第239話 最終防衛ライン その6

「このまま敵の進路の前に出ます!」


 未完成対艦ミサイルの乱れ打ちによる牽制に成功したデュークは、敵部隊の進路を塞ぐ位置に進出していました。


「敵の中央の前を敢えてがら空きにした上で、左翼部隊を速やかに殲滅。取って返して戦場の中央に舞い戻る――――防衛作戦計画も、あとは最終フェーズだけか」


 実のところ大佐は、アーナンケ最終防衛線について提督から一連のプランを示された際、「なんと無茶な」と思ったものです。


「やればやれるものだな……だが、最後の詰めを俺がやることになるとはね」


 負傷して仮死状態に置かれたカークライト提督に代わり指揮を執ることになったラスカー大佐は「一番やばそうなところで、ピンチヒッターか」と苦笑いしました。


「それにしても、相当に有力な艦ばかりだな。さっきの牽制射、数少ない実弾も混ぜて置いたから、多少はヒットするかもと思ったが、全て迎撃されている」


 ミサイル迎撃の能力から敵艦艇の力を推測した大佐は「性能と隻数を総合的に判断して、少なくとも敵は3倍の戦力値を持っている」と言いました。


「普通ならば、尻に帆をかけてトンズラって状況だ。いくらデュークが超大型の戦艦でも単艦では戦えん」


「だけど逃げられませんよね?」


「ああ、逃げたらアーナンケが捕まっちまうからな」


 敵との戦力差が3倍という状況においては、逃走という手段を取ることも一つの戦術となるのですが、後背に守るべき小惑星を抱えたデュークたちに撤退の二文字は許されません。


「じゃ、どうするのですか?」


「さぁて、これだけ戦力差があると、大加速やら高機動で敵を引っ掻き回したいところだが、虎の子の対消滅ブースターは品切れだ」


 強力な瞬発的加速を得ることのできる対消滅ブースターですが、すでにその全てを使い切っています。大佐は「敵を引き釣り回すこともできん」とぼやき、肩をすくめました。


「やれることはただ一つしかない」


「えっと、それは何でしょうか?」


「正面切っての殴り合いにきまっとるだろ」


「殴り合い…………」


 大佐が優勢な敵艦と正面戦闘を始めると言うので、デュークは「大丈夫かなぁ」と艦首を捻じりました。


「敵のほうがとても優勢なんですよ。何か――」


 龍骨の民の超大型の戦艦であり強力な兵装を備えるデュークですが、3倍もの力を持つ敵を単艦で引き受けるといった経験はありません。だから「上手い作戦はありませんか?」と大佐に尋ねるのです。


「ただ、殴り合いを続ける。ただひたすらに砲撃を続け、アーナンケが避退するまで時間を稼ぐ――それが作戦だな」


 相当に戦闘力の差がある状態ですが、ラスカー大佐は「その間くらいは保つだろう。お前の装甲は厚いしな」と、敵の攻撃を食らうことを前提で話を進めます。


「お前が撃たれる。アーナンケは逃げる。シンプルでいいだろ?」


「まぁ、たしかに……」


「で、どうだ、敵軍の動きは?」


「ええと、陣形を変更しているみたいです」


 デュークは視覚素子上に、陣形を変更する敵軍の様子が映り込みます。それらはいまだ射程外ではありますが、大型艦ばかりで構成されているため、彼の目によく映るのです。


「進路も変更してますね。僕らから見て右の方に展開中です」


「ふむ、あちらさんもやる気だな、右舷に砲力を集中してこちらを叩く腹だ」


 敵軍は一本の線のように連なり、単縦陣をとって斜行してくるようです。ラスカー大佐は腕に仕込んだ立体投影機に映るデータを眺め、簡単に計算を行ってからこう命じます。


「面舵一杯、敵の進路にあわせる」


 そう言った大佐は、拳に力を込めると「クルルルルゥ――――血が騒ぐぜ!」と吠えました。


「嬉しそうですね、大佐」


「おおよ、戦艦同士の殴りあいなんて、なかなかできるものじゃないからな。大砲屋の血が騒ぐんだ」


 このアライグマの大佐はスーンとした鼻筋を持ち、見る人によっては可愛らしげな風貌をしているのですが、中身はかなり獰猛なところがあるのです。


「お互い横腹を晒して、舷側を鉢合わせながらの同航戦……こいつはタフな戦になるぞ! 狙いが良ければ、戦艦の一隻や二隻は喰えるかもしれん」


 大佐は牙をむき出してクルルルとした鳴き声を上げ、ベロリと舌なめずりし、両の手をワキワキと動かしながら「左舷砲雷撃戦用意!」と命じました。


「こっちが劣勢なのに、よくそんなこと考られるなぁ……よいしょっと」


 デュークはラスカー大佐の命令に従ってすみやかに砲戦準備を整えます。


「主砲左舷に指向完了! いつでもいけます!」


 この時、多数の敵と対峙しているというのに、デュークは龍骨を微塵にも動揺させていません。何かを守るためであれば迷いなく戦争ができるというフネの本能が、彼を突き動かしていたのです。

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