第191話 黒いエーテル溜まり

「静かだな……」


 デュークが考案したダイナマイト漁のようなミサイル投げつけ作戦により、エーテル超獣は目立った動きを見せなく鳴りました。次元断裂内は、まるで通常の超空間のような静けさを保っています。


「あと一時間くらいで、出口だよぉ~~!」


 ペトラが航法データを確認すると、分艦隊はゴルモア星系への出口予想ポイントに後少しでたどり着く計算でした。


「あとは、ジャンプアウトして、戦闘に入るだけか」


「敵艦と向かい合って、ドンドンパチパチ――やっと軍艦らしい仕事ができるわ」


「そうだね~~! 獣の群れと遊んでいるよりは、そっちがいいよ~~」


 分艦隊司令官カークライトも、ジャンプアウト後の星系内交戦態勢を整える手はずを進めています。


「あれ? エーテルの動きが変わったわね」


「ホントだ……エーテル潮流が一箇所に集まっているようにも見えるなぁ」


 戦闘態勢を整えていたデューク達は、エーテルの動きに変化が現れた事に気づきます。次元断裂内をうねっているエーテル潮流が一所に集中しているのでした。


「あれは――――随分と大きなエーテルの溜まりだな」


 デューク達の目には、複数のエーテル流が一つに集まり、大きなエーテル溜まりが形成されているのが映っています。


「へぇ、凄く大きいわ。数百キロはあるわね。航宙に支障はなさそうだけれど……」


「あの中ってさ~~やっぱり球状の空間になっているのかな~~?」


「ここは超空間じゃないけれど、多分そうなっているかもね」


 ペトラは、はじめての超空間で遭遇したエーテル溜まりを思い出しました。美味しそうな匂いにつられて中に入り込んだ彼らは、龍骨の民をおびき寄せる機雷に触雷するところだったのです。


「フユツキさんが仕掛けた偽機雷があったところね。今回はあんな匂いはしないけれど……なんだか嫌な予感がするわぁ」


「そうだね、中がまったく見えないし」


 エーテルは電磁波を散らす作用をもっています。電波を用いた探索手段では、エーテル濃度が高すぎる場所に何が有るかわかりません。


「まぁ、もう出口だから……」


 「気にしなくても良い」とデュークが言いかけたときでした。ズゴォォォン……デュークの重力波干渉計が微弱な重力震を検知したのです。


「あれ? 揺れてる?」


「うん、重力震動を検知したよ~~空間そのものが波打ってる~~」


「縦波と横波の重力震だわ……スラスタを調整っと」

 

 ナワリンは重力スラスタだけでなく、通常スラスタを用いた姿勢制御を開始します。分艦隊司令官カークライトからは、「全艦、警戒を厳となせ」という指示が飛びました。


「自然の重力震か、次元断裂にもあるんだな」


 強力な重力源が作用する場合、通常空間でも超空間でも、空間を揺らす重力震動が発生する事があります。それは、次元断裂内でも同じなのでしょう。


「う、揺れが強くなってきた……」


 ズゴォォォオォォオン……次元断裂を揺らす震動はなおも続きます。


「ねぇ、これってどこから来ているのかしら?」


「観測データは、あの大きなエーテル溜まりを示しているね」


 空間を揺らす重力震はエーテル溜まりの中に原因があるようです。そして、ズゴォオォォォォッォォ……ズゴォォオォオォォオォオォン……と揺れ続けるのです。


「嫌な揺れ方だぁ~~!」


「艦体制御レベルを上げれば問題ないよ…………あれ? エーテル溜まりが大きくなってるぞ」


 重力震の動揺を抑えこんでいたデュークは、視覚素子に映るエーテル溜まりのサイズが大きくなっていることに気づきます。


「あらホントだわ。500キロくらいの大きさになってるわね」


「辺りのエーテルが全部集まってゆくよぉ~~!」


 ペトラの目に、大きなエーテル溜まりがブルブルと震え、きらめく粒子が中央に集まってゆくのが映ります。


「あ、溜まりの色が変わってゆく…………」


 デュークは、重力震の原因であろうエーテル溜まりの色が変化するのに気づきました。


「どんどん黒く成ってるな。なにか特殊な重力異常が起きているのかな」


 彼が艦首をねじっている中、エーテル溜まりは完全に黒色となりました。それとともに重力震動は更に強さを増してゆきます。


「あッ――! 振り幅が一気に加速してるわッ!?」


「重力干渉計が振り切れそうだよぉ~~~~!」


「な、何が起きているんだ?!」


――艦体を揺さぶる重力波がグン と引き上がりました。デューク達は「スラスタ全開、フライホイール調整!」「補助ブースタ起動~~」「放熱板稼働、縦波を相殺するわ」とカラダの各所を動かして耐えようとします。


 そしてデューク達の重力波干渉計がピークを迎えたその時でした。


 キパァァァァァァァァァァァァァァァン! ガラスを叩き割ったような鋭い波がピシャリと艦体を叩きます。


「あいたッ――――!」


 カラダを打ち据えられたでデュークは、その原因を探るべく生体器官である視覚素子を回します。


「黒いエーテル溜まりが――――圧縮されてる?!」


「あれも一種の重力異常かしら……あっ!?」


「うわぁ、弾け飛んだよぉ~~!」


 デュークの目玉の中で黒いエーテルの固まりがギュイっと縮み、ナワリンの目の中でグルっと回転し、ペトラの視覚素子に黒いエーテルの塊が弾ける光景が映りました。


 そして――――――


 ズゾォォォ――――ズゾォォォ――――ゾォォォォオオォォオォォォン!


 ――と、エーテル超獣の鳴き声が次元断裂内を満たすのです。そしてそれは、これまで聞いたものの何倍も何十倍も、いえ、”何百倍”も大きなものだったのです。

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