第240話 最終防衛ライン その7
「ううっ、敵の数が多いなぁ……」
左舷の砲で敵の概略位置を睨みながら進むデュークの視覚素子に敵艦の姿が映り込みます。それらは大型戦艦を中心とした巡洋戦艦以上で構成され、数は10隻という極めて強力な重打撃部隊でした。
「ビビるなよデューク。お前さんの大砲の方が断然有利なんだ」
これまでにデュークの主砲の管制を担当してきたラスカー大佐は、その性能について完全に把握しているのです。
「測的データが揃い次第、アウトレンジ攻撃をぶちかますぞ」
「はい…………あれ、敵艦の表面でなにかが光ってる?」
敵を睨んでいたデュークがその表面上にカッカッカ! とストロボ発光を認めます。
「光学兵器にしては熱量が低いぞ……」
一瞬光学兵器の類かと身構えた彼ですが、発光はそれなりのエネルギーを持っているものの、ただの可視光線だったのです。
「光通信のたぐいか?……いかん、サイバー攻撃の可能性もあるぞ。デューク、副脳のファイアウォールの強度を上げろ!」
「でも、アレってただのモールスみたいです。艦載AIさんも脅威ではないって」
デュークの副脳は独立した情報分析を行う器官であり、司令部に搭載された艦載AIと密接にリンクしています。一種の分散型コンピューティングシステムと化したそれらは、敵艦の放つ発光を「暗号化もされていない原始的な通信」だと告げるのです。
「これって、共生知性体連合の共通語メッセージですね」
「これから砲撃戦が始まるって時に、なにを悠長な事をやっとるんだ敵さんは……まぁいい、やつらなんと言ってる?」
「ええと、我は機械帝国伯爵グレゲル……だそうです。あ、この名前って」
「ああ、アーナンケに取り付く前に戦ったやつだな」
デュークと大佐は、アーナンケを攻囲していた部隊の中で最も粘り強い抵抗を見せた指揮官の名前を思い出しました。
「続きがあります。先の戦では世話になった”雪の侯爵”殿…………ふぇ、なんで僕のコードネームを」
「そりゃ、お前。こないだ、敵の眼前で堂々と名乗ってただろ」
「あ、そうだった」
デュークは「
続けてカッカッカ! と放たれた光信号は「我は貴殿との復仇の戦を所望する!」といものでした。
「もしかして僕、すごく恨まれてます?」
「そらそうだろ、お前が先頭に立ってボロッカスにやっつけたんだからな。目の敵にされて当然だぞ」
デュークは機械帝国の部隊の前で大規模な挑発行為を行った上に、突撃の先頭に立ってグレゲルの部隊を叩きのめしたのですから仕方がないかもしれません。
「あ、そうだ、なにか返信しますか?」
名乗りを上げて、名指しで戦闘開始すると正々堂々告げられた――それはいわば戦場の挨拶でした。龍骨の民であるデュークは挨拶を受けたら、挨拶を返さなければと本能的に思うのです。
「返答か……たしかに礼儀は大事だな」
敵に対する返答など本来は不要なのですが、意外に礼儀正しいところのある大佐は「そうだな――――では、こういうのはどうだ?」と返信メッセージを作成して、デュークに伝達しました。それを受け取ったデュークは「うわぁ、シンプルなのに、好戦的だなぁ」などと声を漏らします。
「重力波発信を許可する――やれ!」
「はい」
ラスカー大佐に命じられたデュークは、縮退炉を用いた汽笛を用いて――
――と大変分かりやすいメッセージを放ちました。
ラスカー大佐は両手をスリスリさせながら「戦場で一度は使って見たかったセリフの一つだぜ。”ばかめ”とか”喧嘩上等、夜露死苦ぅ!”の方が良かったかぁ?」などと苦笑いします。
「返答きました――――うわ……グレゲルの名において、絶対にブッコロす! 背中の
「よっしゃ、効果は抜群だ!」
ラスカー大佐はご満悦を通り越して、さらに両手をスリスリさせました。それは傍から見ていたデュークが「そのうち摩擦熱で火が吹き出るのじゃない?」と思うくらいなのです。
「さぁて――――」
そこで大佐は「この距離関係、位置、やつらの直前の回頭動……そろそろか」と呟きます。
「おいデューク、近接射撃戦の即時発動を準備しておけ」
「え? 近接火器の射程じゃありませんよ」
「狙うのは敵艦じゃない、近傍エリアに照準を合わせろ」
大佐が「これこれ、ここを狙っておけ。さっさと準備しろ」というので、デュークは「うんしょっ!」と近接火器をカラダの中から引き出した時です。
「あ、レーダに感あり! 近距離にミサイル反応?!」
デュークの視覚素子に、突如ミサイルがポッポッポ――と浮かび上がりました。
「直ちに迎撃、全力射撃だ!」
「は、はい!」
ドタラドドドドドド! デュークのカラダの各所に生えている近接射撃火器たちが迎撃のための実体弾を無数に射出します。
「敵弾に命中、うわっ――――!?」
雨霰と放たれるデュークの砲弾が敵ミサイルに命中すると、グワッ! グワッ! グワッ! っと対消滅反応によるガンマ線バーストが発生します。
「あ、危なかった……」
「やりやがる。進路変更と同時に未来位置に向けてミサイルを放っていたんだ」
近距離で対消滅反応を見てしまったデュークは目の眩む思いです。敵ミサイルの流れを観測したラスカー大佐は「いやはや、なかなかのやり手だな」と称賛の声を上げました。
「それって、つまり――――さっきのメッセージとかは――」
「ま、心理戦っていうやつだ。着弾寸前に隙を作るために欺瞞していたのだろう」
大佐は強力な対空射撃を行うデュークの火器管制をコントロールしながら、シレっとそう説明しました。
「敵艦は補足できているか?」
「射撃データが曖昧になってますよ。EMP効果でセンサが弱体化してます!」
ラスカー大佐が敵部隊の位置を確認せよと命じるのですが、デュークのセンサは一時敵にホワイトアウトして能力が低下しています。すると大佐は「やりおるやりおる。これは相手に不足なしだな」とうそぶきながら、頭の中で敵艦の予測位置を計算し直しました。
「だが、まだ距離はあるからな……ミドルレンジに入るまでに叩きのめしてやる!」
敵の艦列が近づいているというのに、大佐はいつものように両の手をスリスリと合わせながら笑みを深くしました。彼はカークライト提督には及ばぬ指揮官かもしれませんが、戦意は溢れんばかりの男なのです。
「いいか、デューク! 一歩も引くんじゃないぞっ!」
「はい!」
デュークは龍骨を引き締めると、縮退炉の熱を上げ、主砲に力を込め、装甲をパンパンに膨らませて砲戦に望むのでした。
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