第176話 老将
「中央皇帝が軍権を完全に掌握したようだね」
第三艦隊戦略作戦室で、ラビッツ提督が手をシュリシュリと合わせながらつぶやきました。
「超長距離隠密偵察部隊からの定時連絡によれば、辺境軍閥の艦隊は完全に繰り込まれた模様です」
機械帝国に潜伏した次元潜航艇が第三艦隊司令部に機械帝国の情勢を伝えて来ています。それは毎分数ビットという限られた情報を送る効率の悪い量子暗号通信でしたが、機械帝国軍の動向を掴むのには十分なものでした。
「戦争準備に入ったということかァ、なんとも動きが速いね。辺境皇帝が居なくなってから、数か月も掛かっていないじゃないか」
ラビッツはそこで「ぷぅ~~」と、ウサギらしいため息を漏らしました。
「全く執政官なんてやるもんじゃない! こういう仕事はストレスがひどいんだ」
ラビッツ提督は「ああ、円形禿がひどくなってるよ……」と恨めしそうな声を上げるのです。彼はまだ30代という少壮の執政官ですが、若い禿げの目立つのです。
「それはそうと、幕僚長はまだ起ないのかな?」
ラビッツ提督は戦略作戦室の片隅にある物体――角張った形の金属製の箱の上に円錐形の頭が乗り、二本の腕に四脚の脚が付いているロボットを示しました。
「うにゃむにゃ……ぐぅ~~」
箱型の老ロボットがコックリコックリと船を漕いで鼾をかいています。それは古い向かいの戦争中に機械帝国から逃亡し、共生宇宙軍の軍人を務める機械人の老将――ジェイムスン将軍でした。
「このおじいちゃん、齢600歳だったよね。そろそろお迎えがきそうだなぁ」
彼は戦傷により中枢回路がショートしたため、機械人としての制約がなくなり、自由意志を持ったという珍しい存在です。似たような事例は他にもあるのですが、ジェイムスンはその中でも、最も長命な機械人でした。
そしてジェイムスンの脳を構成する演算装置は、そろそろ寿命ではないかと思われています。でも、適合する部品も作れませんし、鹵獲した他の機械人の部品を使ったら自由意志がなくなると予測されているため、交換もしていません。
「ただ、今回の機械帝国の動きは幕僚長の予想通り――スゴイ人物なんだよなぁ」
そう言ったラビッツ提督は、先だっての機械帝国政変の情報を得た際の会議中の事を思い起こしていると――ガシャリ! 熟睡していたジェイムスン将軍が不意に起き上がり、クワッと目を見開いて――
「準備を急ぐのじゃ――!」
と騒ぎ始めました。
「おおぅ、いきなり起き出さないでよ。どうしたのおじいちゃん?」
幕僚長が突然起き出し騒ぎ始めたのですが、ラビッツ提督は鼻をヒクヒクさせたながら冷静に尋ねました。
「おじいちゃんと言うなっ! 小童がぁ――――!」
ジェイムスン将軍は、じじぃ呼ばわりされたことに腹を立てます。でも、ラビッツは特段気にもせず、なおも尋ねます。
「だから、なんの準備をするの?」
「わからんのかぁぁぁぁぁぁぁ! これだから最近の若い奴らは――!」
老ロボットは、箱型のボディに付いた腕をバタバタと振り回しながら、実に古典的な老害じみたセリフを吐きました。
「だから、最近の若者に分かるように、教えてよ」
「”機械を統べる者、機械ならざるものを滅すべし”――ワシら機械人の中には、そう言うコードが隠されておるんじゃ!」
「ああ、メカロイドの種族的特性と言うやつだね。古代種族が作ったバーサーカーマシンが祖先だって言われてってやつか」
「そうじゃ、バーサーカ―システムじゃ。これがために、ワシらの種族は一時は他勢力に押しつぶされそうになったのじゃ。相手も構わず、手当り次第喧嘩をふっかけて、生き残れるほど宇宙は甘くないからのぉ」
「ふむふむ」
「じゃが、長い歴史の中、それを抑えるためのシステムや抑制が発達してきた。その一つが辺境皇帝と言われておる……種族の中で均衡を保ちつつ、じわじわと数を増やす!」
老ロボットは「こいつは種族的な進化の秘密なのじゃぁ。くくく、これは他人様には口が裂けても言えんのぉ」と自爆発言をするものですから、ラビッツは「いや、思いっきり言ってるし」と突っ込むほかありません。
「そしてなにかの拍子に辺境皇帝が倒れた時が、拡大のタイミングじゃ! タガが外れた中央皇帝は外への戦争を起こすのじゃぁ!」
ジェイムスンは「宇宙を! 銀河をわが手に!」などと言ってから「450年前にも起きたんじゃよ」と続けました。
「原因はわからないけど、同じころ流行ったAI病の影響で、そのあたりの記録が全滅してるんだよねぇ」
AI病とは、人工知能達が機能を消失したり、意味不明なデータを吐き出したりする奇病のことです。そしてどうやらタイムスタンプが影響しているらしく、そのあたりの記録はいまでも復元することが許されていません。
「だがワシはよぉく覚えているのじゃ……そもそも、ワシが
「おじいちゃんはその時の生き残りだったんだよね。なぜか知らないうちに、
「人様を野良猫みたいにいうなっ! ……とにかく、やつらが攻めてくる可能性が否定できんっ!」
「なるほど、そいつは
ラビッツ提督は、長いヒゲをピョコピョコさせました。
「だから準備せいといっておる……のんびり構えていると大変なことになるぞ…… 今のうちに……」
ジェイムスンの言葉がだんだんと弱々しいものになって来たので、ラビッツ提督は
「大丈夫かい?」と聞きました。
「うーむ、また眠くなってきたのじゃぁ…………歳は取りたくないものだぉ……とにかく……やれることを……やって……おけぃ…………」
――老将はそこまで言うと、ガシャリと脚をたたんで、また眠りに入ったのです。そしてそれを確かめたラビッツはこのような事を言い出します。
「この会話何回目だっけ?」
「確か、5回目です」
幕僚達は「完全にボケてるなぁ……」とか「言っていることは正しいのですが、完全にループに入っていますね」やら「共生宇宙軍の生き字引も耐用年数には勝てんか」と瞑目します。
このところめっきり老化現象が進んだジェイムスンは、時たま起きだしては同じ言葉を繰り返すばかりなのです。
「まぁいいさ。あとは我々の力でやるしかない。お膳立ては20年も前から始まっているのだしね……」
と、意味深なセリフを口にしたラビッツは、戦略作戦室に備わっているモニターを改めて眺め、刻々と変化する状況を確かめたのです。
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