第373話 打ち合わせ

「では残った方と少し打ち合わせをさせてください。まず自己紹介をしていただければと思います」


 デュークがそう言うと、褐色の羽毛を持ちするどい鋭い嘴を備え凛々しい目を持った見るからに軍人風の大きな猛禽類がサッと進み出てきます。


「第一小隊長のヒバ大尉です、よろしく願います」


 フサフサとした翼を上げてデュークに敬礼したヒバの頭部には、羽毛が生えておらず大分つるりとしていました。


「皆からは”ハゲさん”と呼ばれています。ですが厳密にはハゲではなく、私はハゲワシなのです。そこは間違えないでほしいものです」


 そう言ったヒバ大尉は「繰り返しますがハゲワシなのです」と否定を許さないような厳しい言葉を放ちつつ――見事な禿げ頭をポンポンと叩き「ですが、見事なハゲなのも間違いありません」と素敵な笑みを浮かべました。


 恒星間宇宙種族に取ってAGAとはFAGAと呼ばれる脱毛症は薬やナノマシンでどうとでもなるものですが、ハゲワシにとって頭頂部が薄いというのはトレードマークですから生やす必要もないのです。


「次はわたくし、第二小隊長のサメジマ大尉であります」


 2メートルを超え大変恰幅の良い体躯を持つ海洋性の知生体がノタノタと進み出て来て、とんでもなくギザギザとした牙が備わる口を開いてそう言いました。その彼を見たデュークは「あ、シーエダ大佐と同じサメ族か」と思います。


「皆からは”大口ビッグマウス”と呼ばれています。法螺を吹いたり大口をたたく方ではなく、なんでも美味しくパクパク食べるのが得意なのです」


 そう言った彼は大きな口をさらに大きくして「このフカヒレだげは食べられませんので、勘弁してください。ぎょっぎょっぎょ!」どと、ヒレをフリフリさせながらオトボケけながら――


「それ以外ならば、なんでも食って見せましょう。敵や、敵や、敵などをね」


 と、ギラリと牙を光らせ「私は水雷屋ですから」と自信たっぷりに言い放ちました。


「さ、最後は、第三小隊長のパンテル少尉です」


 ヒョウから進化したと思われる顔立ちでケモミミが頭に乗っている他はつるっとした顔立ちをした年若い女性士官が少しばかり緊張した面持ちで進み出ます。


「メカロニア戦役の英雄に指揮してもらえるなんて光栄です! あ、私の自己紹介だった……ええと、皆からは”若いのニュービーと呼ばれています」


 その言葉を聞いたデュークは「ふぅん、実戦経験者じゃないのか」と思いました。大よその軍隊であるような話ですが、共生宇宙軍では階級はともかく実戦経験があるのとないのとでは扱いがだいぶん違ってくるのです。


 その点デュークは艦齢4歳でありながらかなりの実戦に参加し、一時は分艦隊として艦隊の頂点にあり、物理的にも艦隊突撃の先頭に立つという経験すらしたフネですから、まず間違っても”若いの”とは言われませんし、言われるとしたらそれは相当な実力者とかベテランという類の存在からだけなのです。


 とはいえデュークは大変に謙虚な性格をしていますので――


「皆さん改めてよろしくお願いします」


 などと、居並んだ初めての部下となるメンツにペコリと艦首を下げました。そのような姿に部下たちは「ほぉ、やはり素で謙虚なのだな。それに軍の英才教育というやつか」と言うほどに目を光らせたり、「良い指揮官、良き頭ぞ」などと不敵な笑みを浮かべたり、「あ、お辞儀がかっわい~♪」と斜め上の感想を持ったりします。


「では、早速編成について打ち合わせをしましょう」


 目の前の部下が「なにやら色々考えているような風だなぁ」などと思ったデュークであり、普通の新品指揮官だったら何か色々と考えてしまうところですが、そこはさすがに中央士官学校の候補生――合理的に最短で最適解をという教育を受けていますので、さっさと本題に入りました。


「第一小隊は偵察艦や哨戒艇が主体なので前衛を。第二小隊は駆逐と水雷の混成部隊なので最後尾で予備隊に。第三小隊は軽巡とフリゲート中心の軽打撃戦隊なので中央に入って守備を固める、そのような形でどうでしょう?」


 デュークの判断にヒバとサメジマは「堅実です」や「異論ありません」などと首肯し、パンテルは「流石はメカロニア戦役の英雄だと思います」などとやはり斜め上のセリフを口にしました。


「……では、そのように。行動方針は、船団護衛計画に基づいて護衛船団後衛大隊の指示を仰ぎつつ中隊の位置を確保していれば、あとは各小隊の判断に委ねるところとします」


 そこまでサラッと方針を述べたデュークは「最後に質問はありますか。なにか思ったことでも結構です」と尋ねます。


 するとヒバ大尉はハゲ頭をポンポンと叩いて「特にありません」と言い、サメジマ中尉は「大きな口は食べるほうだけに使っております」とオトボケるのだけなのですが――


「ええと、ええとぉ……」


「パンテル少尉?」


 グルルと唸りながら何か思案する風な中尉の姿に、デュークは艦首を傾げて不思議そうな顔をするのですが、パンテル少尉は「あ、やっぱりなにもありません」と言いました。


「では、各自各小隊に戻ってください」


 そのような言葉を放ったデュークに、各小隊長はサッと敬礼すると各々の部隊に戻ってゆきました。そしてその数分後――


「ほいご苦労様、お茶でも飲みんさい」


「あ、ありがとうございます」


 長い年月を生き上に、いろいろと世慣れているスズツキがデュークの前にお茶の入った湯飲みをコトリと置きました。


「それで、どがいな感触じゃったかな?」


 自分の分も用意したお茶をガブリと飲みながらスズツキが尋ねると――


「僕が指揮官であることを受け入れてくれたみたいですね」


 デュークはそんなことを言いました。


「そうじゃのぉ、それで他にゃぁ?」


「ええと、小隊長の人たちですけれど、ヒバ大尉はベテランで、軍人らしい軍人でちょっと堅物そうだけどユーモアがありますね」


「うん、星系軍からの出向組じゃが、世慣れとる」


 スズツキは「大尉じゃから、星系軍では少佐じゃったろ」と言います。共生宇宙軍と星系軍では規定で1階級の差があるのです。


「サメジマ大尉はまさに水雷屋と言う感じ――頼りになりそうですね」


「まだ30半ばと若いが度胸はある。正規艦隊勤めが長かったんじゃが、ちとしくじりをして、辺境勤めをしとるが、そのうち戻るんじゃろな」


 そしてスズツキは「なにをやらかしたか知らんが、悪い噂は聞かんよ」とも言うのです。


「それで、パンテル少尉ですが……何と言ったらいいのか……」


「おぅ、”若いの”、な」


 口淀んだデュークにスズツキは「言いよどむのもわかるんじゃが」と苦笑いを浮かべました。


「一言いうと微妙……ですか。やっぱり若手士官ってあんな感じなんですねぇ。はぁ……僕も僕もあんな感じに見えるのかなぁ?」


 若い指揮官と言うものはそう言う物かなと思ったデュークは艦首を捩じりながら「そういう風に見られても仕方がないかな」などと言う言葉を本気で口にします。


「われさん、そりゃあ本気でいっとるのか?」


「ええと半分くらいは」


「うむ、そりゃあ断じて気のせいじゃわ。断じてな」


 そう言ったスズツキは「われさん、もしかして自己評価が低すぎるって言われんか?」と続け、デュークは「あ、はい、時々それは言われます」と答えました。実のところデュークの考課成績表は花丸二重丸で覆われていたトンデモない代物なのですが、「謙虚な性格でよろしい、ただし謙虚に過ぎる」というところが微妙な評価となっているのです。


「まぁええ、とにかく部下は部下じゃけぇな。どんな部下でも使いこなしてこそ、真の指揮官じゃ」


 スズツキはそう言って、お茶の最後をズズズと飲み干したのです。

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