第61話 ご飯の星

「随分広いところだなぁ」


 デューク達は超空間航路の途中で、視界が開けた場所に遭遇します。そこはエーテルの透明度が極めて高くかつ安定し、直径数万キロ程の大空洞が広がっている場所でした。


「ここは超空間航路結節点と呼ばれる空間だ。複数の航路が集合しているために、エーテルが局所的に安定し、この様な状態になると考えられている」


「考えられているって……フユツキ先生にしては、曖昧な表現ねぇ」


「超空間は、通常の物理学が及ばぬ曖昧な空間だからな。連合の科学者が研究を続けているが、その現象の全てを解明出来ているわけではない。くだんのシュレーヌなどがいい例だ」


 フユツキは「古い友人に、こんな事もあろうかと! が口癖の科学者がいるのだが、超空間は曖昧なところだと頭を抱えておったぞ」と苦笑いしました。


「ねぇ、フユツキさん。この空間って誰かが作ったかもしれないんですよね」


 デュークは「前にも聞いたことですが」と前置きしてから、超空間の成り立ちについて尋ねました。


「うむ、一説によると、昔、昔、万古の昔。我々の先祖がいたのかも分からぬくらい古い時代に、上代人と呼ばれる者たちが作ったのだという」


「上代人って~~?」


 上代人と聞いたペーテルは「龍骨にもそんな情報は載ってない~~!」と艦首を傾げました。


「上代人とは、今の我々を遥かに超える超科学で全銀河を統一し、栄華を誇ったと言われる先人達だ。それが存在したことは間違いないのだが――」


 フユツキは「世の中にはやはり答えが分からない事がたくさんある」とお茶を濁しました。実のところ上代の文明を研究する学者でも無ければ、そのあたりのことは曖昧な知識しか持っていないのです。


「それはさておき、そろそろ手持ちの物資がなくなって来たから、補給をしよう。結節点の中心に補給所があってな。そこでご飯も食べられるぞ」


「あ、やった!」


「丁度お腹が減ったところだったのよ!」


「ご飯~~!」


 「ご飯ご飯ご飯!」と涎を垂らしながら、彼らが広大な空間の中心に進むと、目の前に巨大な構造物が現れます。


「何だろあれ、100キロ位の球形の物体がエーテルの海に浮かんでるぅ~~」


「なにかいろいろゴチャゴチャしている感じだわ」


「うん、視覚素子のデータによると中心は小惑星みたいだけれど、表面に人工物がたくさん付いてるな」


 彼らは小惑星らしきものに近づきます。


「推進剤のバカでかいタンクが落ちてるわぁ!」


「めちゃくちゃ長いトラス構造のレールが何十本も絡まってるぅ~~」


「わぁ、宇宙船の大きなパーツがゴロゴロしているな!」


 その他、巨大なパラボラアンテナや、大小様々な衛星など、およそ宇宙にあると思われるありとあらゆる人工物が、100キロほどの小惑星の表面に折り重なるようになっていました。


「超空間小惑星プランディウム――超空間にさまよい込んだ小惑星の上に、エーテルの流れに沿って流れ着いた漂流物が、長い年月を掛けて集まって出来た物だ」


 超空間という物は、時に通常空間にあるものを取り込む事があります。そのような小惑星や、廃棄されたステーション、難破した廃棄船の部品などが航路に入り、エーテルの結節点の中心に集まっているのです。


 フユツキは「結節点には、大小の差はあれど、こういう物が必ず有るものなのだ」と説明し、笑みを浮かべながらこう続けます。


「そして我々は、あれを”ご飯の星”と呼んでいるのだ」


「「「ご飯の星――!」」」


 小惑星の上には、龍骨の民のご飯に成るものがたくさん落ちているのです。デューク達は、声を合わせて大歓声を上げました。


「航路監視や補給の場所としても都合が良いので、共生知性体航路局の管制施設や、共生航路株式会社の航路支援所サービスエリアが設置されている」


 フユツキは、「ご飯だけじゃなく、推進剤やエネルギーも入れられるし、簡単な整備も受けられるのだ」と説明しました。


「確かに、結構な数のフネが係留されてますね」


 デュークが見たところ、50隻ほどの恒星間宇宙船がパイプラインを伸ばしたり、縮退炉の調整をしているようです。


「我々も降りるとしよう」


 彼らは小惑星プランディウムご飯の星に向けて、スルスルスルと進み、簡単な作りの発着場に降り立ちました。


「わ、なんか出てきた。これって、異種族の人だよね~~!」


「航路支援所の作業員が補給と整備点検をしてくれる。終わるまで動くな」


 デューク達は周囲をワラワラと取り囲む小さな作業員達の姿を面白そうに眺めます。彼らが大人しくしていると、作業員達は手慣れた手付きでデューク達の口に向けて電磁コンベアを伸ばしました。すると、栄養の元となる様々な物資が運ばれてくるのです。


「あ、これって随分と年代物の補助ロケットだわぁ。あ、少しだけ固形燃料が残ってる! ハグハグハグ――ボフン!」


 細長い補助ロケットを噛み砕くと、バフン! と残っていた推進剤が爆発します。ナワリンは「うーんスパイシー!」と喜びました。彼女の口はとても強固な作りをしているのです。


「ご飯うまうま~~!」


 ペーテルが、縮退物質の詰まった小さなコンテナを口に頬張りました。縮退物質は龍骨の民の心臓である縮退炉を維持するために必要な大事な物資です。


「推進剤も飲めるのかぁ!」


 デュークはパイプラインから推進剤をゴクゴクと飲み干します。超空間ではあまり使っていない燃料ですが、排熱の為に失った血液を補給しなければならないのです。


 若い上にサイズが大きなフネ達が、食欲旺盛ぶりを発揮している中――


「おおぅ、流石に補給の料金が手酷い事になっている……ふむ、あれがこの値段で、燃料代がこれだけにもなるのか。ううむ、縮退物質は結構安いが……やはり民間施設は割高だな」


 フユツキは簡単な整備を受けながら、作業員から渡された請求書のデータを眺めて排気ため息を漏らしていました。合計代金を確かめた彼は、懐から1メートル弱の金属の棒を取りだして、控えていた作業員に手渡しました。


「フユツキさん、それってなんですか?」


「代金を払っているのだよ。共生クレジットといってな」


 共生クレジット――仮想通貨の他、特殊な貴金属で出来たペレットなどで構成される共生知性体連合の通貨です。デュークは「ははぁ、それがクレジットっていうやつか」と龍骨をねじりました。彼はお金というものについて少しだけしか知りません。


「お金を払う……それってどういう意味なのかしらねぇ?」


「ふむ、まぁそのうち分かるようになる。今は気にするな」


 ナワリンはお金というものすら理解していません。彼女の出身は、龍骨が筋肉で出来ているといわれる経済観念が最も薄っすいアームド・フラウ武装する乙女氏族なのです。


「フユツキのおっちゃん、ゴチですぅ~~! 共生航路株式会社の航路支援所ここって料金が結構高いうえに、経費で落とせないんだよね? この御恩は必ず返しますぅ~~!」


「なんだペーテルはそんなことまで知っているのか。さすが商船の多いメルチャント出身だな。だが、さっきも言ったとおりだ。気にせんでいいぞ」


 実のところデューク達の補給に掛かる費用は、フユツキの奢りになっていました。でも、大人である彼はそんな事は一言も口にしないのです。


 とはいえ、「あ、私の分の領収書だけ切ってください。若いフネの分は経費で落とせないので……はぁ、なんで落とせないのだろう?」とボヤキを漏らしてはいます。


 軍艦である彼は共生知性体連合軍民協力法により、補給費用を経費として落とせるのですが、入隊前で民間船扱いとなるデューク達がサービスを受けるには別な支払いが必要でした。共生航路株式会社Symbiotic Route Co., Ltd.は航路局管轄の外郭組織であると共に、れっきとした営利団体なのです。


「ついでに言うなら天下り団体なんだ、ああ、世知辛い世知辛い」と呟いた駆逐艦の背中は、整備を受けたにも関わらず煤けていました。


「ねぇ、おっちゃん、また背中が煤けてるよ。磨いてあげよっか~~?」


「ぺ、ペーテル……お前、良いやつだな……」


「磨くだけならタダだもん!」


「うぬぅ…………」


 駆逐艦が巡洋艦の子どもの言葉にホロリとしたか、イラっとしたかどうかは定かではありませんが、ともかく補給と整備を受けたデューク達は、超空間航路をさらに進むのです。

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