第147話 学んだ言葉

「「「お、追いつきました――!」」」


 推進器官の全力噴射により、デューク達は、なんとかメノウの背後に追いつきました。


「あらあら、カラダが大きいのに、皆よく追いついて来たわねぇ。縮退炉の効率が良いのねぇ。若いって良いわぁ」


 そういうメノウですが、身軽な軽巡洋艦の身ですから、デューク達の速度に合わせて加減をしたのでしょう。


「加速はこれまでね、軽く減速してタイミングを合わせるわよぉ」


「「「了解ですアイサー!!」」」


 相対速度が付きすぎると、攻撃の時間が減少するので、これは当然のことです。デューク達はクルリお尻を向けて、減速を開始しました。


「駆逐艦のおねぇさん方も、全力で減速しているなぁ……さて……」


 デュークは、前方の宙域に大きなフネの気配を感じます。自前の視覚素子を始めとしたセンサが敵影を捉えたのです。


「あれがキノコ船、か」


 レーダーに映るそれは、先頭が大きな傘のような形をしており、その後方には長大な胴体があって、後方では盛大なプラズマ噴射が見えています。


「へぇ、ほんとにキノコの形をしているわ。新兵訓練の時にフィールドワークで見つけたのに似ているわ」


「焼いて食べたら美味しかったよぉ~~」


 ナワリンとペトラは、惑星カムランで見かけたキノコがそのまま宇宙船になったようだと言う感想を漏らしました。


「アレは、キノコ生物そのものなんですか?」


「そうねぇ。キノコ船は、キノコたちが宇宙を渡る為、自分自身のカラダを折り重ねて構築したものだからぁ」


 キノコ船は個が全であり全が個である、特殊な宇宙船でした。その構造そのものが、キノコ自身――胞子が組み上がって出来ているのです。


「ふぅん。知性を失っているのに、よくそんなことができるなぁ」


「カラダが覚えているんでしょう」


 メノウいわく、キノコ船は知性によるものではなく、本能的なものが司るのだといいます。


「ということは――あれも生きている宇宙船なんですかね?」


 デュークは「僕らとは全然違うけれど」と思いながらも、「生きている」という言葉を強調するのでした。


「あはぁ、たしかにそうとも言えるわねぇ。連合の基準で言えば、胞子型恒星間航行生物と言ったところかしらぁ」


「そうか、あれも命ある生き物なんだ……」


 デュークは、目の前のキノコ船が生き物であることについて、「それは、つまり……」と龍骨をねじりました。ナワリンとペトラも同じようにしています。


「あらあらまぁまぁ、デューク君達は、まだ慣れてないのねぇ」


 メノウは、あえて言いませんでしたが――そこには「生き物を殺す」という言葉が含まれているのは明確でした。


 デューク達は、辺境で戦闘を経験していますが、撃破したものの多くはAIすら乗らぬ無人のミサイルばかりでした。ニンゲンが乗っていると思われる機動戦闘艇に発砲したこともありますが、そのときは無我夢中だったのです。


「メノウさんは……慣れているんですか?」


 デュークが尋ねると――


「そうよぉ」


 ――メノウは甘ったるい口調で、端的に答えました。


「それが仕事だからぁ」


「う……」


 メノウから漏れてくる言葉は、本当に端的なものでした。


「アレは生き物、命ある生き物ぉ――それを殺るのよぉ」


 メノウは口元を上げながら、そう言いました。そう、彼女は笑っているのです。デューク達はそこにうっそりとした怖さを感じ、龍骨を震わせました。


「相手が知性ある生き物でもぉ、そうでなくってもぉ、それをるのが私の――お、し、ご、とぉ」


 軽巡洋艦はメノウは切れ長の目を細め、さらに口元を更に上げました。


「そして、それはあなた達のお仕事でもあるわぁ」


 メノウの言葉は、嘘でありません。軍艦である彼らは、連合の為に戦う――つまりは暴力を振るうのがお仕事です。


 訓練所時代にも教官から、そのような言葉を掛けられたものです。でも、実のところ、彼は今ひとつピンと来ていない感じで、これまでを過ごしていたのです。辺境で血を見なかったのは、僥倖と言うものかも知れません。


「僕たちの……」


 デュークはなんとも言えず、まん丸な目を歪め、歯を食いしばりました。ナワリンとペトラも、同じように押し黙っています。


「あらあら、まぁまぁ、困っちゃったわねぇ」


 そんな彼らを見つめていたメノウは、実に面白そうに笑うい続けるのですが――体内時計を確かめ、接敵までの時間が近いことを確かめます。


 そして、彼女は笑みを捨てて――


 ブォォォォォォォォォォォンシャンとしろ、若造ども


――大きくて、切れのある重力波の汽笛をあげました。


「ふぇぇぇぇぇっ?!」


「アレは一体何だっ、アレは私達の何だ? 龍骨伸ばしてさっさと答えろ!」


 メノウがいつもの甘ったるい口調とは全く違う、厳しさで尋ねました。その言葉を聞いた三隻は――


「「「あれは……」」」


 ――軽巡洋艦の問いにデューク達は一瞬戸惑うも――龍骨をシャンと伸ばしてこう、答えるのです。


「あれは――敵、敵です!」


 デュークが、龍骨を伸ばして言葉を放ちました。


「共生知性体連合の宙域を荒らすのは――敵」


 ナワリンが、クレーンを振り上げて答えました。


「撃つべき~~敵ぃ~~~~!」


 ペトラが、推進器官を振るいながら叫びました。


 それは彼らの龍骨に残る祖先のコードがそう言わせたのでしょうか? いえ、それは共生宇宙軍新兵訓練所に学んだ、彼ら自身の言葉なのです。


 メノウは、敵を前にして迷いを持つ若者を導くため、あえて教官めいたセリフを用いて、それを引き出したのです。

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