第238話 最終防衛ライン その5

「10時の方向に敵艦見ゆ、数は10です!」


「艦種識別、急げ!」


 ラスカー大佐の指示によりデュークが視覚素子の感度を上げて、「ズームイン!! 敵!」とばかりに敵中央部隊の動向を探ります。すると近づいて来る敵艦のシルエットが明確なものとなり、その艦種が判別できるのです。


「少なくとも巡洋戦艦以上――どれも帝国の紋章が入った最新鋭艦ですよ!」


 デュークの目はかなり高い分解能を持っており、司令部ユニットのセンシング機器の力を合わせると相当な精度で敵を捉えることが可能でした。


「うむぅ……相当な重打撃部隊だな」


 ラスカー大佐は「こいつは厄介だぞ」と、何かに祈るように両の手をスリスリさせました。


「大佐、このまま突撃して、横からサッと一撃を加えますか?」


 デュークはこれまでの戦いで、敵の側面から攻撃を仕掛けるのが大変効果的だと学習していました。いわゆる横撃とか横殴りというもので、カークライト提督の的確な指揮の下行われたそれにより多大な戦果を上げてきたのです。


「時間があれば、ヒットアンドアウェーと行きたいところだが、それでは足止めできん」


「まごまごしていると、アーナンケが捕まりますものね」


「そうだ、危険を承知でアーナンケと敵との間に入るほかあるまい。だがその前に、一発かましておくか――よしっデューク、ありったけの対艦ミサイルをばらまけ」


 10時の方向で艦列を並べる機械帝国の中央部隊を見据えつつ、ラスカー大佐は「対艦ミサイル攻撃だ」と言いました。敵部隊との戦闘を有利に進めるため、弾道弾攻撃による牽制をかけ、迎撃の手間を強要しようというのです。


「え? でも、僕ミサイルなんてほとんど持ってません。これまでの戦いであらかた使ってしまったんです」


「お前、カラダん中でミサイル作っとるだろ?」


「ありますけど、弾頭が不完全なのばかりです」


 デュークの体内では常に生体ミサイルが生成されているのですが、これまでの戦闘で完成品のミサイルはほぼ撃ち尽くし、彼の艦体には未完成の仕掛り品ばかりが詰まっているのです。


「それはコチラでもモニターしておる。重元素が不足してるから、なかなか完成せんようだな」


 ミサイルの弾頭と成る核融合弾は、デュークの体内にある重元素を流用して生成されています。補給を受けたと言っても、それらはまず艦体の主要部分に回され、ミサイルの製造は滞っているのです。


「ガワは出来てるけれど、ほとんど未完成です。まともなのは20発位かなぁ?」


「だが、未完成のやつでも撃つことはできるだろう?」


 ラスカー大佐は「たらふく推進剤を飲んでいたのだから、燃料が充填されているのが、いくらでもあるだろう?」と言いました。


「え、撃つだけでいいんですか?」


「敵は弾頭の有無なんぞわからん。撃ったら勝手に迎撃してくるさ」


「あ、そういうことか」


 ラスカー大佐の説明にデュークは「なるほど!」と、大佐が意図していることにようやく気づきました。弾頭がなくて未完成なミサイルだとしても、飛翔することができれば、敵に脅威を与えることができるのです。


「よしっ――――!」


 デュークが「やぁ!」と掛け声を掛けると、艦体の各所に配置された多目的格納庫がパカパカと開きます。


「牽制射だ、精密誘導はいらん。おおよその位置でいいぞっ!」


「いきますっ!」


 デュークは「大体の方向に向けて――こんな感じかな?」などと、敵艦の進路をにらみつつ、生体ミサイルをバシッバシッ! と射出し始めます。それらは弾頭が搭載されていない未完成品ばかりですが、見た目だけならば剣呑な大型対艦兵器なのです。


「おう、弾頭が入っていない見掛け倒しとはいえ、爽快爽快! よっしゃ、全部撃て、残さず撃て!」


「はーい」


 デュークは秒間10発という速度で、射出できる限りのミサイルを放ち続けます。そして彼の多目的格納庫が空になるころには、射出されたミサイルは500発を超えるほどにもなったのです。


 レーダに映る自分の放ったミサイルの輝点を眺めたデュークは「ふぇぇ、自分で言うのもなんですけれど、結構迫力がありますね」と声を漏らしました。


「うむ。これで敵さんに手間取ってもらえるな。では、前進するぞ」


 ラスカー大佐は「面舵一杯――敵艦の頭を押さえる位置に向けて進路を取れ!」と命じました。


 ◇


「むっ、2時方向に赤外線反応――対艦ミサイルか、警報鳴らせ!」


 機械帝国の中央部隊に位置する大型戦艦プロメシオンの艦橋で、デュランダル男爵が対艦ミサイルの接近を警告しました。続けて艦橋のスクリーンにはミサイルを示す輝点が次々に浮かびあがります。


「うわぁ、すごい数ね。白い戦艦からの攻撃ね」


「うむ、迎撃するぞ! 艦の速度を落とせ、主砲で叩く!」


 プロメシオン艦橋に据えられた指揮官席に座るアレクシア・グレゲル伯爵が無数と行ってもいいほどのミサイルに驚愕の声を上げました。プロメシオンの艦長を務める男爵は即座にミサイル迎撃を命じます。すると、右舷へ向けられた砲塔からレーザーが放たれ、数秒後には直撃を受けたミサイルが爆発を始めました。


「うっは、素敵な迎撃速度ね」


「おお、殿下に頂いたフネだからな」 


 先の戦においてその身を呈して混乱を収拾させた功績により、アレクシアは帝国中央の最新鋭大型戦艦プロメシオンを下賜されていました。


「迎撃効率120パーセントだ」


「主砲のバースト射撃システムって使えるわね。やっぱ、最新鋭艦はいいわ~~!」


 プロメシオンの性能は相当なものであり、溢れんばかりに襲いかかる弾道弾を軽々と屠ってゆくのです。


「む、しかしどこか違和感が残るな……」


「あれ、おにーちゃんもそう思う?」


 プロメシオンから遠く離れたところで置きているミサイルの爆発を観察してたアレクシアは、そこに何かが不足していることに気づきます。


「弾頭が無い訓練弾か、模擬弾?」


 10発に一発は巨大な火球を作り出す純粋水爆型弾頭入のものが混じっているのですが、弾頭が誘爆するものが少ないのです。


「ち、主砲のエネルギーの無駄だな。中距離砲戦に切り替えるか?」


「そうねぇ……あ、駄目よ。あの大きいのは絶対落として!」


 スクリーンを眺めていたアレクシアは「本命も混じってる」と言った直後、カキッ――――! と閃光が走り、尋常ではないガンマ線バーストが巻き起こります。


「わぁお! 対消滅弾頭入りね!」


「む、手を抜くことはできんか…………ん?」


 迎撃を指揮しているデュランダル男爵の目に、白い戦艦が大加速をしている光景が入りました。


「牽制射でこちらを抑えて、進路をふさぐつもりだ」


「頭を押さえる場所に入って、小惑星の盾になるつもりね。しっかしあの白いの、加速性能いいわねぇ」


「うむ、巨体の割には推進力が高い」


「デカくて、強くて、硬くて、速い!」


 メカロイドの少女伯爵、アレクシア・グレゲルは大加速する白色の超大型戦艦を眺め「アレ、すごく良いなぁ!」と嬉しげな声を上げました。


「おいおい、敵を褒めてどうする」


「わかってるわよ。先の戦じゃ、ボロッカスにやられたしぃ」


 アレクシアは、先の小惑星攻囲戦――その最終部分でデュークと交戦し、乗艦を大破させられ、後退を余儀なくされていました。


「でも、だからわかるのよ――――」


 アレクシアはおもむろに立ち上がり、スクリーンに映る白い戦艦――デュークに指を突きつけます。


「アレが、この辺りで一番の強敵だってね!」


「うむ、単艦といえど、恐ろしい力を持つ戦艦だ」


 男爵はアレクシアの言葉に首肯します。


「だけど、こっちもごきげんな戦艦に乗ってるのよ?」


 アレクシアは細っこい腕をブンブンと振り回しながら「だったら、やることは一つだよね~~~~!」と素敵な笑みを浮かべながらこう続けます。


「戦艦同士のな・ぐ・り・あ・い!」


「ふっ……ふははは!」


 年若い従姉妹が放つセリフに、デュランダル男爵は巨体を揺すりながら重厚な声音で「それでこそグレゲルの棟梁よ」と満足げな笑みを浮かべました。アレクシアはいまだ幼さを残すちっこいメカの少女ですが、軍人貴族であるグレゲル家の当代として、先祖の血を色濃く受け継いでいたのです。

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