第222話 故障、修理、溢れ出る熱情
デュークの隣では、先んじて縮退炉のリミッターを解除したナワリンとペトラが、大騒ぎしています。
彼女たちの心臓の中心、超重質量をもつマイクロブラックホールが、ヴン――――! とうなりを上げ、回転速度を通常よりも上げて、炉心を覆う超構造体に電磁気と重力、そして量子的な力を与えているのです。
「パリーンって音が鳴ったら、パワーがドンドンあがるね~~!」
「ええ、出力がどんどん上がってくわ!」
縮退炉を
「うはぁ、定格出力が2倍になってるわぁ」
ナワリンが装備する縮退炉は標準的なそれに比べて3割増しほどのパワーを持っています。標準的な縮退炉の出力は一基あたり10ペタワット毎秒ほどですから、彼女は一つの縮退炉で、現在26ペタワットを超える大電力を作り出しているのです。
「縮退炉を連動させたら、もっと電力が湧き出てくるよぉ。リミッターを外した緊急出力ってすご~~~~い!」
ペトラは標準的なパワーの縮退炉を4基装備し、航行用に3基を配分していました。それらが合わさると、60ペタワットというとんでもないエネルギーが生み出されていことになるのです。
「わぉ、全出力が100ペタワットを越えちゃったわ」
「いいな~~大台を越えだね~~!」
大電力を得た少女達は「我は無敵なり!」とか「ペトラ100万ボルト!」などとはしゃぎました。
「で、肝心のデュークは…………あらっ?」
「なんだかカラダを震わせてるねぇ~~」
デュークは艦首をアーナンケに押し付けてガタガタとカラダを震わせながら――
「ゔぁ――――――」
と奇妙な声を上げました。
「うわっ、デュークがぶっ壊れちゃった~~?!」
「龍骨がオーバーフローしてるわねぇ」
ご先祖様と冥界通信をする行為は一種の自己暗示のようなものであり、深みにハマりすぎると、時として精神がどこか遠くにいってしまう時があるのです。
「ゔぁ――――――――」
「多分リミッタを解除しようとして、龍骨のネジが緩んだんだよぉ。ご先祖様との会話にリソースを使いすぎたのかも~~」
「どちらにしても、故障だわ……で、やれやれ仕方が無いわねぇ」」
そう言ったナワリンはデュークの背中に向けてクレーンを伸ばし――
「
と、斜め45度の角度で彼のカラダを叩きました。するとデュークは「がはっ――――?!」と声を上げ、白目を向くのです。
「故障を治すには、これが確実なのよ」
それは「機械の調子が悪くなったらとりあえず、ぶっ叩くのが基本」的な方法論の実践でした。多分、この宇宙にいる宇宙飛行士の多分半分くらいが信奉している教えでもあります。
生きている宇宙船は電子機械の塊という側面を持っていますから、それの調子が悪くなった時の手っ取り早い修理の方法は、ぶっ叩くことなのです。
「ぐ、がががぁ――――ゴセンゾゴセンゾ――ウホッ!」
「あ、言葉を話したよぉ~~」
デュークの知能レベルが「センゾマツル、オレセンゾマツル」と繰り返す、原始人レベルまで戻ってきました。
「でも、全然ネジが足りてないわねぇ。もう一回やるわよ、ペトラも合わせなさい」
「角度は60度くらいかな? エイや~~っ!」
デュークのカラダに向けて鋭い手刀――重金属が大量に含まれたハンマーのごとき拳を叩きつけられ、デュークの龍骨のあたりに、いい感じの衝撃が伝わりました。
「ぐっ……」
「お、治ったかしら?」
「ぐぐぐっ、オレの中にいるのは誰だっ! 離れろ、オレの中に眠る魔王の魂よ――離れろっ――――! なにっ、力が欲しいかだと――不要だ! 貴様のような者の力など――」
デュークの目がキュルキュルと周り、どこかの惑星の中学校あたりに生息する邪気眼使いと呼ばれる患者が漏らすが如き不穏なセリフを吐き始めるのでした。
「おや、角度を間違えたかしら? 別の方向に壊れちゃったわ」
「じゃ~~。もう一度だね~~!」
そしてデュークに加わる打撃が続くこと、数分の後のことです。
「はうっ――――!?」
「よっしゃ、多分これで良いはずよ」
「やっぱ、故障したら叩ければいいんだね~~!」
何度目の正直かはしりませんが、キュルキュルと回っていたデュークの眼球がようやく止まり、正常な光を取り戻すのです。
「ふぇ……?」
どこかの世界にトリップしていたデュークの意識が戻ってきたようです。そんな彼はカラダの状態を見回し――
「あ、あれっ……? なにこれ、痛い……」
カラダに残る痛みに気づいて涙目になるのです。そんな彼に対して「あんた、龍骨がオーバーフローしてたわよ」「壊れたら殴るは正義なのだ~~」と、ナワリン達は事情を説明したのです。
「ふぇ……そうだったんだ」
デュークはカラダの外側がなんだか痛い理由を知って「ううう、ヒリヒリする」とぼやきました。
「それでリミッタを解除できたのかしら?」
「えっと……うん、多分出来てるよ。だんだん出力があがってるもの――あれれ、あれれ、どんどん上がって、電力が生産されて――――」
「どんくらいになったか教えて教えて~~!」
ペトラに尋ねられたデュークは「えっと、まだ増加中で――」と呟きます。
「うわぁ……これは……ふぇぇぇっ……」
リミッタのハズされた彼の縮退炉は、出力上昇が止まりません。
「げぇぇぇっ、出力が380――390――よ、400ペタワットを超えたぁ!?」
「おお、凄いよぉ~~! それってナワリンの倍じゃ――――」
「ち、違うよ、一基あたりの出力だよ!」
「えっ?! ということは総出力はいくらなのよ?!」
「航行用縮退炉は6基だけで、総出力は24 エクサワットだよ!」
元々デュークの縮退炉は規格外のパワーを持ち、定格出力で一基当たり200ペタワットを軽く超えるパワーを持っていましたが、それが一基あた2倍の出力にも達し、航行用の6基が合わさって24エクサワットという規格外の出力になっていたのです。
「うわぁ、そこまでいくと凄いのを通り越して、ヤバさを感じるわぁ」
「カラダ、大丈夫~~? 異常はない~~?」
「えっと、その……多分……だいじょぅ…………ぶじゃない!」
デュークはカラダの中に巻き起こっている状況を確認すると――
「で、電力過剰だぁあぁぁぁぁああ! ぎぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ! パワーがっ溢れるぅぅぅぅぅ!?」
と絶叫したのです。
デュークのカラダの中では大量のエネルギーがうずまいていました。彼はカラダの中の蓄電池やフライホイールをフル稼働させながらそれを吸収したり調整したりするのですが、どんどんカラダの中にこもり始めていました。彼はただ悲鳴を上げるほかなかったのです。
「あっぶないわねぇ、さっさと電力を消費しちゃいなさい!」
「推進器官に回すんだよ~~~~!」
「ふぇぇぇぇぇ、そ、そうだね、電力を推進器官に――」
デュークは縮退炉が作り出すパワーを推進器官に送り込み始めます。元々彼の脚からは量子化されたプラズマが凄まじい勢いで飛び出しているのですが、それが見る見るうちに数倍ほどとなり、さらに強まってゆくのです。
「うわっ、アーナンケがドンドン加速するわっ!?」
「グンって、加速度が1G以上追加されたよぉ~~! すっごいパワー~~!」
この時、デューク一隻だけでアーナンケを1G以上加速させていました。それはつまり、彼は標準的な大型戦艦の10隻分いえそれ以上の力を引き出していたのです。
「うわ、今度は熱がマズイことになってきたぞっ!? 余剰熱を処理しきれない――熱い、死ぬ、熱い、死ぬ、熱い、死ぬぅぅぅぅぅうぅっぅ!?」
奇声を上げながら、凄まじい勢いでプラズマを吐き出す彼の推進器官はバリバリ全開状態となって大変な熱を発しているのです。
「おみず! お水頂戴! うおぉぉぉぉぉぉたぁぁあぁぁぁぁぁっっ!」
カラダが大変熱いので、デュークは口に咥えていたパイプから「ごくごくごくごくごくごくごくごくごくごく――――」と、
推進剤というものは特殊な液体水素を主成分とする極低温の物質であり、それを飲み込めば、じんわりとカラダの中に染み渡って熱が吸収されるのです。生きている宇宙船というものは、冷えた推進剤をカラダの中に取り込み循環させることで体内の熱を打ち払う生き物でした。
「だぁああ、推進器官周りの温度が下がらない――――! もっと、もっと水を!」
彼は推進剤を湯水の如く飲み干してカラダの熱を下げていますが、融解状態となった推進剤が推進器官に送られると、今度はプラズマ噴射となり莫大な余熱になるのです。
「ごくごくごくごくごく――――な、なんとか安定した、か? だ、だめだ、今度は放熱板が真っ赤だぁ! 推進剤を緊急放出して冷却しなきゃ――!?」
デュークのカラダの脇から生える大気圏航空機のつばさの如き板が、真っ赤な色になっています。彼は一部の推進剤をカラダからブシュー! と排気して熱を外部に逃し始めました。
「うーむ、なぜか暴走機関車ってコードが浮かんでくるわねぇ」
「自転車操業とか火の車ってやつかも~~」
デュークのカラダは溢れんばかりの推進剤供給により、なんとかバランスが保たれていました。
「さて、私達も遊んでられないわ」
「少しでも加速を増やす必要があるもんね~~!」
「ふぇぇぇぇ――――!」と叫びながらいつにもまして長大なプラズマを放つデュークを眺めながら、ナワリン達も「「オーバーブーストっ!」」と、推進力を増したのです。
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