第90話 発熱
「はぁぁぁ……」
ある日の訓練が終わった頃のことです。デュークはベッドに転がりながら、盛大な排気を漏らしていました。
「なんだよ、フネの彼女たちが恋しくて、溜息ついてるのか? クワカカカ!」
「違うよぉ、なんだか龍骨が熱くて、カラダの節々が痛いんだ」
スイキーが呵呵と笑うと、デュークはベッドに転がりながら「艦首も燃えている感じだよ」と言うのです。
「なにぃ? 熱があるって、病気なのかぁっ?!」
「病気かどうかわからないけど、熱いんだ」
お調子モノのスイキーではりますが、仲間が発熱していると聞いて見捨てておけるヤツではありませんでした。ペンギンはバタバタとデュークに掛けより、フリッパーでデュークの艦首を触ります。
「あつぅ――!?」
デュークの艦首の温度はとんでもなく上昇していたので、スイキーは「火傷しちまぅ!」と叫びました。
「ご、ごめんよ」
「お、おぅ……それよりなんだこりゃ、スゲぇ発熱だぜ!」
スイキーは「みんな来てくれ! デュークがやべぇことになってるぞ」と他の仲間達を大急ぎで呼びつけます。
「あらあら、私にも見せてみなさいな……うわぁ、凄い熱だわ! 手をかざしただけで熱を感じる」
「ぬぉ、私の触覚にもビンビンきてますぞ! 赤外線がバシバシ出ています!」
「どうぉれ……ほっ、まるで山火事のような熱じゃのぉ」
仲間達は、「凄い熱だわ」「熱したフライパンのようですねぇ」「ふむ、サラマンドルの精霊が見えるぞい」などと、デュークの発熱に驚きました。
「だろ? それにデュークの肌っていつもツヤツヤしているのに、なんだか毛羽だっているんだ」
スイキーの言うとおり、いつもはツヤツヤのモコモコのデュークのお肌には微かな毛糸のようなものが浮かんでいたのです。
「風邪でも引いたのかしらね?」
「龍骨の民はそういうのにあまり掛からないって聞きましたが?」
マナカが風邪かもというのですが、博学なパシスが言うには「龍骨の民は金属を腐食させるような特殊な菌や、電子ウイルスのようなもの以外には、病気になることは稀ですぞ」ということなのです。
「疲れが出て、オーバーヒートしとるのかもしらんノォ」
「オーバーヒートかぁ……たしかにそうかも……今週もよくぞと言わんばかりに訓練をやらされたからなぁ……」
訓練に馴れてきたとはいえ、クタクタになるまで動き続ける日々が続いています。頑丈な機械生命体である龍骨の民ではありますが、働き続けで排熱がおかしいことになっているのかもしれません。
「とにかく、水分取るんだ。おいパシス、たしかそこに液体水素の真空パックが残ってたろ」
「これですな――パックというよりビール樽みたいですね。よっこいしょっと」
怪力のパシスが直径50センチはある缶をヒョイと掴み上げました。真空密閉されたその缶の中には特殊な分子加工が施された安定剤によって安全に管理できる飲用液体水素が詰まっています。
「液体水素注入開始ぃ――――だぜぇ!」
スイキーが端の方についているチューブをデュークの口元に放り込み、バルブを全開にすると、キンキンに冷えた液体水素がデュークの口内にドバドバと流れ込み始めます。
「ゴクゴクゴクゴク――――」
デュークは、龍骨の民の血液でもあり冷却材である液体水素を喉を鳴らして飲み込みました。しばらくそうしていた彼は、缶の中身をおおよそ飲み込むと「ふぅ……」と排気をもらします。
「……なんだか落ち着いたよ」
「おお、そうか!」
冷却材を飲み込んだデュークの発熱は比較的穏やかなものとなったので、スイキーはフリッパーをフリフリさせて喜びました。
「というか、なにかの映画で見た対怪獣鎮静剤投入のシーンみたいだわ。カラダの中から冷やすなんてね」
「やはり、カラダの中のどこかがオーバーヒートしていたようだノォ」
「訓練疲れで排熱が上手く出来ていなかったのかもしれません。宇宙船にとって排熱は一大事ですからなァ。コントロールできてなによりです」
周囲の仲間達も「これで一安心」と落ち着きました。
「ということだデューク。お前訓練で疲れてたんだな」
「そうみたいだね」
「そんな時は寝ちまうのが一番だ、早く寝ちまえ!」
「スイキーの言うとおりね」
「十分な睡眠を取ってくださいな」
「良い兵士は、眠れる時に、眠っておくものジャ」
「ふぅ……そうだね」
仲間達が口々に寝ろというので、デュークは大人しくベッドにもぐりこみ頭から毛布をひっかけました。そして数分も立たないうちに、彼のベッドからはスヤァと寝息が聞こえてくるのです。
「あらら、やっぱり疲れていのね」
「クワワワワ……俺たちも疲れがたまってきてるな。明かりを消して、さっさと寝ちまおう」
ルームメイトたちも一週間の疲れが蓄積していますので、部屋の明かりを落として各々ベッドにもぐりこみました。そして照明の消えた部屋には寝息や鼾の音が立ち始めるのです。
デュークがベッドで眠りにつき、寝息を立て始めた頃――
「な、なんですか。この振動はっ!?」
デュークが係留されている軌道ステーションの浮きドックが、ゴガガガガガガ、ゴガガガガ! という振動で震え、若い技術者が慌てています。
「これは生きている宇宙船のいびきね。係留索を通してステーションに伝わってきているのよ。重力波も飛んできているわね」
浮きドックの責任者であるウシのマリアが「デュークの本体が重力波の鼾で周囲を揺り動かしているの」と説明しました。
「彼らは私達と一緒で睡眠を取るし、いびきや寝言を漏らすのよ」
「僕、こんなの初めてです! これがフネのいびきなんだぁ……」
なんだか感心したような感想を漏らした若い技術者の名は、ウシのカフカフ君14歳でした。ウシ型種族は十数歳で成人し、共生知性体連合の各所で技術者として現場教育をうけるところ、彼はカムランステーションのマリアのもとでインターン生として教育を受けているのです。
マリアは「特段問題ないわぁ」と説明すると、カフカフは「さすがは生きている宇宙船だなぁ」と納得しました。
「それより、デュークの体内温度の数値は?」
「えっと、血中温度はマイナス258度です」
「ふぅん、少し高いわねぇ。余剰熱を放熱板で排出しきれていないみたいだわ。ん、主要な艦体部の温度は上昇傾向にあるわね」
マリアはデュークのカラダが放つ赤外線がわずかに高まっていくことに気づきました。カフカフは「確か平熱はマイナス260度位だったかな?」などと、学校で教えられた龍骨の民の情報について、思い起こそうとしました。
「あ、でも今、この浮きドックは惑星カムランの陰に入っていますよね。温度は安定するはずではありませんか」
「普通ならそうなのよ。うもぉ……縮退炉の状況はどうかしら?」
「最低出力状態です」
カフカフがデュークの持つ縮退炉の振動数を計測して、エネルギー供給にともなう余剰熱の生産は低レベルだと報告します。
「あっ、体温がさらに上昇しました」
「センサを見るにカラダ全体の器官が発熱しているようね。宇宙風邪の予兆は?」
「ええと、体内プラントは正常稼働してます」
「あら、この赤外線分布ってば……」
マリアが眺めるモニタで、デュークの体内赤外線分布図がチラチラと揺れ動いています。それはデュークのカラダの中でなにかが起きていることを示しているのです。
「副脳へ強制介入、状況をロードして」
「はい」
カフカフはポチポチと、デュークの副脳に電波を発信するのですが――
「あ、あれ? アクセスできない……コマンドが全部シャットアウトされていますよ。ものすごいレベルの防御モードに入っています」
龍骨の民は自律型の厳重なセキュリティシステムを持っていますが、浮きドックのスタッフは宇宙軍におけるメンテナンス権限を持っているので、そのコマンドは通常であれば問題なく受け付けるのです。でも、何度も何度もコマンドを送ってもデュークの副脳はそれを完全に遮断したのです。
「あ………クレーンと放熱板が格納されていくっ!? いけない、これじゃ排熱効率がだだ下がりになっちゃうぞ……」
デュークの本体はグワシャと広げていた腕と翼をスルスルとしまいました。そうするとデュークの外殻温度が急上昇を始めるのです。
「ッ――! 船外作業員から連絡が入りました! 赤外線放射が高まって、このままじゃ10分後には作業安全値を越えるとのことです!」
「よろしい、全作業員、退避」
「えっ、全員ですか?」
カフカフの報告を聞いたマリアは「構わないから、全員下がらせて」と淡々とした口調で命じました。デュークの表面の温度がゾワッと上がって、放たれる赤外線の強度が周囲に影響を与え始め作業員の安全を脅かすレベルまで上昇し始めたのです。
そして10分が経過したころには、デュークから放たれる熱をモニタしていたカフカフが「も、燃えています!」と、驚きの声を上げることになります。
「燃料パイプラインが炎上! うわぁつ、係留アンカーも白熱しています!」
デュークへ向けて燃料を運んでいたチューブが燃え始め、係留していた金属製のアンカーにダメージが入り始めました。デュークのカラダはこの頃には、光学兵器でビシバシ撃たれたような熱量を持っていたのです。
「チューブを強制切断、爆破ボルトを起動して」
「ですが、それではデューク君の拘束が解けます!」
「電磁ネットで動きを封じるの。それからドックのシールドを上げて」
デュークを係留していたアンカーが外れて、燃え始めたフネのカラダがドックから浮かび上がります。マリアは、デュークを
「もう一度、制御コマンドを――」
カフカフ君14歳は目の前の光景に目を疑います。生きている宇宙船が勝手に熱を上げ始めドックの設備を破壊しているのですから仕方がありません。彼はこの自体に対処しようと、必至にコマンドを打ち込むのですが――
「や、やはりコマンドを受け付けません!」
デュークは全くコントロールを受け付けません。状況を管制できなくなったカフカフは焦りの極みへと落ち込んでゆきます。
「マリア監督官、他の部隊に応援をっ!」
「うもぉ……」
カフカフが「どうにもならない時は、助けを求めるべきです」というのですが、マリアはウシの方言で「無駄よ」と言ったのです。
「無駄って…………デューク君、暴走しているみたいですよっ?!」
「暴走……? そうかもしれない」
アタフタとする若いスタッフを横目に、マリアは「惑星マザーの産み出したキールの申し子の暴走ね……」などと言ってから――
「こうなってはもう手遅れなのよ。私たちは見守るしかできないの…………」
「なっ?!」
などと、意味深な表情で断言しました。すると同時に、デュークのカラダから、なにやら白い糸のようなものがスルスルと伸び始めてきます。
「うわわぁ、な、何だこれは――っ!」
「新生の始まりよ。もうどうにもできないわ」
絶叫するカフカフ君とは裏腹に、マリアは全てに諦観したようなそんなセリフを漏らしてからこう続けます。
「ああ、縮退炉が弾ける……」
「えええええっ、縮退事故が起きるんですか――――ォ?! と、とまれ、止まれ――――!」
縮退事故とは厳重な制御が施されている縮退炉のコントロールが失われ、マイクロブラックホールが急速消滅することで引き起こされる重力的クライシスです。デュークのカラダはコマンドを全く受け付けないものですから「やめろ――――!」とカフカフは涙目に成りました。
「ああ、ナノマシンが荒ぶって……」
「ナノマシン事故までぇぇぇぇぇぇっ?!」
ナノマシン事故とはナノマシンのコントロールが崩れて、自己生産や自己進化を勝手に始めることです。それは住民ごと星を飲み込んで溶かしたり、その全てを同化させたりと、際限なく広がる重大宇宙事故のことです。
龍骨の民の体内には、ナノマシンが大量に含まれていますので、それらが暴走したとしたら、遠く離れたこのカムランで、カフカフ君は若い美空で命を散らすことでしょう。
「ああ、時が崩れる――――」
「時空事故までぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
時空事故については詳しく説明しませんが、マリアがなにやら世界が崩壊でもするかのような意味深なセリフを紡ぐので、カフカフ君は「うもぉ、うもぉ、うもぉ――――っ!」とドナドナされる子牛のような悲鳴を上げてしまいます。
そして――
「うもっ、ごめんごめん、悪い冗談だったわね♪」
若いカフカフ君が悲鳴を上げ始めたのを認めたマリアが「落ち着きなさい」と告げ、「ドナドナは嫌だ――――!」と叫び声を上げる彼を落ち着かせました。なにやら意味深な言葉を紡いでいたのは、若い技術者であるカフカフ君をからかっていただけなのです。
「ひぐっ……こ、これってなんなんですかぁ……」
「ええ、これはフネが成長しようとしているの」
「成長期って、フネって少年期でも成長するのですか?」
「確かに幼生期と少年期を境に成長率は目に見えて低下するわ。でも、多少は延長したり、追加の兵装が生えてきたりはするのよ」
龍骨の民はある程度の伸び代を持っているのです。そしてそれは個体差がかなり大きく「フネによっては、大きな成長を遂げるのもいるのよ」とマリアは教えました。
「あの、糸みたいなのは――」
「多分、装甲板が変化した繭ね。かなり珍しいけれど、稀に見ることができるわ。ああ、甲板上の空きスペースに集中しているから、多分、あそこになにか生えてくるわよ」
「へぇ……なにが生えてくるのかなぁ?」
まだ若いカフカフ君は、初めて目にする生きている宇宙船の成長の光景に、胸踊るようななにかを感じたのです。
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