第59話 機雷、嫌い、でもご飯は大好き

「あれは機雷だったのか……」


 デュークは瞼をパシャパシャさせて機雷を確かめました。それをジッと眺めていると自律型機動機雷というほどのコードが龍骨を流れるのです。


「あんた良く気付いたわねぇ」


 フネの天敵というコードを確かめたナワリンは、切れ長の目を細め、感心したようにペーテルを見つめました。


「”気をつけよう、甘い匂いと暗い道”って、ネストで教えられたんだぁ~~」


「なるほど、あの美味しそうな匂いはフネをおびき出す罠ってことなのかもね」


 得心がいったデュークは「機雷は大きな戦艦でも沈めることができるのじゃって、誰かが言ってたなぁ」と嘆息しました。


「もう撃ってもいいかな~~?」


 ペーテルが砲塔をフリフリさせながら尋ねます。巡洋艦の背中の砲塔では、薬室にエネルギーが充填されて、エネルギー充填120パーセントの状態になっていました。


「あれれ、ペーテルはそれを撃てるの?」


「え? あ、ついノリで装填しちゃったけど、そういえば撃ったことないや! こうかな~~? こうかな~?」


 格好良く狙いをつけているペーテルですが、背中のレーザー砲塔の引き金は全然落ちてくれません。


「僕の方で撃ってみようか……ありゃ、撃てないよ」


 デュークもわき腹の10メートル荷電粒子砲の蓋をパタリと開けて、おなかに力を入れるのですが、やはり撃つことができません。


「私も撃ったことないわ。主砲がだめならミサイルは行けるかしら? うおりゃ! とりゃ――!」


 ナワリンもパカパカと多目的コンテナを開けて、中に詰まった生体ミサイルを押し出そうとするのですが、全く言うことを聞いてくれません。


「”発射禁止”って、なによこのコード」


「僕も、”許可なく発砲不可”って出てるなぁ」


 それどころか、発射を制限するセキュリティコードが龍骨に流れるのです。


 デュークたちに備わった生体兵器はカラダの一部なので、クルクルと動かすこともできますし、キュイっと狙いを定めることもできます。でも、彼らはまだその撃ち方を知りませんでした。その上龍骨に隠されたセイフティコードが重火器の使用を制限しているのです。


「まだ僕らには早いのかもなぁ」


「訓練してからじゃないと撃てないって、おばあちゃん達も言ってたわね」


 彼らはあまり意識したことはありませんが、軍艦とはかなり厳重なセイフティに縛られる生き物でした。クシャミをした弾みで高出力のビームを出したり、寝ぼけて重力子弾頭ミサイルを暴発させたりはしないのです。


「文字通り、撃つ手がなーい!」


「でも、あれを放置してはいけないって、龍骨がそう囁くのよね」


 機雷はフネの天敵ですから、それを見つけたら徹底的に排除する――それが生きて言う宇宙船の本能でした。だから彼らは、機雷から距離をとりながら龍骨をねじりって思案をはじめました。


「なにかをぶつけてみたら、いいかもしれないね」


 デュークはそう言って、キョロキョロとあたりを見回します。でも、投げつけるようなモノは落ちてはいません。


「体当たりしたらどうかしら、あんた装甲厚そうよねぇ?」

 

「なんで僕なんだよっ!? それに、そんな危ないことはできないよ!」


「じゃぁ、活動体で近づいて解体してみるのはどうかしら? 私手先は器用な方なのよ。あ、ペーテル、サポートに付いてね」


「そんな訓練受けてないよぉ。もし活動体が沈んだら一ヶ月は起きてこられてないって、教えられたよぉ~~」


 ナワリンが爆弾処理班の真似事をしようと提案するのですが、ペーテルがとっても嫌そうな声を上げました。活動体はフネの分身ですから、痛みや打撃は本体の龍骨にも影響し、壊れてしまったら大変なことになると教えられてもいました。


 手詰まりになった三隻が「どうしようか?」「打つ手なしね」「歯がゆい~~!」などと龍骨をひねっていると――


「よし、そこまでだ!」


 ――突然、どこからともなく駆逐艦フユツキの声がしました。


「フユツキさん?!」


 デュークが驚きの声を上げると、彼の放熱フィンの根元からフユツキの活動体がフワリと飛び出し、デュークたちの目の前でクルリと周回しました。


「君たちが流される寸前に、活動体を放り込んでいたのだ。本体を動かすのに忙しくて、発振器代わりにしか使えなかったがね」


 そしてヴォン! という重力波の合図と共に、フユツキの本体がスルスルと近づいてきました。


「ふぅ……思念波リンクをたどって、やっと追いついけたぞ……本体と活動体の双方をコントロールするのは、ベテランでも難しいのだ」


 そしてフユツキは活動体を回収してから、クレーンを機雷に向けてこう言います。


「良く止まることができたな。あれは美味しそうな匂いを放って、龍骨の民をおびき寄せる兵器なんだ」


「やっぱりねぇ」


 フユツキは機雷を眺めながら「パトロール艦隊の目を30年も掻い潜り続けた先の大戦時の生き残りだな……やれやれ、まだ残っていたとは」と嘆息しました。


「おっちゃん、先の大戦って~~?」


「君たちも少しは聞いたことがあるだろう? ニンゲンどもの艦隊――リーグフリートが連合の後背から奇襲を掛けてきた30年ほど前の戦争だ」


 フユツキは「どうやって、連合の後ろに出られたのかは全くわからんのだがね」と艦首を捻りながら、古い戦争の歴史を語りました。


「そんな事があったんだ~~!」


「おばあちゃん達も何隻か参加してたみたいね。だけど、結構曖昧なことばかり話してたわぁ。シュウマン戦域の激戦がどうのこうの、ウェッドミ海戦がどうのこうのって」


「老骨船達はガタがきているからな。記憶が飛んでいたのではないか?」


 ワシやクマ、太陽をモチーフとしたトレードマークを付けたリーグフリート艦隊が、スチームローラーのように星々を踏み潰した――その戦争に加わっていましたが、彼らの歴史認識というものは結構曖昧な上に、当時を知るのはあの老骨船達なのです。


「僕のネストでも同じだねぇ。オイゲンおじいちゃんが、龍骨星域で防衛部隊を率いていたとかなんとか……」


「おっと、オイゲン殿はデュークのネスト出身だったな」


「オイゲンおじいちゃんを知っているのですか?」


「そりゃそうだ、私は彼の下で、最後の決戦を戦ったのだからな。まぁそれはおいおい話すとして、あの大戦の後期にニンゲンどもが撤退戦で使用したのが、あの匂い付きの機雷なんだ」


 彼は「生きている宇宙船を殺すためだけに開発された外道の兵器だな。多くの戦友をそれで失った……」とうつむきました。


「へぇ本当にフユツキさんは、物知りですねぇ」


「ふっ、私は嚮導駆逐艦――教導艦フネの先生なのだ」


 フユツキはフッと軽やかな笑みを漏らしました。


「さて、その先生から見た今回の君たちの行動を採点してやろう」


 彼はそう言うと、この様な評価を下します。


「激流に飲まれそうな仲間を助けたこと、プライドに負けずに僚艦に従ったこと、暗闇に負けずに前に進んだこと――これは加点だな」


 指を折々しながら、フユツキはデューク達の行動を採点しました。


「だが、戦艦の二隻が美味しそうな機雷の匂い惑わされたのは、減点だぞ。デカいヤツほど、危険察知が疎かになるものだ。これからは気を付けなさい」


「はい……」


「くっ、次はうまくやるわ!」


 フユツキに減点を食らったデュークはシュンとし、ナワリンは雪辱は果たすと、息巻いたのです。


「だが、ペーテルは気づいたな。お前、軍艦としての才能があるじゃないか! 実のところ、私も一度近づき過ぎてえらい目にあったくらいなのだから……まぁ、それはともかく、とにかくえらい! 巡洋艦ペーテルには花丸をやろう!」


「あ、ほめられた~~!」


 ペーテルが褒められて「えっへん!」と、ちょっとばかり得意気に背中の砲塔をピョコリと立ててから「あれ、でも軍艦としてかぁ」と微妙な思いを口にしました。


「まぁ、三隻がまとまって行動出来たのは喜ばしいことだ。それがフネにとって一番大事な事だからな……」


 フユツキは「フネと言うものは、離れ離れになると力を出せなく成るものだ」と皆を諭し「よし、全体として総合評価80点を与えよう」と言いました。


「では、そのご褒美に―――あの機雷を食べいいぞ」


「ふぇっ……食べる?! そ、そんなことしたら沈みます!」


「近づいたら爆発するんでしょ。私達を、こ、殺す気なの?!」


「だから食べちゃ駄目だって~~!」


 フユツキの言葉にデューク達は、びっくりしました。機雷は近づくだけでも危ない兵器なのに、食べろと言うのですから。


「ははは、安心しろ」


 そしてフユツキは機雷に向けて特殊な電子コードをピピピと投射し始めました。龍骨の民の副脳にすら介入出来る彼の電子戦能力が、機雷をコントロールする電子頭脳をハッキングするのです。


「解析もすんでいるし――30年も前の生ぬるい防壁など――」


 フユツキはサクサクと防壁を抜き、機雷の中心にある制御装置に停止コードを放ちました。


「機能停止――確認! よし、もう爆発することは絶対にないぞ」


 彼がそう言い放つと同時に機雷はただの物体となったのです。


「さぁ、処理だ処理! 機雷を排除しご飯を食べてこい!」


「「「やった~~!」」」


 フユツキがそう言うや否や、デュークたちは大好きなご飯に向けて、まっしぐらに進みました。龍骨の民にとって機能を停止した機雷は、ただのご飯なのです。

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