第146話 震えながら、声を上げよ

「キノコ船を捉えたわぁ。指揮権発動ぉ――総員第一種戦闘配備してぇ」


 彼女の龍骨から指揮艦――龍骨の民を統制する際の同族コードが流れ出ます。彼女は龍骨を伸ばすと、即座に戦闘態勢に入ります。砲口がスラっと伸び上がり、体内にある弾頭が瞬時にウォームアップしました。


「縮退炉、いつでも全力稼働できるようにねぇ」


 メノウの指揮艦コードは、いつもの甘ったるい口調でしたが、戦闘モードに入ったためか、その指示はデューク達の龍骨をピシャリと打ちました。


「あ、はい! ええと、あっちか!」


 メノウの声に、デュークたちも兵装を起動し、縮退炉の圧を最大に引き上げます。まだ幼さを残す彼らですが、実戦をくぐり抜けた経験が龍骨を走り、キノコ船が襲来する方角へカラダを向けるのでした。


「距離――まだ遠いな。一隻だけのようだけど」


 デュークがキノコ船のレーダー反射データを確認すると、ただの一隻のフネの姿が見えました。


「艦種特定……あれ、なによこれこれ、データにないじゃない?!」


「重装甲型突破船ってやつに似てるけど~~」


 ナワリンとペトラは第四艦隊から支給されたキノコ船のデータと、襲来したフネの姿を照合するのですが、微妙に合致しませんでした。


「妹達が、シルエットとサイズを計測中よぉ、ちょっとまってねぇ」


 前哨の駆逐艦たちは、8隻のレーダーと測距レーザーを同時運用し、超長距離からの探査行動に入っています。それらのデータをメノウが集中管理することで、単艦に数倍する精度での測的が可能でした。


「データ解析――――――あらっ!?」


 それまで落ち着いていたメノウが突如声を上げました。


「メノウさん、どうしたんですか」


「これは、大物よぉ……」


 メノウが解析したキノコ船のサイズは、600メートルを超えているものでした。


「へぇ、共生知性体連合の基準で言ったら、大型戦艦クラスかぁ!」


「ナワリンと同じくらいの大きさ~~~~ご姉妹ですか~~?」


「サイズが似ているだけじゃないのよ、キノコと一緒にしないでよっ!」


 などとデュークらが戦闘体制を取りつつ、いつもの調子で会話していると、それまで的確な指示を出していたメノウが無言になりました。


「…………」


「メノウさん、どうしたんですか? えッ――――!?」 


 デュークがメノウの艦体を見やると、彼女のカラダがブルブルと震えているのがわかりました。

 

 その勢いは凄まじく、装甲板だけでなく、カラダの中にある龍骨と縮退炉もが、激しく振動しているのが分かる程なのです。


「はぁ、はぁ、はぁ、これはヤバイわぁ」


 メノウの口から漏れでる排気が強くなり、それは荒々しさを増してゆくのです。危険を感じさせる表現を用いてもいます。


「だ、大丈夫ですかメノウさん?」


「ヤバイって、もしかして、あれってかなりヤバイ奴なのかしらっ?!」


「わわわ、ど~~しよ~~!」


 メノウの見せる姿に、デュークらは大きな焦りを覚えました。龍骨の民は先達の姿を見て育つ、そのような格言があるように、年配者の行動というものは、若いフネに大きな影響を与えるのです。


「はぁはぁはぁ……はぁはぁはぁ、あっは!」


「え?」


 息切れのような排気をも漏らしたメノウでしたが――


「あははははは!」


 ――今度は高らかな笑い声を上げはじめました。


「ふえぇぇぇぇぇ、龍骨に混乱を生じている?! 笑うしかないほどなのかっ!? メノウさん! メノウさん! しっかりしてください、メノウさん!」


「どーしたら良いのぉ――――?!」


「ボクも笑おう~~~~あはははは…………わ~ら~え~な~い~~」


 デュークはメノウの姿に動揺し、ナワリンは驚愕に打ち震え、ペトラは空笑いをしようとして失敗しました。


「あははははは!」


「あわわわ、前衛の駆逐艦のおねーさん達――! メノウさんが可怪しくなっちゃいました――!」


「姉さま方――! なんとかして――!」


「指揮艦が~~指揮官が~~! 助けておネーチャン達~~!」


 デュークたちが、遥か彼方で測的を継続している、駆逐艦にチャンネルをあわせて、救いの手を求めました。指揮を発するべき指揮艦が、敵を目前にして哄笑しているのだから当然です。


 そして、ピッ――! と、電磁的音声通信のチャンネルが開くと――


「「「ギャ――キタコレ―――――――――――――!」」」


 ――という絶叫が巻き起こっていました。


「ふえぇぇぇ?!」


「あちらも混乱している……?」


「おわりだ~~もうだめだ~~」


 頼みの綱の駆逐艦群も、メノウと同様に混乱の渦に巻き込まれている――デュークたちは、最早なすすべなしという気持ちになるのでした。


「こうなったら、ぼ、僕らでなんとかするしか――縮退炉全力運転開始――!」


「そ、そうね――兵装チェック! 全力稼働体制へ!」


「や、やらねば、やられる~~!」


 と、デュークたちが即座に腹を決め、推進器官やら兵装やらの最終セーフティを解除したときでした。


「両舷――」


 メノウの笑い声が消え――


「器官全速――――く! 我に続け――!」


 ――その代わりに彼女の生体推進器官がプラズマ流を盛大に吹き始めたのです。すでにウォーミングアップさせていた推進器官が全力稼働すると、メノウのカラダがスルスルと加速を開始します。


「エッ?! メノウさん、そっちは――!」


 メノウの舳先は迫りくるキノコ船に正対しています。つまり、彼女は突撃を開始したのです。


 そして、すでに攻撃範囲に取り付いた駆逐艦群に向けて、このような高らかな宣言を行います。


「さぁ、行くわよぉ――――! 久々の大物食いよぉ――!」


 大物食い、それは自分たちよりも遥かに大きな獲物を狙い打ち破ることです。


 つまり、メノウは恐怖に怯えていたのではなく、獲物を前にして龍骨を震わせて、暖気をしていただけだったのです。そして、先行する駆逐艦たちの嬌声は、大物食いに向けた期待の声でした。


「あの震えと笑い声は暖気の為だったのか……なるほど、そういうやり方もあるのかぁ……」


「水雷戦隊……突撃の鬼と聞いたけれど、やはりそうなのね」


「ん~~関心するのは良いけどさぁ~~これってまずくないかな~~?」


 ペトラがクレーンを伸ばした先で、メノウは閃光のようなスピードで前進していました。暖気が完全ではなかったデューク達は置き去りにされた形になっているのです。


「あ、指揮艦に先行されたァ――――?!」


「出遅れだわぁ~~! おねーさま、待って、待って――――!」


「よっこらしょっと~~~~推進器官全速~~!」


 突撃に出遅れるなど、龍骨の民――それも軍艦にあるまじきことでした。デュークたちはメノウに遅れまいと、器官を全力にして追いすがるのでした。

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