とのそれとは、基本構造は似ているが、かなり
トピア星系は連合に加盟しない独立した星系であり、独自の言語を用いているのだとカークライトは言い、翻訳プログラムを送信してきました。
ナワリンはそれを使って、識別符号を確認するのですが――
「ええと……トピア星系独立人民共和民主協賛革命協議会直轄外惑星防衛宇宙軍第18宙域巡察軍団所属独立混成航宙機動第201艦隊”強大にして剛直な地獄の”………………」
――とんでもなく長い艦隊名が龍骨に流れ、彼女は途中で読むのを諦めました。
「なによこの気持ち悪いくらい長ったらしい名前は――!」
この星系の住民はやたらと長大なレトリックを使うという特性があるのだ。まぁ、要点だけを読めばいい」
カークライト船団長は、前後は無視して、ポイントだけを確認しなさいと言いました。
「ふぅん……18軍団で艦隊番号201ってことは……あれ? この星系にはそんなにたくさんの艦隊があるんですか?」
共生宇宙軍の艦隊は第1から第5の5つしか無いのに、18軍団の201艦隊なんて、この星系の軍はよほどたくさんの艦隊があるものだと、デュークは艦首を傾げて不思議がります。
「彼らの艦隊は、だいたい10隻で構成されていてな。総数は2000隻ほどと聞いている。まぁ、なんというか、これも種族の特性というやつだな」
カークライトは、トピア星系の住民は種族ごと
「良し、通信回線を開け――船団内にも聞こえるようにな」
船団長は、トピア星系軍と通信を開始し、船団の各船で共有できるようにオペ―レータに指示を出しました。
映像データに、トピア星系軍の指揮官らしき男が現れると、カークライトは「こちらは、共生知性体連合船団長のカークライトだ。協定に従い、星系内航行中。第15番惑星をフライバイ後、星系外縁部を目指す予定だ」と、端的に所属と目的を伝えました。
するとトピア星系軍の指揮官はおもむろに口を開き「トピア星系」という言葉を発し始め――
”――強大な自由独立の父祖達が築いたトピア人民のトピア人民のためのトピア人民による君主を抱かぬ民衆の民衆のための民衆による協力と賛辞を用いた偉大なる革命の大いなる革命を掲げた同志達の団結の会議が直接率いる外惑星の――”
――などと、所属を名乗りはじめました。
”――防衛を根幹とする第18宙域における軍に所属する独立混成した輝ける第201米の航宙機動部隊”強大にして剛直な地獄の番犬が――”
それは1分を過ぎても終わりません。カークライト船団長は「正式名称を言っているのだよ」と説明しました。
「それにしても、長くてくどいわ……」
「これって、なにかの呪文~~? めんどくさい種族ぅ~~!」
「はぁ――よく舌を噛まないなぁ」
ナワリンはなんて長い前置きなんだろうと白目になりました。ペトラは、なにか意味があるのだろうかと呆れます。デュークに至っては感心すらするのでした。
その後、長ったらしい名乗りが更に数分続き、ようやく――
「――の勇猛たる艦隊指揮官アルヒルヘルム・ベングラハム・コーカーサウイド・ダルタニーニアス・エックハーツ・フェリネリウス・ギャンガルド・ハンバーム・イグニシオン・ジェージジェダン・カルパトウルフ・リーマウス・マクシミリオン・ネググランデル・オッパッピー・ペンシルバニアル・クゥイントリウス・ローズンクロイツ・セーカストン・テノールベース・アップダウン・ヴィットリオ・ウェイランドミタニ・ザイロンガイロン・ヤナースガース・ザイドリッツである!」
――と指揮官は、アルヒルヘルムから始まる自分の名前を名乗り、更に1分ほども掛けて「よく覚えておけ!」という意味の言葉を放ちました。
「「「そんなの覚えられない――――!」」」
「私も同感だ」
デューク達は口を揃えて「無理っ!」というのです。カークライト船長も、斜に構えた船長帽をかぶり直しながら、ため息を漏らしました。
”我らの主権下にあるこの星系の内部を自由に航行することに付いて――”
アルヒルヘルム指揮官は、ついで船団の航行について長々とした修辞を用いた話を始めます。
「……これ、真面目に聞かないといけないんですか?」
「聞いているふりだけはしておけ」
カークライト船団長は、「一応外交的には、協定を結んでいるのだからしかたないのだ」と言いました。
「とはいえ、この会話はうちのフネのAIに任せているんだが――
カークライト船団長は、マリアーデン号に搭載された――ハルという愛称を持つAIに会話を任せているのでした。
「まだ前置き段階です。下手すると本題に入るまで30分はかかりそうです……その上、レトリックというより、だんだん支離滅裂になっていますから、もっと掛かるかもですよ」
AIは困惑した口調で答えました。真面目なのが機械知性の良いところですが、長ったらしくて意味の薄い表現を連綿と口にするトピアの指揮官に、辟易しているのです。
「船団の足を止めて、聞かなければいけない……そういう協定なんだ……いやはや、面倒なことだ……」
「大変ですね……しっかし長いなぁ……」
”――真面目に聞いているのか共生知性体連合の船団長――よもやAIを用いて聞いているふりなどしていないだろうな? それが事実であれば、もう一度最初から話を――”
「なんだか、話がぶりかえしてるんですけれど……」
「まぁ、そういうことで尺を稼ぐレトリックの一手法だということだ……小一時間ほどは、続くから、好きなことをしてていいぞ」
「ボク~~眠くなってきたよぉ~~」
「じゃぁ、寝ちゃいましょう。この速度なら、安全だし」
ナワリンとペトラは器用に目を開けながら、航宙をはじめます。デュークはアルヒルヘルム指揮官の長々しいお話にだんだん飽きてきたので、トピア星系軍のフネを観察することにしました。
「あれがトピア星系軍のフネかぁ……100メートル級フリゲートってところか、武装はそれほど付いていないし、推力比率が低そうだなぁ」
デュークはトピア星系軍の軍艦の外観からスペックを予測するのですが、なんとも小さくて、貧弱な船だと感じたのです。
「トピア星系の技術では、核融合をベースとした疑似縮退炉を作るのが精一杯だからな。他の技術も同じようなものだ。君たちが艦外障壁で偽装していても探知できないくらいなのだ」
共生知性体連合の技術に比べて、トピア星系のそれは数段劣っていました。艦外障壁による電波吸収によって、トピア星系軍の艦艇は、デューク達が軍艦だとは気づかないほどなのです。
「とはいえ、彼らの武装は、民間船団に取っては脅威となる。そして、彼らはこの星系を通る船には、膨大な通行料を要求するのだ」
そう言ったカークライトは、フッと乾いた笑いを漏らしてから――
「この星系には宇宙海賊が出ると言ったろう? それが彼らさ。前に通った時は、あの長口舌を聞かされた上に、三倍もの通行料をぼったくられたんだ」
――と言いました。
「ははぁ、なるほどぉ……」
「だが、そろそろいいだろう。小一時間ほども彼の長口舌に付き合ったことだし、そろそろ君たちの出番だ。艦外障壁を解いてくれ」
「ええ、刺激するから小さくなっておけということでしたが……」
「是非、刺激してくれ」
言われたデュークは艦外障壁を解除して、自分の姿がよく見えるようにするのです。ナワリンとペトラ達も同じのように障壁を解除しました。
そしてカークライトは、自らの音声でこのように告げるのです。
「当船団は、共生宇宙軍護衛船団である。協定に基づき、自由航行権を行使する」
”何を言っているのだ、ここは――――なッ共生宇宙軍――それも、戦艦だと――――ッ!”
三隻だけどはいえ、強大な軍艦が突如と姿を現し、アルヒルヘルム指揮官は驚愕の声を上げたのです。
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