第62話 根拠地に至る

「龍骨星系2号線を進んで、ゴヴァーチュ星系にジャンプアウト。星間バイパス経由でケーヨジャンクションに進出。それから超空間航路7号線を南西に――これで故郷からの距離は――」


 デュークがこれまで辿ってきた航路を振り返り、龍骨星系の位置を確かめています。計算によれば、彼はもう龍骨星系ふるさとから100光年以上も離れたところに到達していたのです。彼はその大きな目をすがめて――遠い目をするのです。


「なによ、ホームシックってやつ? まだ目的地にも着いていないのよぉ」

 

 ナワリンがデュークの様子を眺めて笑います。でも、彼女の切れ長の目にはけして馬鹿にするような色は浮かんでいません。


「何言ってるのさ。君だって故郷までの距離を計算しているだろう?」


「あちゃぁ、バレてるわね。仕方ないか、同じフネだものね」


 龍骨の民は龍骨星系を起点に、航続距離を計算する本能を持っているのです。ナワリンも、デュークと同じように龍骨の中で計算をしていたのです。彼らは目を見合わせて、苦笑しあいました。


「ここに来るまでいろいろな事があったねぇ~~!」


「そうね。色々とあったわぁ!」


 ペーテルがこれまでの旅路の中で様々な出来事があったと言うと、ナワリンは笑みを浮かべて同意します。


「デュークが異種族のお姫様に食べられそうになったりとかね!」


「あれは……何か大事なものを奪われたような気がするんだ……」


「貞操って言うやつかな? あはははっ~~!」


 彼らは様々な星々を見学し、異種族と触れ合ったり、エーテルの流れに巻き込まれ、時には宇宙妖精に襲われるなど、様々な経験を共有してきました。


 そのような航海を続ける内に、最初の頃はツンツンとした性格を見せていたナワリンは、かなり角が取れてきました。「船に成りたい。お家帰りたい~~!」などと言っていたペーテルは重巡洋艦としての自覚を持ち初めています。


「僚艦……か」


 デュークが二隻を見つめると、他の種族で言うところの友人のような、仲間のような、そんな意味を持つコードが龍骨に浮かぶのに気づきました。それは他の二隻も同様なのです。


 生きている宇宙船は、一緒に隊列を組んで航路を進み、様々な経験を共有することで、お互いに成長し、僚船友・仲間として認める生き物でした。


 そんな彼らの旅程も、残りわずかとなっています。


「そろそろ目的地が近い。この先のカインホア星系に大規模な新兵訓練所学校があるのだ」


「僕らは、そこで軍艦として訓練を受けるんですよね?」


「ドンパチのやり方でも勉強するのかしら?」


「射撃訓練とかかなぁ、最近主砲が疼くんだ~~」


 フユツキは「そうとも言えるが、正確には違う」と答えます。


「共生知性体連合の様々な場所から集まった若者達と一緒になって、軍人としての基礎的な訓練を受けるのだ」


「へぇ、異種族達と一緒に訓練を受けるんですね。同期の友達が出来るといいなぁ」


「たしかに軍人としての訓練なんて受けてないわねぇ。教わったのは飛び方と敬礼の仕方くらいだし」


「そもそも軍隊がよくわかってないや。でも、色々と楽しみぃ~~!」


 デューク達は、口々に期待やら不安やらが入り混じった言葉を漏らしました。フユツキはそんな彼らを眺めて、フッっと軽い笑みを浮かべます。


「よし、そろそろ超空間を出るぞ――――」


 目的の星系まで進んだデュークたちが超空間から降り立ちます。そこは航路結節点よりも多くの超空間の出口が集合しているところのようで、ポコっポコっとフネが通常空間にジャンプアウトしているのがわかりました。


「かなりの数のフネが来ていますね」


「カインホア星系は、第五艦隊根拠地が置かれているところでもあるからな。共生知性体連合有数の根拠地ともなれば当然だろう。根拠地の周辺ではもっと増えるぞ」


 デュークたちが、星系中心部への航路を進むと、行き交うフネの数がどんどん増えてきました。


「うわぁ、たくさんのフネが航行しているぞ、これが全部軍艦なんだ!」


「駆逐艦に巡洋艦に、アレは空母ってやつかしら?」


 周囲のフネが放つ識別符号を受けとると、ありとあらゆる軍艦が飛んでいるのが分かるのです。


「武装のないフネもたくさんいるよぉ~~!」


 中には目立った武装を積んでいないものもありました。軍艦とは正面戦力になるフネばかりではなく、輸送艦、補給艦、工作艦など戦場をサポートする艦種もあるのです。


「へぇ、同じ艦種でも、形が全然違うものがあるんだなぁ」


 デュークが2つの駆逐艦を比較しています。片方は長方形なのに、もう一方は楕円形と全く違ったシルエットを持っていました。


「同じ駆逐艦と言っても、異種族のフネ達だからな。我々、龍骨の民のカラダのように流線形を基本としないものも多い」


「ねぇ、アレみて! あのフネ、ずいぶんと長い砲身を持ってるわ! デュークのカラダと同じくらいあるじゃない!」


 ナワリンが少し遠くを航行しているフネを眺めてビックリしています。それは100メートルほどの本体の上に、1キロメートルもの砲身を伸ばしていたのでした。


「あれはダンガンという種族の電磁砲艦だ。彼らはレールガンというものに非情な愛着を持つ種族でな。もはやレールガンの方が本体といえる」


 フユツキは「取り回しに難があるが、あれの射撃は驚異だぞ。重金属プラズマ爆裂弾頭を亜光速で毎分20発も発射できるのだ」と説明しました。


「フネの姿には種族それぞれの設計思想が垣間見えるのだよ」


「あ、丸っこい玉のようなフネがいるよぉ~~!」


 ペーテルは完全な球体――丸まっちいボディからプラズマジェットをふかして、ズゴゴゴ! と飛んでいるフネを見つけました。


「あれはスカラベ族のフネだな。彼らはどうしても丸いフネを作ってしまうのだ。彼らはフンコロガシとも言われる種族なのだ」


「フンコロ~~?」


 ペーテルの龍骨に「スカラベ、昆虫から進化した種族、廃棄物好き」というコードが広がり――


「あはっ! あれはフンをイメージしているんだ! 変なのぉ~~!」


「設計思想というより、これは生態や文化の違いの問題だな。それから、他所よそ様の生き方に口を笑うのはご法度だぞ!」


「ご、ごめんなさい~~!」


 ペテールが怒られている中、デュークは己の視覚素子に映る、とある軍艦を見つめています。それは彼に比べれば、随分小さなフネなのですが――


「あっ、向かって来る船があるけれど、識別信号にノイズが掛かって、艦種がわからないや」


 デュークが斜向いから対向してくるスマートな形をしたフネを見ながら、そのような声を上げます。それは全長265メートル、全幅34メートル、全高77メートルと、デュークからすれば小振りなフネでした。


「ふむ、あれは特務艦だろうな。特別な軍務を得ているから、識別符号を隠しているのだよ。しかしなんだあの艦は、私も初めて見るものだぞ」


「うわぁ、随分と強そうで格好の良い船だなぁ」


 デュークが視覚素子をズームさせると、流麗なシルエットの中に異様なまでの力強さを持つフネの姿が浮かび上がります。


 すらりと伸びた優雅な船体の下腹はさび止めの塗料で赤く塗装され、上部は黒光りする重厚な装甲が覆っています。グレーに塗装された横腹には三角のフィンが伸びて、艦の後ろにある丸い推進機関からはプラズマが力強く吐き出されていました。


 甲板には三連装の主砲を三機が備えられ、砲身はビシッと伸び、鍛えられた鋼の力強さを見せつけています。艦の上には対空火器がずらりと並び、背中には多連装のサイロが整然と並んでいました。


 ゴツリとした黒鉄の碇が設置された艦首をみると、丸いコブのようなドームがついており、宇宙うみを切り裂くように進んでいます。その姿はまさに威風堂々というところなのです。


「小さいけれど、何か凄まじい力を感じるんだ」


「そうね、私よりも小さいのに……何ていうかオーラが出ているわ」


「ボクよりも小さいのに、何故か勝てそうにないよぉ~~!」


 デューク達は口々に「軍艦としての格が違う」という程の感想を漏らしました。


「あれは――――戦艦ですね! 龍骨がそう言っています」


「そのようだ、私の龍骨もそう言っている」


 デュークの龍骨にはゾクリとしたパルスが走っています。サイズの大きさではなく、そのフネが持つ本質的なパワーが、戦艦であると告げるのです。


「背中に大きな塔があるわね。なにかしら、あれは?」


「あれは艦橋というものだ。あそこに船乗りが乗っているのだ」


 近づいて来る戦艦の背中にある艦橋から光が漏れ、透明なガラスの中を通して中にたくさんの小さな人影が見えました。その人影は航路を逆行するデューク達を認めると、一斉にビシリとした敬礼をしてきます。


「ふむ、統制の取れた良いフネだな。まさしく戦のフネと言ったところだろう」


 クレーンを上げて返礼をしたフユツキは、「むふん!」と満足げな排気を漏らしました。デュークたちも同様に、共生宇宙軍方式の敬礼を強そうな戦艦に返します。


 すると、その戦艦は”サラバ”と光信号を放ち、加速を始めたのです。


「ふむ、行くのか……彼らはこれからどこに向かうのだろう? 随分と遠くのような気がするのだがな」


 フユツキが言う通り、その戦艦はどこか別の宇宙へ飛び立つような力強い足取りで飛び去って行ったのです。


「あるぇ? 軍艦じゃない船舶の識別信号もあるよぉ~~」


「ああ、それは民間船のシグナルだ。軍艦だけで根拠地は維持できないから、物資を運ぶ輸送船や、民間の作業船がそれなりにいるのだよ。進路前方の先行するフネをみたまえ、あれは商船だぞ」


 フユツキは、クレーンを伸ばして航路前方に行く商船を示しました。


「あはっ、商船だぁ~~!」


 商船と聞いたペーテルは、スルスルと船足を上げてその商船に近づいていきます。


「あっ、ペーテル!」


「勝手な事をすると、フユツキさんに怒られるわよ!」


 と、デューク達が制止するのですが、いつもは厳格なフユツキが「あれも軍艦とは言え、メルチャント――商船の姿に親近感を覚えているのだろう。まぁ、少しくらいはいいだろう」と、この時は許しました。


 商船に近づいたペーテルは、嬉しげな電波の声で挨拶をします。


「こんにちは~~!」


 嬉しげな声を上げたペーテルに対して、商船からこのような応答が返ってきます。


「こんにちは、こちら商船アトランティック。私は船長のルックナーだ」


 ペーテルの龍骨の中に、船長らしき人物の姿が現れ、朗らかに笑いながら温かみを感じる声で自己紹介してきました。船長のルックナーが、無線を介して映像通信をしてきたのです。


「ボクは巡洋艦ペーテルです! よろしくぅ~~!」


「よろしくペーテル! 君は龍骨の民の子どもか、新兵訓練所に向かうのだね?」


 ルックナー船長は相当のベテラン船乗りのようで、ひと目見ただけでペーテルが龍骨の民のまだ年若いフネだと判断し、「目的地は新兵訓練所だな」と言ったのです。


「うん、そうなの~~!」

 

「それにしても、巡洋艦ペーテル……か。君は、なかなかスマートな艦型をしているじゃないか」


 ルックナーがペーテルの軍艦としてのシルエットを褒めました。ペーテルの蒼銀の装甲は流麗にして、十分な力強さを兼ね備える作りをしているのです。


「そう言われると嬉しいけれど…………ボクは本当はアトランティックみたいな商船になりたかったんだよぉ~~!」


 ペーテルは自分が産まれたネストについて、かいつまんだ説明をしました。ルックナーは「なるほど君は商船氏族メルチャント出身か、軍艦は少ないところらしいから大変だったろうな」と同情しました。


「だが、巡洋艦という存在も良いものだぞ! 速くて強くて結構硬い――良いところばかりの艦種なんだ。私は戦艦や駆逐艦よりも――どんなフネよりも最高の物だと信じている!」


「えっ、商船の船長さんが、そんな事を言うんだ~~?」


 ルックナーは商船の船長が「巡洋艦は最高だ!」などと言うので、ペーテルは艦首を傾げて不思議がります。


「船長? ああ、そうか今の姿では、勘違いされるだろうな。では、こうしよう」


 そこでルックナーはピシリと指を鳴らして――「総員状況開始っ!」――それまでとは打って変わった威厳のある声で、クルーに合図を掛けました。


「0番から5番までの拘束具を解除!」


「ウェルデッキ、格納開始!」


 アトランティックの各所でルックナーの言葉に即応した船員達が素早い動きをみせています。するとバキン! バキン! と船体の各所で何かのロックが解除されるのです。


「偽装艦橋おろせ、本艦橋上げ!」


 という声が掛かると、船上構造物が大きな変化を見せ始めます。


「甲板上クリア――――! 砲塔起こせ!」


「偽装救命艇、爆破ボルト作動! FCSに火を入れろ!」


 甲板に強力なレーザー砲塔がニョキリと現れます。設置されていた救命艇が割れると黒光りする魚雷発射装置がドン! と姿を見せました。


「流体装甲、展開始め――――!」


 それまで商船であった甲板の上には、強い金属の光を持った液体金属がブワワワッと流れでてきました。それが船体をおおうと、商船の姿はまるで違ったものになるのです。


「商船が、ぐ、軍艦になっちゃった~~?!」


「ふっ、そうだ、本艦は軍艦なのだ。して本艦のもう一つの名前は――」


 驚きの声を上げるペーテルの前で、ルックナーはどこからか取り出した軍帽――共生宇宙軍のマークが付いたそれを被ってからこう告げるのです。


「――仮装巡洋艦アトランティカである。このフネはまぎれもない巡洋艦なのだよ。だから、ペーテル君、私のことは艦長と言ってくれたまえ。あっはっはっ!」


 ルックナー船長改め、艦長は呵々かかとした笑い声を上げました。ペーテルは目を丸くして巡洋艦アトランティカの姿を見つめます。


「うわぁ、びっくりしたよぉ! フネの名前まで変わるんだものぉ~~!」


「男神アトランティック、女神アトランティカ――我が故郷の神々の名前なのだ。この神々は、雌雄一体の両性神としても知られていてね、名前を使い分けているのさ」

 

 そしてルックナー艦長は「二つ側面を持っていたり、役割を隠しているフネもあるのだ」と言ってから、ペーテルの事をジッと見つめてこう言います。


「フネの二面性ってやつだな――もしかして、君も持っているかな?」


「えっ、それって――――」


 軍帽の下にあるルックナー艦長の眼は、何者も見逃さず、何も見落とすことのない鋭さを持っていたのです。


 ペーテルが何かを言いかけた時です。ヴォォン! とした重力波の汽笛を上げて、後方からデューク達が追いついてきました。


「ペーテル! フユツキさんが戻ってこいって言ってるよ。航路が込んできたから、定位置に戻らないといけないんだって」


「早く戻らないと、叱られるわよ!」


「あ、いっけない~~!」


 そんなペーテルの置かれた状況を正しく認識したルックナー艦長は。「おやおや、フネの先生が怒っているな」と言ってから、この様に別れを告げます。


「若き龍骨の民、蒼き巡洋艦よ。また会う時は、君はどの側面を見せてくれるのかな? まぁいい、サラバだ。あっはっは!」


 そう言ったルックナーの目は笑みを湛えつつ、何もかもお見通しな風で敬礼を掲げました。ペーテルはただ「う、うん。またその時にね~~!」とだけ何かを隠すような返答をしたのです。

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