第60話 超空間の歌声
嫌いな機雷を、ご飯として始末した後は、穏やかな超空間が続きます。
「穏やかな海が続きますね」
「そういう航路を選んでいるのだ。選べる時は、な。局所的な空間変動もあるから気が抜けん……」
フユツキは丁寧に航路を選定して、デューク達を先導していました。しかしそれも何時もうまくいくとは限りません。
「あ、なんだか前方のエーテルの雰囲気が怪しくなって来ましたよ」
「ホント、随分と暗い色になってるわぁ。嫌な感じだわねぇ」
「言ったそばからこれだ……では、一旦足を止めるぞ!」
超空間を進んでいたデューク達は、嚮導駆逐艦の指示により急停止します。
「この辺りでは見かけない色のエーテルだな。ううむ……あれはまさか。いや、重力異常は検知できないから違うと思うが……」
フユツキがエーテルが暗く変色している前方を確かめ、艦首を捻りました。いつも自信有りげな彼ですが「さて、どうしたものか」と、口元を少しばかり歪めて悩むような様子を見せているのです。
「ベテランのおっちゃんでも、わからないの~~?」
「宇宙では突然のアクシデントはつきものだ。ましてや超空間であれば、それも仕方がないものだ」
そしてフユツキが「しかし、この航路で出るはずが……ううむ、一旦戻るか」と決断を下した時でした。前を眺めていたデュークが異常に気づきます。
「あれ、前に進んでる? いや違う、前方の暗いエーテルが、こっちに近づいて来るんだ!」
「ヌゥッ?! やはりそうだったか。いかん、全力後退っ!」
フユツキが慌てた声で、後退指示を出したその瞬間――
ラララァァァァァァァァァ
という、美しい歌声が聞こえて来ます。それはエーテルを震わせているようで、空間そのものを震わせるような独特で、不思議な響きを持っていました。
「なによこれ?! 歌声……」
「これって体に直接響いてるぞ!」
「副脳にも影響してるよぉ~~!」
龍骨の民の副脳とは、ある程度の自己判断能力がある電子情報などをメモリする生体サポート器官ですが、そこに入った歌声のデータが勝手に展開されているようです。
「聴覚関連の副脳をカットしろ! あれを聞いてはならん!」
フユツキは副脳の機能をシャットダウンするように指示します。龍骨と違って、副次的な生体器官である副脳は、それが可能でした。
「フユツキさん、これは一体何なんですかぁ!?」
「こいつはシェリーナの歌声だ! 超空間に潜む宇宙妖精とも妖怪とも言われる超次元的存在……」
彼らが遭遇したのは美しい歌声でフネや船乗りを誘惑し、遭難や難破を促すという天敵だったのです。すべてが遷ろいやすい超空間では、時折このような怪異が出現するのです。
「しまった……副脳を抜かれた! 龍骨に入ってくる……な! 防壁展……龍骨、が……」
フユツキはそこで、グルリと目を反転させました。いつもピンと伸びている艦体が歪んでいるところ見ると、歌の影響を受けた龍骨に変調が起きたようです。
「フユツキのおっちゃんが伸びちゃったよ~~!?」
「なんてこった、あれは僕たちの龍骨すらコントロールするというのか!」
「マズイわ! 副脳の汚染警報が鳴りっぱなしよ!」
宇宙には様々な脅威が存在します。例えば、恒星の表面が大爆発することで発生するスーパーフレアのような自然現象や、強力な指向性ガンマ線を投射する軍事兵器のような人為的なものですが、龍骨の民はその強力な外皮でそれらを弾き返します。
カラダの内部に入り込む危険なもの――例えば金属を蚕食する船喰い虫であっても体内ナノマシンが分解してしまいます。また、電子戦兵器――電子ウイルスが体内に入ったとしても自動的に駆除機能が働き、ハッキングにしても命令権を持つフネの先達が行うのならともかく、そう短時間で安々と侵入出来るものではないのです。
でも、ラララァァァァァァァと言うシェリーナの歌声は、副脳の防壁を少しずつ抜け、龍骨に入り込んでくるのです。
「こんなに簡単に入り込んでくるなんて! グッ、視界が……僕の
「防壁を立ち上げ直すのよ! こ、これって、ギリギリ追随出来る速度よ……」
「うわわわ!? うわぁぁあぁぁぁぁぁん!」
三隻は副脳の防壁を立ち上げ直したり、龍骨へ入ったデータを本能的に駆除しました。シェリーナの歌の影響力には個人差があるようです。
「フユツキさんを抱えて逃げるしか――――うわぁ、重力スラスタが言うことをきかないぞ!」
「私のも稼働限界ギリギリ――――あ、アレを見て!」
彼らは暗いエーテルの塊のようなものがズズズとさらに距離を詰めて来るのに気づきます。
「いやぁ!? シェリーナの本体だわぁ! デュ、デューク! 盾に成って!」
「うわぁぁぁん、助けてデューク~~!」
「また僕が盾になるのぉっ――?!」
怯えすくんだナワリンとペーテルがデュークの巨体にしがみつき、遮蔽物代わりにしました。彼のカラダは大きくて、とても良い盾になるのです。
「ふぅ、デュークの影にいると安心するね!」
「悔しいけれど、本当にそうねぇ……」
「僕を盾にして落ち着か――――う、うわっ、やってくるぞ!」
デュークは歌声の龍骨への侵入を防ぎながら、近づいてるくシェリーナから、本能的に二隻をかばうようにします。
「ち、近づいて来るの?! ……でも、歌声は逆に小さくなってるわ?!」
「デュークのデッカイお腹で遮蔽されているんじゃない? ここって縮退炉が詰まっているんだよねぇ~~」
ペーテルがデュークのお腹のあたりをツンツンと突きました。歌声の影響によりデュークは「うわわわわぁ、龍骨がぁ!」と、どうにかなりそうになっているのですが、彼の縮退炉は依然として活発に燃えているのです。
「縮退炉……歌声……あっ、もしかして!」
ナワリンが何かに気づき、ほんの少し考え込んだあと、ペーテルに向かってゴニョゴニョと何か告げました。
「え~~! その仮説ってどういう理論なのさ! ホントにやれるのぉ?!」
「あの歌は、多分エーテルか空間自体を振動させているのよ! そして強力な重力源である縮退炉がそれを遮蔽するってことは――」
「うーん、あの波を使えば……ってことかぁ。でも、ただの波を出すだけじゃなくて、何でそんなことしなきゃいけないのぉ~~?!」
「唯の勘よ、女の勘! そいつは100%当たるのよ! あとは波長の問題とか! そんな所!」
「い、いい加減だなぁ~~」
「もう時間が無いわ!
デュークは「フェェェェェェェェェェェェェ…………ボク、デューク……ゴハンウマウマ」と壊れかけたロボットのようにマトモな意味を持たない言葉を呟いていました。ナワリン達を抱えた腕からは急速に力が抜け、すでに龍骨は機能停止寸前なのがわかります。
「うわぁ、ウボァって断末魔みたいな声を上げてるぅ~~!?」
「限界が来る前に始めるわ。龍骨テレビで流れてたアレで行くわよ。アンタも知ってるでしょ、幸運のフネのアレ!」
「ええと、うろ覚えだよぉ、それにアレってキーが高すぎるぅ!」
「こんな時の為に副脳に圧縮音楽データを打ち込んでいるの! それに、あんたは声が甲高いから大丈夫よ! さっさと準備しなさぁい!」
「わ、わかったよぉ~~!」
ナワリンは縮退炉の熱を限界まで上げ始めます。ペーテルも「ど、どうなっても知らないからね~~!」と、半ば自棄に成りながら心臓の熱を高めました。
「さて、波は強いほうが効くはず……あんたのカラダを借りるわぁ!」
ナワリンは、自分のカラダからパイプラインを伸ばすと、デュークの脇腹にあるソケットにズブリとぶっ刺します。意識を失いかける寸前のデュークが「ホゲェ?」と間抜けな声を上げました。
彼の副脳防壁はすでにマッサラな状態です。ナワリンは「くふふ、波の発生装置を発見したわ!」と笑みを見せました。そして壊れた電化製品以下になっているデュークに対してビリビリビリ――! と電気ショックとともに圧縮音楽データを伝えます。
「ホゲェ――――?!」
その衝撃により、デュークは強制的に”重力波発生装置”を稼働させられ――
ズゴォォォォオォォォォォォオォッォオン!
と重力波の汽笛を上げるのです。するとその波動は、シュレーヌの歌声とがっぷり四つにぶつかります。そしてパァァァン! と相殺したのです。
「よっしゃ、成功ね!」
「本当に上手く行ったよ…………」
ナワリンの理論では、「シュレーヌが超次元存在だが知らないけれど、要は声でしょ? 振動が問題なのよ! 重力波でエーテルと空間を振動させんの! そ・れ・で相殺すんの!」ということでした。
「あはっ、君って意外に脳筋じゃないところもあるんだねぇ~~!」
「くふふ、クレバーなクールビューティと言って頂戴」
ペーテルが感心し、ナワリンが悦に入っていると、またシュレーヌの歌声がラララと聞こえてきます。
「ちっ、やっぱり、そう簡単にはいかないかっ! じゃぁ私達の番よ――!」
「はぁ……やるしか無いんだねぇ~~」
縮退炉の熱を上げきったナワリンとペーテルは、このような言葉を漏らします。
「
「お、
そしてナワリンとペーテルは、スピーカーと化したデュークを踏み台に、口の中から重力波の汽笛――――ならぬ”歌”を歌い始めます。
「宇宙の中心で愛を叫ぶ、龍骨の中で
幸運のフネは命を叫ぶ、龍骨の中で」
「龍骨の中で♪」とナワリンが甘やかな声で歌いあげました。それは低音から高音まで幅広い声域を用いたビビッドな重力波として、超空間を響きわたります。
「色を心に素数を数える、龍骨の中で
幸運のフネは歌唱する、龍骨の中で」
続いてペーテルが、かなりキーの高いところから「龍骨の中で♪」と歌いました。ボーイソプラノの音質を越えるまるで女性の様な高い重力音声が、エーテルを震わせます。
そして二隻はクワッと目を見開き――
「「私は星の世界を征く、幸運のフネ!」」
――と声を揃えて歌いました。それは、幸運のフネとして知られる龍骨の民、連合英雄スノー・ウインドをモチーフとしたアニメのオープニングソングなのです。
「星座の形が変わろうと――私は、前に進む――」
「海原の姿が変わろうと――私は、前に進む――」
龍骨星系のみならず、共生知性体連合全域で人気を誇るその歌をナワリンたちが謳い上げる度に、デュークという大きなスピーカーから放たれる重力波の声がうねりとなって超空間を満たし、宇宙妖精シェリーナの歌と干渉します。
「ホゲェ……? …………なんだこれは……う、歌だ。ナ、ナワリン達が歌っている……あれ、ボクのカラダが……スピーカーになってる?!」
「あ、デュークが復活したよぉ~~!」
シェリーナの歌の影響から逃れたデュークの龍骨が再起動しました。彼は自分の重力波発生装置がナワリン達の支配下にあることにびっくりするのですが、柔軟性のある彼の龍骨は、今そこにある状況を正しく理解し始めます。
「そうか、重力波の歌が、シェリーナの歌を打ち消してるんだ! エーテル空間上の振動が、干渉しあってるんだ!」
「そうよ! 歌には歌をぶつければ良いの! だからあんたも歌いなさい――!」
デュークは「え、ボクまで?」と驚のですが、自分の副脳に打ち込まれた音楽データに基づいて「前へ、前へ」と一緒に歌い始めました。キーが高すぎるので、2オクターブは低いところなのはご愛嬌です。
すると三隻の重力波が合わさり、さらに強く超空間を揺さぶるのです。彼らの声と怪異シェリーナの歌声は、激しくバシッ! バシッ! と、相殺し合いました。すると、フユツキへ掛かっていた龍骨への影響も無くなります。
「う…………な、何が起こっている? 歌っている……だとっ?!」
遅れて龍骨を再起動させたフユツキが、目を白黒させています。起きてみたら、超空間を部隊に三隻が歌い、コンサート会場のようになっていたのです。
彼は「ええと、つまり、どういうことだ?」と動転するのですが、そこはフネのベテランです。状況を速やかに把握した駆逐艦は――
「要するに、重力波を鳴らせば良いのだな! ならば私のも使え!」
「撤退!」とも「射撃開始!」とは言わずに、そんなことを言いました。やっぱり龍骨が混乱しているようです。
彼はお腹からコードを取り出すと、デュークのお腹に繋ぎます。すると、彼のカラダも重力波スピーカーとしての働きを見せ、さらに大きな歌が流れ始めました。
そうするとシェリーナの歌声は完全に打ち消され、四隻分のエネルギーによる重力波に気圧されたように、暗いエーテルに包まれた宇宙妖精が後方に下がっていきます。
「あ、宇宙妖精が、退いてゆくぞ! もっと歌うんだ! もっともっと!」
「お、効いてる効いてる――! うらぁぁ! 私の歌をもっと聞きなさい――!」
「あはっ、調子出てきたぁ――――もっとよぉ――――!」
三隻はガンガン声を出しながら「
「よし、ダメ押しだ! やれっ! 若いフネたちよ!」
フユツキは「こういう時はこう言うんだろ? 知らんがな!」と龍骨の中で一人で良くわからないボケツッコミをしながら、若い三隻に向けて絶叫しました。要はノリなのです。
「紅き星華が――」
「蒼き光陽が――」
「白き天翔が――」
彼の絶叫に応じた三隻はそう謳い上げると、彼らは縮退炉の熱を最大にします。そして、その身に備わった重力波発生装置をグワァン! と震わせ、声を揃えて――
「「「 敵 を 撃 つ ! 」」」
と叫びました。
すると、熱く燃える縮退炉が作り出したエネルギーから変換された強力な重力波は、一筋のビームのように超空間を走り抜けます。そして闇色のエーテルを纏うシェリーナにドガッ! と、ぶつかると――――
デューク達は勝利の凱歌を上げることとなるのです。
それから少し時間が経ちました。
「はぁはぁはぁ、疲れた。年は取りたくないものだな……ふぅ。しかし、シェリーナに対してあの様な撃退方法があるとはね」
フユツキは息を整えながら自分の龍骨を確かめ、そんな独り言を漏らしました。そして彼は「若さというものは羨ましいな」と呟きながら、フネの教え子達三隻を見つめました。
「僕のカラダを盾に使うのは止めてよ!」
「いいじゃない、無駄にでかいカラダしてるんだからぁ」
「あはっ、大きなスピーカーにもなるなんて、便利だね~~!」
フユツキの視線の先には、三隻が仲良く会話をしています。
「しっかし、歌の最後だけどぉ。最後の貯めは幸運のフネが――って二つ名を歌うところよねぇ? 何で、私、紅き星華なんて歌ったのかしら?」
「うーんそうだね。貰ったデータで幸運のフネなんだけどね。白き天翔って一体何のことだろう?」
「蒼き光陽って、龍骨が勝手にそう歌った気がするよ。でも、何でだろう~~?」
最後の貯めの部分が微妙に変化していたことが不思議で、三隻は仲良く艦首をねじりました。
「ま、兎にも角にも、皆の力でやることやったんんだからOKでしょ!」
「そうだね――僕ら初めて力を合わせて、戦ったんだねぇ」
「結構息があってたよね! なんかすっごいエネルギーが出たよぉ~~!」
そんな事を話している三隻を見つめたフユツキは「息のあった僚艦たちだな」と暖かな笑みを浮かべたのです。
「それにしてもペーテルって随分と高い声を出せるんだね。地声が高いからかな?」
「ええっとぉ……それってば、気にしてるんだから、言わないでよぉ~~!」
ただ、最後の会話のところでは、初老の駆逐艦は「ん……これは教えるべきか?」と相当悩むことになります。そして彼は、それまでの長い経験から「全ては時が解決するのだろうな」と、運命に丸投げすることにしたのです。
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