第223話 呑助ども

「とってもキンキンだわ! 冷えた推進剤って最高――――っ!」


「整備員さん、コネクタ全開でよろしく~~!」


 ナワリン達が、巨大なプロペラントタンクから伸びたパイプラインを何本も口に突っ込み、コネクタを全開にして燃料をごくごくと飲み干していました。


「くぁぁぁっ! やっぱ軍用の推進剤って、龍骨がしびれるくらい美味しいわね」


「厳選された添加剤が入ってるし、オクタン価がめちゃ高いんだよぉ~~!」


 彼女たちが口にしている推進剤は、融合炉で錬成された多重水素をカーボングラファイトに閉じ込めることで圧縮し、さらには希少金属や重金属を添加して強化され効果、量子プラズマを効率よく産み出すための軍用複合推進剤でした。


「そしてキンッキンッに冷えてるのよっ! ああ、龍骨がとろけてしまいそうだわ」


「火照った体に染み込むぅ~~! 最高だにゃぁぁぁあ~~!」


 ヒエヒエでウマウマな推進剤は、加速効率が普通のものとは段違いなものであるうえ、体内をとおると龍骨のそばを流れるようにして熱を吸い取る後があるのです。


 カラダを加熱させながら冷えた燃料を飲むというというわけですから、標準的な種族でいうところの「真夏の運動会で全力疾走した後のビール!」のような状況なのです。彼女達は「犯罪的にうますぎるぅ~~っ!」「涙が出ちゃうくらい美味しいよぉ~~!」と騒ぎました。


「しかも全部、ただなの! ロハなの! 無料なのよぉっ!」


「タダ推進剤よりも旨いものはないんだよぉ~~!」


 ナワリン達は「プハァ――! いくらでも飲めるわぁ!」「ただ酒飲み放題だなんて素敵、素敵、素敵ぃぃっ~~!」と、昼間からアルコールを引っ掛けているようなどこぞの酒飲みのごときセリフを吐き出しながら、蕩けるような笑みを浮かべました。


「こうなると、なにか食べ物が欲しくなるわぁ」


 飲んでいるだけでは口が寂しくなってきたナワリンは、ご飯を探すのですが、あいにくのところ、手持ちの物資などは持っていなかったのです。


「しかたないわね、これ《アーナンケ》を食べるか」


「ええ、でも、それって苦くて渋くてまずいのよぉ~~」


 先だっての掘削作業中、彼女達は、酷い苦味や辛らさに閉口したものでした。アーナンケの岩石は彼女達の口に合うものではないのですが――


「でも、他にはなにもないもんねぇ~~」


「しかたない、この際、口に入ればなんでもいいわ」


 龍骨の民は、食べる物がなければ、どんなにまっずいモノでも口にすることができるという生き物ですから、ナワリンは目の前にあるアーナンケの地表を叩き割ってポイっと口に含むのです。


「ううむ、やっぱり、凄く苦いわぁ。はぁ、推進剤で口を洗わないと」


「ひぃ、辛いよぉ――推進剤推進剤――」


 と彼女たちが推進剤を口にしたその時でした。


「なっ――――?! なによこれ、口の中に残ったマテリアルの味が変わったわ!」


「おおお!? 辛味が消えて、なんていうか、サッパリマロヤカになったよぉ~~!」


「まっずい岩石の味が、すっごく旨く感じるわ。これは一体――――」


「多分――推進剤がいい感じに作用してるんのかもぉ~~! 辛味が旨味に変身したんだ~~!」


 大変美味しくないと思っていたアーナンケの岩石でしたが、それを口にした後に推進剤を飲み込むと味が変わるのです。それはフキノトウの天ぷら、ゴーヤチャンプル、焼き銀杏に対するビールと同じようなものなのです。


「ほ、ホロ苦が旨いわ…………こ、これが大人の味ってやつ?」


「辛味が丸くなって食べやすいよぉ~~! なんていうか、ちょ~~贅沢ぅな気分になれるよぉ~~!」


 思わぬところで、味の取り合わせを知ってしまった彼女たちは「ビール、おつまみ、ビール、おつまみ」「おねーさん、おかわりお願いしま~~す!」などと、宴会をはじめました。


 そんな彼女たちの様子を眺めて、唾を飲み込んでいるアライグマがいます。


「ゴクリ……なんて美味そうに飲みやがるんだ。こっちまで飲みたくなってきた」


 龍骨の民二隻がおっぱじめた酒宴を眺め他様子に、司令部のラスカー大佐は「昼酒だなんて、ここはアーナンケをノガミとかタテーイシじゃないんだぞ、アーナンケだ、アーナンケ」と、羨ましそうに呟きました。ラスカー大佐は軍艦乗りであり、海の男であるかしてお酒が大好きなのです。


 そんな彼女たちの状況をモニターしているラスカー大佐は――


「くそっ、無事に帰れたら、絶対に惑星ケイブクロに飲みに行ってやる!」


 共生知性体連合首都星系にある酒飲みの聖地の名前を口にしました。なお聖地には、アカバネン・コロニーや、小惑星センジュセンジュなどがあります。


「ふっ、この戦から無事に帰ることができたら、一杯奢ってやろう」


 そんな彼を見ていたカークライト提督が「私も好きなクチだからな」と、手で酒坏をつくりながら、クイッと飲み干す真似をしました。


「アザグザ・ステーションのゴッドヴァーレイ・バーはどうかね? フライとコロッケ、そしてエレクトリック・ブランと洒落込むのだ」


 カークライト提督が「いや、ザギン・セントラルのリオンもいいな。ソーセージに黒豆、そしてビールだ――ふっふっふ!」と笑うと、ラスカー大佐は「おおぅ、たまりませんなぁっ!」と喉を鳴らしました。繰り返し言いますが、彼ら船乗りというものは、すべからくお酒が大好物なのです!


「ぎゃあぁぁぁぁ、熱い熱い熱い! もっと飲まないと――――! ゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴク――――――! ひぃぃぃぃぃ!?」


 そんな会話を他所に、デュークが文字通り火の車になりながら必死にプラズマを噴射していました。彼のカラダの各所からは気化した余剰の推進剤が吹き出してもいます。


「大佐、本艦の排熱に問題はないな?」


「はい、推進剤を供給しているうちは大丈夫です。見た目とはセリフはあれですが、まだかなり余裕があるようです」


 ラスカー大佐はデュークの副脳が送ってくる艦体の状態を確かめ、そう言いました。リミッタを解除したデュークの縮退炉は極めて調子が良く、カラダにこもる熱さえ処理できれば、まだまだパワーアップができそうなのです。


「生体Qプラズマ推進機関の効率がすさまじいことになっています。それによりアーナンケは現在21.0Gまで向上しました」


「デュークのおかげで1.0Gも上回ったか」


 提督たちは、20.0Gの加速度でアーナンケを航行する予定でした。デュークのパワーは全体の加速を5パーセントも引き上げていたのです。


「大型艦10隻を上回るパワーか」


 カークライト提督は「底が知れんな」と口の端を上げて笑いました。デュークの持っている心臓の性能は、優れた船乗りである提督の予測を超えてたことが、逆に彼を喜ばせたのです。


「ははっ、兵装用の縮退炉を直結すれば、もっとパワーがだせますな」


「いや、無理をさせてはいかん。兵装用縮退炉には外部制御をきっちり掛けておくのだ」


 全縮退炉を連動させれば、一時に二倍のパワーを得ることができるでしょう。ですが、それをやれば強靭なカラダをもつ龍骨の民であっても、オーバーホールが必要なほどガタガタになることを、提督はよく知っていたのです。


「それから、龍骨の民達の調子が悪くなったら、すぐに報告すること。平然と加速を続けているが、いつ問題が出るかわからん。他の艦艇と違って、使い捨てにはできんのだからな」


 普通の宇宙船が壊れてしまったら、乗組員は艦載艇で脱出すれば良いし、艦を制御している艦載AIは「スタコラサッサ」と電子データとなって艦を離れ、艦を廃棄することができます。でも、知性体そのものである龍骨の民は、それをすることが出来ないのです。


「自ら沈むことを選ばぬ限りな――――」


「あの装甲艦クロガネ少佐のように、ということですな」


 装甲艦クロガネ少佐は縮退炉に重大な傷を負い、自ら小惑星を離れて自沈するつもりでしたが、デュークに救助されて、今は、アーナンケに収容されていました。


「彼は今どうしている?」


「長らく気を失っていましたが、先程意識が回復したようです。推進器官を完全に喪失し、悲嘆にくれているようですな。年のいった龍骨の民の外部品移植手術は、成功率が低いですから」


 提督は「そうだな」と呟き、視線を別の咆哮――アーナンケを推進している艦艇に向けました。


「各艦の機関状況はどうだ?」


「数隻から縮退炉とQプラズマ推進機関の能力低下について報告が入っております。このままですと機関に問題を抱える艦が出始め、12時間後には30パーセント以上が航行困難状態に陥り、廃棄することになるでしょう」


 縮退炉とQプラズマ推進機関を酷使しながらの大加速はフネの性能を蝕んでゆくものなのです。このままであれば、彼らは戦力の多くを失うことになるは確実でした。


「そうであれば、デューク君が作ってくれる出力の余裕を活用させてもらおう。状態の悪いフネから順次機関を停止させ、交代で休憩を取らせるのだ。それでダメージはいくらか低減できるだろう」


「捨てる艦が減るのはいいことですな」


 機関を止める艦があれば加速が落ちてしまいますが、その分機関へのダメージを減らすことができ、喪失艦を減らすことができるのです。


「おっと、予定されている惑星フライバイについて、天測班から報告があがりました。行けるとのことです」


 ラスカー大佐はスクリーンに映し出されたゴルモア第六惑星――巨大なガス惑星を見つめながら「第六惑星の裏側に入り、惑星質量と近傍恒星との量子ほつれを利用し、僅かな時間、擬似的スターライン航法に入れます」と、説明しました。


 カークライト提督は、全力加速を行った後、ゴルモア星系に存在する巨大ガス惑星を経由し、その後その重力井戸を利用した擬似的なスターライン航法の使用を模索していたのです。


「開始時刻まで20時間です」


 と言ったラスカー大佐は、「なにもなければですが」と続けました。


「20時間か、艦載AIの判断は?」


「は、結論は”ニゲラレナイヨ”とのこと。敵軍の追撃は確実です」


 ラスカー大佐は、艦載AIからのもたらされた分析データを読み上げ、追撃部隊が追ってきていることを示しました。


「ふむ。これだけ盛大にプラズマを吹かしていれば仕方あるまい。予測される敵戦力についての分析は?」


「加速性能の良い艦艇で構成された5000隻程度の部隊とのこと」


 司令部ユニットに搭載させた機械知性は、言語能力をカタコトレベルに落とす代わりに、戦略的判断すら行える能力を持っているので、信頼性は抜群です。そのAIが、敵軍がそれだけの敵軍が向かってきていると予測していたのです。


「ふむ、これまでの予測より多いな。こちらから奇襲を掛ける事ができれば、その程度の部隊は軽くあしらえるが――」


 カーライト提督は「現状では、難しいな」と断言しました。彼の手持ちの戦力は1000隻以下の上、大型艦はアーナンケの推進に使っているから仕方がありません。


「だが、ここからが腕の見せ所だぞ」


「ええ、駒の進め方を変えればいくらでもやりようがあります」


 カークライト提督は両手を握りしめてボキボキと鳴らしながら「これを読み切れば、我らの勝ちだ」と言い、手をスリスリとさせたラスカー大佐は「まかされました。はやく仕事をかたして、心置きなく一杯やりましょう!」と応えたのです。

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