第148話 戦場指揮者


「なんて無様なフネかしらね。オ――ホッホッホッホ!」

「ふむ、艦首は一枚板の装甲板か。ふむ、ふむ、ふむ」

「焦げ目があるぞっ! 燃えたのか?! もっと熱くなれよ!」

「多分、あのキノコは、キルゾーンを回避したんじゃないのです。突っ切ってきたのです!」

「と、言うことは相当に硬いのか――――ははは、貴様を特A級のキノコ野郎と認定してやろう――あっはっは」

「獲物、獲物、獲物――異論は認めない――!」

「デカブツめ――戦争を教えてやる!」

「わざわざあたいらの前に現れやがって――小癪なもんだ」


 騒がしい嬌声が前衛の駆逐艦群から届きました。


 キノコ船のシルエットを馬鹿にし、艦首構造物を冷静に眺め、装甲板が焦げているのに気づき、被弾したものの未だ健在であると言い、大哄笑しながら賛辞を贈り、嬉しげにロックオンを掛け、火器歓声装置に火を入れ、どすの利いた口調で襲撃の指示を求めています。


 あわせて、キノコ船の鮮明な映像データが送信されてきます。


「敵影を完全に捕捉したよぉねぇ……これは重装甲突撃型の亜種――いえ新種ねぇ。艦首の傘、生体装甲が随分と大きいわぁ」


 メノウが目を細めながら、敵船を分析しました。カタログにもない新種――その能力は全くの未知数でした。


 その上、サイズは連合の標準戦艦サイズよりもかなり大きいのです。その力は知性のない生物といえど、侮るべきものではありませんでした。


「う、ふ、ふ」


 でも、メノウの口元は嬉しげに歪んでいました。彼女に出会うまでのデュークたちがそれを見たら、「このおねーさん、怖っ」などと思うくらいのものです。


 でも今のデュークは、「これは頼もしいなぁ」と龍骨の中で呟き、彼女の動きを食い入るように見つめます。それはナワリンもペトラも同様でした。


 そんな視線を知ってか知らずか、メノウは「あらあら、まぁまぁ」と言ってから、軽やかな声で前衛の駆逐艦に尋ねます。


「さ、て、と。妹達――準備は良いかしらぁ?」


「いつでも行けるぜ!」

「おねぇさま、ご指示を頂戴」

「縮退炉が溶け出す前に!」

「ハリーハリーハリー!」

「ふむ、いけますよ」

「戦争を――」

「――教育してやる!」

「突撃開始線に到達――異論はないよ!」


 メノウの妹達は即座に「了解!」のシグナルを返送してきます。それはいずれも戦意に満ち溢れたものでした。


「じゃぁ、始めてねぇ。白銀の九連星の力――存分に見せるのよぉ」


 指揮艦の甘ったるい号令がかかると、駆逐艦たちはキノコ船に突撃を開始しました。


「あ、突撃が始まったわ!」


「駆逐艦の殴り込み~~初めて見る~~!」


 全速力でプラズマを吐き出し始めた駆逐艦の姿に、ペトラとナワリンが歓声をあげました。


「単縦陣を取っている――随分と距離を詰めているなぁ。クレーンを伸ばせば、握手ができるくらいじゃないか」


 デュークの目には、気を抜けば簡単に衝突してしまうほどの近距離で、駆逐艦達が艦隊運動を取っているの見えていました。


「それなのに全く艦列が乱れない……なんて練度だ! これが完全同型姉妹艦と言うものかっ!」


「う、ふ、ふ。まだよぉ、まだまだこれからよぉ」


 メノウはそう言いながら、サッ――とクレーンを振りました。


 すると8隻の吐き出すプラズマは綺麗な渦を描き、キノコ船の斜向いに向けてえぐりこむような動きを取り始めます。


「動きが変化した!」


 サッ――メノウが腕を左に振りました。すると、駆逐戦隊が左舷に向けて、スラスターを全開にするのです。


 サッ――右舷に向けてクレーンが振られると、駆逐戦隊は右方向にベクトルを変化させるのです。


「あっ、メノウさんが、あの機動を指揮しているんですね!」


「そうよぉ」


 デュークが尋ねると、メノウはウインクしながら答えました。その間も進路を指示するハンドサインが変わり、そのたびに駆逐艦群の動きに変化がつくのです。


「また動きが変わったわぁ!」


「次の動きが読めないよ~~、すごーい!」


 メノウは更にクレーンを振るって指示を出し続けます。その姿は、まるでオーケストラを指揮するコンダクター指揮者のようでもありました。


「凄いな、まるでタイムラグがないみたいだ。」


 宇宙空間での戦闘行動ですから、通信にタイムラグがあるはずなのです。それに高速で動く駆逐艦に向けて細かく連絡を取るのは、とても難しいことでした。


 彼女は、そのタイムラグすらも計算に入れて、縦横無尽に指揮を発していました。それは、完全なる電子存在――AI族にも困難なのことなのです。


「同型艦の力、そしてこの指揮力……僕らがコテンパンにされるわけだよなぁ……」

 

 デュークはキノコ船に向けて複雑な機動を取る駆逐戦隊を眺めながら、ため息をつきました。彼の龍骨には、幻惑すら覚えた艦隊行動と演習弾の痛みが浮かぶのです。


 彼はまん丸な目を歪ませ、少しばかり悔しそうに口元を歪ませるのでした。そんなデュークの姿を認めたメノウは、こんなことを言い出します。


「あなた達も、いずれ覚えることなのよぉ」


「うっ、そうなんだ――」


「できるのかしら……」


「難しそだよぉ~~」


 龍骨の民――軍艦の彼らは、いずれ指揮艦として成長しなければなりません。それにデュークら三隻は、大型艦――艦隊の中心となるべき存在なのです。


「同じ龍骨の民だけじゃなくてねぇ、異種族の艦も指揮することがあるのよねぇ」


 共生知性体連合には、龍骨の民以外のフネもいますから、それは本当のことでした。でも、デュークらは、「そんなことができるのかなぁ」などと艦首をねじりねじりするのです。


 そんな彼らを微笑みとともに見つめたメノウは――


「じゃぁ、みんなにも――や、ら、せ、て、あ、げ、る。臨時に指揮権を移乗するからぁ、攻撃命令をだしなさぁい!」


 ――と、デュークらに攻撃指揮を取るよう”命令”するのでした。

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