第63話 キャリアの始まり

「綺麗な星だなぁ」


 直径1万3000キロほどの惑星がデュークの目に映り込んでいます。彼は「これがカインホア星系第4番惑星カムラン――」と呟きました。カムランは濃厚な大気と大量の水を持つ居住環境レベル1の優等惑星です。


「軌道上を巨大な人工物が巡っているわね、まるで星を巡る指輪だわぁ」


 ナワリンは惑星カムランの軌道上を巡る、巨大な円環リング状の物体を見つめています。


「カムラン・ステーション、またの名をリング・オブ・カムランROCと呼ばれる軌道周回要塞だ。あれが第五艦隊の根拠地になっている」


「わぁ、数え切れないほどのフネがいるよぉ~~!」


 リングから伸びる長い桟橋に、たくさんのフネが錨を下ろしている光景に、ペーテルは歓声を上げました。


「第五艦隊は共生宇宙軍の中でも最大の艦艇数を有している。その2割が常駐しているから、あそこにいるのは2万隻と言ったところだ」


「2万隻もいるんですかっ!? それに第五艦隊の全部じゃないって!」


「第五艦隊は連合の内海艦隊だからな。多くの星域を担当しておるし、広大な銀河辺境もパトロールせねばならん。それだけの数があっても、数が不足がちなほどなのだ」


 そう言ったフユツキは「着陸航路へ進入するぞ」と、カムラン・ステーションに向かい始めます。


「ROC管制、こちら駆逐艦フユツキ、着陸許可を求める」


 フユツキが通信用レーザーを発して航宙管制官を呼び出しました。付近にはあまりにも多くのフネがいるため電波通信は混線しがちで、レーザー通信は必須なのです。


「駆逐艦フユツキ、先行船が多い、エリア51にて待機」


「了解。待機する」


 管制官の指示に従ってステーションへの降下軌道に入るための待機区画に入ると、同じような状況のフネがたくさん停留しているのが見えました。


「やれやれ、ここは何時も混んでいるな。ふむ、待っている間は特にやることもないから、視覚素子を伸ばしてカムラン・ステーションの全容を把握しておけ」


 デューク達は初めて見る巨大な施設の光景に好奇心を掻き立てられ、ステーションのあちこちに向けて興味津々な様子でレンズを向けます。


「沢山の港湾機械が動いているなぁ」


 ガントリークレーンや艀が目まぐるしく動き、数え切れないほどの人員や物資が乗降しています。


「あっちではフネが修理されてるわ」


 工廠区画ではバチバチと火花が散り、傷んだフネの装甲を補修したり、推進機関の交換が行われていました。


「飲み物に食べ物だ! あっちにも~~こっちにも~~!」


 燃料タンクが立ち並ぶ区画を見つけたペーテルが歓声をあげました。リニアレールの軌条を走るコンテナには様々な物資が満載され、丸いタンクには軍用の複合推進剤が詰まっているのです。

 

「表面は随分厚い装甲が張られているぞ!」


「武装もたくさん付いているわね!」


「カッチコチのハリネズミ? そんなコードが溢れてくるよぉ~~!」


 ステーションの表面には重厚な装甲板が張られています。各所には大きなレーザー砲塔や電磁砲塔が立ち並び、ミサイルの発射機など無数の武装が外周へ向けて整然と並べられていました。カムラン・ステーションは、掛け値なしの宇宙要塞なのです。


「私達のネストおうちを何十倍も、何百倍にもしたようなところねぇ!」


 生きている宇宙船たちのネストは相当な大きさがあるのですが、このステーションの大きさと機能はそれを遥かに凌ぐものでした。デューク達は感嘆の声をあげるほかありません。


「なかなかのものだろう? ここは軍港であり工廠機能を持つ宇宙要塞だ。そしてここが君たちの最初の目的地であり、艦齢キャリアの第一歩となる場所なのだ」


 そう言ったフユツキは「ほら、あそこを見て見ろ」とクレーンを伸ばして、桟橋に接舷した輸送船を指しました。そこには、タラップを伝って続々と下船する異種族達の姿が見えるのです。


「連合の各所から集まった若者達――彼らはこれから入隊の手続きを取り、共生宇宙軍の一員となる。そして新兵訓練所で半年ほど訓練を受け、その後各所に送られることになる。それは君たちも同じなのだぞ」


 ステーションにある入隊宣誓所で共生宇宙軍入隊宣誓――連合の護り手となる誓いを立てれば、もう後戻りはできません。そして志願兵としての任期は、種族により差が有るものの、少なくとも3年以上は続くのです。


「我ら龍骨の民の場合、現役期間のほとんど軍人として生活することになるのだがね。長い、長いキャリアの始まりということだ」


「ええと、フユツキさんは軍にどれくらい――」


 デュークの「いるのですか?」という問いかけに、フユツキは少しばかり艦首を捻りました。


「60年近く……だな。龍骨星系を離れてからそれだけの時間が経ったからね」


「へぇ、フユツキさんって、結構お年寄りなのねぇ」


「あはっ、おっちゃんじゃなくて、おじいちゃんだったんだぁ~~!」


 ナワリンとペーテルが「お年寄り」と言ったので、フユツキは「そうハッキリとそう言われるとなぁ。おじいちゃんか……」と、少しばかり艦首を項垂れる様子を見せました。


「そ、それはつまりそれだけベテランだってことですよね!」


「ははは、老練と言ってくれるか」


 デュークが取りなすような言葉を口にしたので、フユツキは苦笑いを浮かべます。彼は自分が熟練の軍艦であり、それ相応の艦齢であることを自覚していたのです。


 そんなフユツキに、デュークはこんな事を尋ねます。


「ねぇフユツキさん、僕らが軍に入った後もまた指導をしてくれるんですよね? 軍艦として経験が全然ないから不安なんです」


「ん、それはな……」

 

 とフユツキが答えようとしたところで、ナワリンが横槍をいれます。


「不安って、あんた軍艦の癖に何言ってるのよ。同じ戦艦として恥ずかしいわぁ。恥を知りなさい――――」


「そ、そうだけど……」


 デュークはそこで、ちょっとばかり弱気な自分を恥じるように口を閉ざしました。そんな彼を眺めたナワリンは、彼のカラダをポン! と叩いてからこう言います。


「冗談よ! 冗談! 実はデュークと同じで私もそうなの!」


「ボクなんて不安だらけだよぉ。ねぇ、おっちゃん、また教導してねぇ~~!」


 デューク達は口々に「フネのベテランの力が必要なんです」と、艦首を下げて懇願しました。若いフネの龍骨には不安という感情が必ずと言って良いほどあるのです。


 その事をよく知っているフネのベテランは――――


「残念だが、それはできない」


 艦首を振って、きっぱりと「できない」と告げるのです。


「マザーから産まれて60年近く――私の龍骨にはガタが入りはじめているからね」


「あっ!」


 壮健そうに見える駆逐艦フユツキですが、カラダの芯には長年戦い続けたダメージが蓄積されて、回復しようのない亀裂が現れ初めていたのです。


 彼は「ほら、ちょっと前に宇宙妖精の精神攻撃があったろう? あの精神攻撃で一番最初に私がやられたのは、龍骨が脆くなっている証拠なんだ」とも言うのです。龍骨に現れた傷は、軍艦としてだけでなく生き物としての力を損ねるものでした。


「実のところ、今回の先導役でちょうどお役御免引退なんだよ。まぁ、60年近く戦い続ければ仕方がないな。むしろ、ここまで折れずに来てくれた自分の龍骨を褒めたいほどだ」


「そうか……老骨船になるのか」


「ガタが来ては仕方がないわね……」


「おいちゃん……」


 デューク達は大変残念そうに項垂れました。


「老艦は死なず、ただ消え去るのみさ。嚮導コマンド執る指揮艦、教導エデュケイトするベテラン、先達リードたる老船は、ただ消え去るのみ、だ」


 物悲しさが乗るバラードの様な物を口ずさんだフユツキは「これがキャリアの終わりってやつなのだ」と呟きました。デューク達は、長年軍艦として生き引退するフネだけが持つ重みを感じ、何も言うことができません。


「そんな老兵が伝える事が出来る最後のアドバイスは――自分の龍骨を信じて、艦首を上げて前に進め、さすれば道は必ず開かれる――と言うことくらいかな。それを守れば、どんな困難にも立ち向かえる」


 フユツキは「なにせ私自身が、それで生き延びてきたんだ」と軽い笑みを浮かべます。


 デューク達はただ押し黙ってフユツキの言葉を味わい、さらに艦首を項垂れるだけでした。ペーテルの目には潤滑油の涙すら浮かんでいます。


 そんなデューク達を見つめたフユツキは――


「言ったそばから、これか! 何を湿っぽくなってるのだ! ほら、艦首を上げろ、上げるんだ! そんなシミッタレた面をされたら――――」


 言葉を区切った彼は「私の新しい船出キャリアの手向けにならんだろう!」と、大きな笑顔を浮かべながら続けるのです。


「フユツキさんの新しい船出……ですか?」


 引退するばかりのフネが、突然明るい口調で「私の新しいキャリア」と言いだしたので、デュークは不思議そうな顔をします。


「はっはっは、これだよ、これ!」


 フユツキはデューク達の前でクレーンを振り上げ、何かをガシッ! と掴む仕草をしました。そして彼は手の中のものを大事そうに抱き上げたのです。


「何を言いたいか、龍骨の民ならわかるだろう?」


「あっ、そうか――!」


「幼生体ね!」


「フネのあかちゃんの子育てかぁ~~!」


 デューク達は彼の船出が一体何を意味するのか、すぐに理解しました。つまり、フユツキには、これからマザーに戻って子どもたちを育てる仕事が待っているのです。


「いやはや、なんとも不安だ。実に不安だ!」


 老駆逐艦は「不安だ」と言いながら、「よしよし」と、まだ見ぬ赤子を大事そうに抱き上げる仕草をします。しばらくすれば、彼はその手で本当の幼生体を抱くことになるのです。


「子育ては戦争よりも大変かもしらん。私には全く経験がないからなぁ。不安だ、実に不安だ」


 フユツキは本当に不安そうな声を上げ――


「とまぁ、不安なまま、私は故郷に向かわなければならないんだ。こんな時どうすればいいんだろうか? なぁ、教えてはくれまいか?」

 

 と、デューク達に尋ねるのです。


「自分の龍骨を信じて……」


「艦首を上げるのね」


「そして前に進むんだよね~~?」


 デューク達が自分の言葉を理解して、正しく口にしたことを確かめたフユツキは――


「ああ、そうか、そうだった! いやはや、まいったぞ。こんな若いフネ達に教えられてしまうとはなぁ」


 少しばかり冗談めいた口調でそう言ったのです。そんな彼の目はたいへん優しげなものでした。それを見つめかえすデューク達の目には「自分の龍骨を信じ、艦首を上げて、前に進むぞ」と言う決意が載っています。


「よろしい――実によろしい! 花丸二重丸をくれてやろう!」


 フユツキが、デューク達に「最早教える事もない」と言うほどに、満点を付けた時でした。管制官からピピピと着陸許可のシグナルが届きます。


「では、行くのだ」


「はい! いろいろと有難うございましたフユツキさん!」


「フユツキ先生も、子育て頑張ってね!」


「フユツキのおっちゃん、龍骨カラダに気をつけてねぇ~~!」


 デューク達はフユツキにその様な別れを告げ、軌道ステーションに降り始めました。


 これから彼らは共生宇宙軍の軍人として、軍艦として歩き始めるのです。それは長くて厳しい道のりになるでしょう。


 でも、何があったとしても、彼らはフネの先達の教えをしっかりと守り、自らの龍骨を信じ、艦首を上げ、前に進み続けるのです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る