第221話 解除方法その2

「あれれ、見つからないなぁ」


 二隻が順調にリミッターを解除し始めているなか、肝心要のデュークは情報の検索に失敗していました。そこでデュークはおもむろに目を閉じて、こんなときに行ういつもの儀式を始めるのです。

 

「ご先祖さま、ご先祖さま――ご先祖さま――」


 龍骨の民は、龍骨に残るご先祖さまの記憶と語り合うことができるとされています。これは他の種族でいうところの降霊コーリングのようなもので、科学的には子孫の龍骨として還元されたご先祖の記憶が、子孫達の龍骨上で演算されているという解釈もなり立ちます。


 このご先祖様との会話は、電子的で思念的な概念上のものであり、外部から観測することは不可能です。とはいえ会話からは様々な情報や経験を得ることの出来るため、一部のフネたちの間では、ご先祖様システムとか、霊界電話などと呼ばれているものです。


「リミッタ解除の這々を教えてください。ご先祖様――――」


 デュークはフネの中でも、ご先祖様との会話が得意な方――いわゆる霊媒体質であったかもしれません。降霊してきたご先祖様の後押しを受けて「前へ、前へ」と全身したり、新兵訓練所の射撃訓練の時には「感じるな、考えろ」と明確なアドバイスを受けたりもしています。


 そして彼は会話を始めるためのコツを掴み始めていました。「ご先祖様、ご先祖様」と龍骨の中で念じていると、彼らがフッと現れてくるのです。


「ご先祖様――――どこにいるのご先祖様――なかなか出てきてくれないなぁ……」


デュークは目を閉じながら、なにかの拍子にご先祖さまが現れるように祈るのですが、今日はご先祖さまがなかなか出てきてくれません。実のところ、念じるだけではなく、ちょっとしたきっかけが必要なのです。


「よし、いつもはやってなかったこれを試してみよう――」


 そこでデュークは大きな口の中に突っ込んでいた液体水素のパイプを「バシュリ」と噛み切ります。自己修復機能がついた複合樹脂繊維製のそれは、断ち切れたところからすぐに元に戻るのですが、ほんの僅かな間、宇宙船の燃料である推進剤がプシュー! と吹き出しました。


「ふぇ……」


 瞬間的に蒸発し凍結した推進剤は細やかな霧のような状態になり、デュークの口の中――嗅覚素子があるところにパシャパシャと降りかかります。


「ふぇっ……ふぇっ……ふぇっ……ふぇっくしょん!」

 

 嗅覚素子にバシャリと降り掛かった推進剤がいい感じの刺激となって、デュークは大きなくしゃみをするのです。すると――


「呼ばれて飛び出て、ぱんぱかぱーん!」


 デュークの龍骨の中に、キラキラとした白金の外郭を持つフネのが、明るい声を出しながら、飛び出てきたのです。


「ヴィクトリア参上――!」


 そう言ったご先祖様は、見たところ妙齢の女性――フネの美女という姿なのでした。ご先祖様が顕現する時は死んだ時の姿だけではなく、あらわれる時の艦齢はバラバラなのです。


「ん、君が子孫ね、設計図上の」


 白金の戦艦はデュークの存在――龍骨の中にある彼の意識に気づくと、カラダについたクレーンを伸ばしてビシッと指を差し「デュークちゃんね?」と尋ねてくるのです。彼女はデュークの龍骨上の霊体のようなものであり、一種の間借り人のようなものですから、子孫の名前をすぐに思いつくのです。


「はい、デュークです。ヴィクトリアおばぁちゃん」


「お、おばぁちゃん……たしかにそうだし、子孫だから良いけど。ヘコむわ~~すっごいヘコむわ~~」


 ヴィクトリアはクレーンをバタバタさせて「おばあちゃんと呼ばばないでぇ~~」と軽~い口調で要望したのです。ご先祖様というものは大体が老骨船の姿をしているものですが、こういう若い感じの方もいるのです。


「ははぁ、周囲の状況はこんな感じ、それで縮退炉のリミッタを解除の解除したいのね」


 彼女は龍骨の中の情報を読み取り現状を正確に把握してから「解除方法授与――!」と、どこからともなく巻物を取り出し読み上げ始めます。


「縮退炉のリミッターを解除するにはね、龍骨に縮退炉のイメージを浮かべて穴をくり抜きながらスラスタをジタバタするの! 大体そんな感じでいけるわ」


「えっと、龍骨に縮退炉、穴をくり抜いて、ジタバタ……ですね」


「そうそう、あとは自分でやってみなさいな! では、さらばよぉ――!」


 デュークの龍骨に現れた彼女は、サクッとオーバーブーストのコツを伝えると「じゃぁね」と去っていったのです。


「あ、いっちゃった。ま、いいか。なんとなく分かったような気がするし。しかし、あんな明るいご先祖様は始めてだったなぁ、まるで生きているようだったもの」


 明るく元気なご先祖様は、彼の龍骨にキラリン! と光る解除の確かなコツを残していったのです。そういうご先祖さまもいることはいるのでしょう。


「それじゃ、はじめようっと。ええっと、縮退炉のイメージを龍骨に浮かべて、それから穴をくり抜く感じ……」


 彼は超空間へのダイブの際に行うように、龍骨の中にイメージを浮かべました。


「わぁ、なんだかイメージが浮かんできたぞ」


 デュークがご先祖さまに教えられたとおりにすると、彼の龍骨の中に球体に穴を開けた形――位相幾何学的トポロジカルなドーナツが現れます。


「うわぁ、これがコツってやつかぁ――――! よしっ、そうしたらドロップキック……あれ、キックってスラスターのことかなぁ?」


 一瞬悩みを見せたデュークが「多分これだろ」と、ビタビタとメインスラスタを振り回します。そうすると既に加熱状態にあり、大量の量子化されたプラズマを産み出しているスラスタは、彼の周囲の時空間に干渉し―――


「あれれ、ドーナツから小さなコードがどんどん飛び出てくるぞ?!」


 量子化されたプラズマが龍骨に影響したのか、ドーナツのイメージからたくさんのコードが現れてきましたのです。


「こ、コードが勝手に動きはじめた!」


 龍骨の中に発生したコードは一つ一つは数ビットもない小さなものでしたが、それらは簡単な単純なルールに基づいて、近傍の情報を読み込みながら誕生と消滅を繰り返しながら動き始めるのです。


「産まれて、消えて、合体して、壊れて――」


 小さなコード達は、ある時は大きな塊に成長したり、複雑な動きを見せるのですが、ある時点を超えると全体として同じ動きを繰り返す状態に入ります。


「これ、どこかで見たことがあるなぁ。ええとライフゲームだったかな?」


 ライフゲームとは電子的な計算機の上で、生命の誕生、進化、淘汰などのプロセスを簡易的なモデルで演算するものです。彼は軍での教育のどこかで、そのシミュレーションのことを学んでいました。


「でも、これってすぐ詰んじゃうんだよなぁ」


 単純なルールながら、かなり複雑な挙動を見せるライフゲームですが、時間が経つうちに次第に動きがパターン化され、それ以上の変化がなくなってゆきます。それは一種の熱的な死――世界の終焉とも言えるものでした。


「だけど、どんどん新しいコードが出てくるから、これなら続くかもね」


 デュークの龍骨の中にあるドーナツ状のイメージは、常に新しいコードが産み出しています。だからライフゲームの世界は終焉を向かえることなく、常に新たな場面が産まれるのです。


「わぁ、いろいろなパターンのコードが出てくるものだなぁ」


 延々と繰り返されるその試行錯誤の世界は、デュークの意識にはコントロールすることの出来ないものでしたが、彼は新たなコードを得て構造を何度も入れ替えて行く世界がどんどん複雑になってゆくのに気づきます。


「あ、あれ、なんだか頭がぼんやりしてきた……」


 それに伴い、デュークは龍骨の回転が落ちてきた様な感覚を覚えるのです。それは脳のクロックが落ちていることを示していました。


 龍骨は一種の生体コンピュータ――不確定性量子コンピュータとも言われており、曖昧なところが多いながらも膨大な処理能力を持つとされています。そして、その力のほとんどがライフゲームに使われ始めていたのです。


 でも、彼はそれを止めることなく、溢れ出るコードの赴くままに、シミュレートの世界を眺め続けます。彼は本能的に、それが危険なものではなく、必要なことだと理解していたのです。


「すごい、形が形をつくって……」


 最初の頃は単純なものに過ぎなかったゲーム世界はドンドン複雑なものになり、次々に加えられるコード群は、有る種の文様のような、集積された電子回路のような形にまで進化していくのです。


「自己複製、自己進化……」


 複雑に織り込まれたコードはもはや一つの生命、いえそれを超えるような動きを見せていました。コードは自らを複製しながら展開し、全く別のパターンを産み出しているのです。


「世界が創られてゆく……」


 ゲームを眺めるデュークの口から出てくる言葉が少なくなりました。彼自身を構成する意識はきっちりと安全に保たれているのですが、シミュレートされているゲームの世界が、彼の龍骨が持つ演算能力の大半を奪っているのです。


「あ……」


 溶けかかったような意識の中でデュークが見ているものは、生きている絵画のようなもの――複雑かつ荘厳で機能を持った一つの世界になっていました。その世界を俯瞰した宗教家は、これを動く曼荼羅と言ったかも知れません。


「あ、あれは、本当のご先祖様――」


 デュークは絵画の中心に見たものが何者なのか、あるいは何物であったのかが認識できませんでした。本人ですら、認識したことを認識出来ないほどの僅かな時間――ディラック定数や万有引力定数そして光速度で表される本当に僅かな瞬間だけ、そこに存在していたのですから。


 だけども、それは確かに彼の龍骨をビクリと反応させるのです。


 パキィィィン――


「あ、音が鳴った――」


 龍骨に溢れたコードの集まりが力強い意思を持って、彼の心臓に硬質な音を鳴り響かせます。


「うっ、縮退炉への物質供給が増しているっ!?」

 

 縮退炉というものは、超重力のマイクロブラックホールを閉じ込め、見かけの重力を相殺するブランケットで覆われています。これはとてつもなく硬く強靭な素材である特殊な合金や貴重な貴金属を組み合わせ、手間と時間を掛けて作られているものなのです。


「マイクロブラックホールが超回転してる――磁場と空間波が縮退炉表面を叩きまくって――」


 龍骨の民が持っている縮退炉は、工業品としての縮退炉と原理的には同じものです。その強度や性能は、共生知性体連合基準でグレード1から10で表される縮退炉スペックゲージでもトップクラス――平均して7以上はあるのです。時にはグレード9に近づく縮退炉を持つフネもいたりします。


「で、電力が、溢れてくるっ!?」


 そして実のところ、これまでの航宙データからデュークの縮退炉のグレードは、すくなくともグレード9、そしてその上のグレード10かもしれないと計測されています。これほどの性能を持つ縮退炉は共生知性体連合全体でも数えるほどしかないような貴重品でした。


「うわわ――まだ上昇するぞぉっ!?」


 その事について本人は「ふぇっ、そうなの?」と龍骨の民らしい曖昧さでほとんど意識したことはないのですが、その心臓が――


「ふぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえぇぇぇぇぇぇぇ――――――――っ!?」


 リミッターを解除すれば、とんでもないエネルギーが生まれるのです。始めて覚える力に、デュークはただただ絶叫する他ありませんでした。

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