第319話 実習前の男子会

「なぁデューク。昔も聞いた事があるような気がするが、お前が飲んでる液体水素って、味とかあるのか?」


「味はあるよ。純粋な液体水素だけじゃないし、添加物が入っていたりすることもあるからね。ここの液体水素は規格が統一された軍用推進剤だけど、原料となってるガス惑星が違うと、味も変わってくるよ」


 そういったデュークは液体水素が入ったパックを持ち上げ「飲んでみる?」と尋ねました。


「殺す気か! 極低温の水素なんぞ飲んだら死んじまうぞっ!」


「液体水素に酸素を混ぜた、常温で安定した飲料もあるけれど?」


「そいつは、水っていうんだ――――!」


 デュークの冗談に、スイキーは「お前、冗談がうまくなったな」とニヤリとしながら、手元のグラスを傾てアルコールらしき飲料をゴクッと飲みました。


「君が飲んでいるのは、ビールだね?」


「おお、こいつは龍骨麦酒だな。お前んところの故郷からの輸入ものだな」


 スイキーは、龍骨星系にだけに存在する龍麦を使った麦酒をグイッといきながら答えてから「龍麦は味わいがちげぇな。クワカカカカ!」と笑いました。


「ところで龍麦ってなぁ、装甲化された麦って、ホントなのか?」


「そうだね。外皮が金属系で中身はカーボン系なんだ」


 デュークの言う通り、龍麦の種子の表面は生きている宇宙船のように金属質なもので、これをたたき割ると中から普通の麦の中身――デンプンと食物繊維、タンパク質が現れます。


「僕のネストだとあまり生えないから知らなかったけれど、他のネストではそこら中に生えてるところもあるんだって」


 龍麦は元々は他の星系から輸入された大麦小麦が、どこぞのネストの土壌に捨て置かれた種子が厳しい宇宙線にさらされるマザーの環境に適用するために進化したものでした。


「たしか、最近じゃ、アグリカルテル氏族が栽培しているんじゃないかな」


「ほぉ、生きている宇宙船のお百姓さんか」


 そんな会話をしているデュークとスイキーは、士官候補生の集会場で野郎どもだけの男子会をしています。なお、教官リリィ以下の女性陣は実習前の女子会と称して首都星に繰り出してお留守でした。


「スイキー、僕らが随行する執政府のお役人ってどんな人なのかな?」


「現地に潜入している星系監察官だってことだ」


 トリの皇子様が言う星系監察官とは、星系内航行を始めてから一定の期間が経過している未開星系のうち、共生知生体連合に影響を与えそうなところに潜入し、原住民の調査を行う執政府の役職でした。


「監察……観察ではないんだね」


「そう、観察じゃなくて監察――場合により干渉すら行うんだぜ」


「でも、連合に加盟していない種族に、そんなことしてもいいのかな?」


 共生宇宙軍を含む共生知生体連合の執政機関は、独立して星系を掌握している知生体とその統治機構に対して無用の干渉を行うことが固く禁じられています。これは連合加盟星系以外にも適用されるもので、すべての知生体は共生できる存在でありその文化は尊重されるべきものだとという共生知生体連合憲章、共生の思想に基づくものでした。


「だが、それは他の知生体に迷惑をかけないことが前提だぜ。例えば超新星爆発を引き起こして他の星系や種族を巻き添えにするなんてことは、とんでもない迷惑だ」


「でも、技術が未熟なのにそんなことができるの?」


「できる。未開文明は恒星間航行ができないってだけで、なにかの拍子でそういうことを引き起こす可能性があるんだ。未熟な縮退技術を弄んだ挙句、主星を超新星爆発させた事例は複数確認されているぜ」


「ああ、なるほど、技術が未熟だから逆にそういう可能性があるのかぁ……」


 縮退炉が重大な事故を引き起こすということについて、カラダの中に炉を12個をもつデュークにとっては幼生体の頃に叩き込まれた常識でした。マイクロブラックホールを内蔵する縮退炉は、そのサイズを問わず重力異常を引き起こす、取り扱いには厳重なる注意が必要なのです。


「それにな、上代文明の遺産を暴走させたり、別の時空間に潜む異常生命体邪神を召喚したり――迷惑のかけ方にもいろいろあってな……」


 スイキーは「今回の場合、星系内航行を思念波力で実現しているし、それが種族全体で行われている。これが超空間にアクセスし始めたというのは、かなりの危険性があるんだ」と説明しました。


「恒星間に出張ってくるのは止めやしねぇし、仲良くやれるんだったら別にいい。だが、他人様に迷惑をかけるなら容赦はしねぇ――それが連合のスタンスだからな」


 連合憲章には、他の知生体の存亡に関わる重大な被害を引き起こし、また引き起こす可能性のある知生体は抑制されるべきという一文も存在します。


「今回の未開星系だが、宇宙船を星系内航行させているってことは、相当数の能力者がいるはずだし、連合基準でS級サイキックだっている可能性があるな。思念波能力は場合によっては縮退技術よりも危険なんだぜ」


 S級サイキックは生身で恒星間を跳躍するような存在であり、下手をすれば宇宙に災厄をもたらす能力者すら存在していたということです。ですから、連合憲章を補足する思念波能力者基本法によれば厳重に管理されなければならないとされているのです。


「歴史の時間に習っただろう。アノーマリーとか、イレギュラーとか、ミュートとか呼ばれる存在のことを」


「ええと、強力な現実改変能力者だったっけ。物理法則を捻じ曲げて、常識が常識でなくなり――それが消えずに残り惑星中にまで広がたって……」


 当の本人は意識したわけでもないのに、知らないうちに世界の常識が常識でなくなるような能力者――共生宇宙軍による重力子弾頭の大量投入で重力異常を発生させ、星系を時空間事閉じ込める作戦が成功しなければ、さらなる拡大があったかもしれません。


「他にも、どのような防壁すら乗り越えるマインドコントロールで一大犯罪組織を作り上げた犯罪王、超空間航路を侵食して破壊しかけた異能生命体、巨大な宇宙超獣を従え三つの星系を飲み込んだ謎の――まぁいい、共生知生体連合の長い歴史には、そのような宇宙災厄的能力者が存在がいたんだぜ」


 スイキーはそこで一息入れると、こう続けます。


「コントロールできない能力者は危険だ。未開星系にそんなものが存在しないか確かめ、もしいたらコントロール下に置く――それも監察官の仕事のひとつなんだ」


「なるほど。じゃぁ、その監察官はサイキックなの?」


「たぶんその道のエキスパートだぜ。執政府の監察官だから、少なくともA級サイキックだな。もしかしたらS級サイキックの可能性もある」


「ふぅん、S級サイキックかぁ……」


 デュークはS級サイキックに出会ったことはありません。大型熱線砲を防壁で防いだあのカークライト提督ですらA級の下の方であり、命を捨てた能力暴走でやっとこA級上位の能力を短時間発揮したに過ぎないのです。


「サイキックはともかく、結構な危険性のある星系を監察している役人だからな。執政能力も相当な人物が入っているはずだぜ……」


 そういったスイキーは手元のグラスを眺めて「いかん、ビールが切れたぜ」と言いました。


「次はビールじゃなくて、少し強いヤツ――龍麦バーボンにするかな」


「それは少しどころじゃない強さなんだけれど……おじいちゃんが酔いつぶれてベロンベロンになったのを覚えているよ」


 龍麦バーボンはビールと同じ龍麦からできる蒸留酒を、他星系からわざわざ輸入してきたホワイトオーク製の樽に詰めて熟成した超高級酒です。その生産にかかるコストはトンデモない金額でお値段は相当し、それに比してアルコール度数もスゴイ物でした。


「まぁいいだろ、今日明日は休暇だしな。というか、先輩の頼みが聞けないのかよデューク! さっさともってこい、ついでにお前も飲んでしまえ!」


「ははは、先輩の頼みじゃしょうがないなぁ」


 デュークはサッと浮かび上がり、スラスラと集会場の片隅にある購買所PXに向かうのでした。


 そして「たまには故郷のお酒でも飲んでみようかな」などと思った彼は、調子に乗って飲みすぎて、あまつさえドラゴンブレス末代までの恥をかました上に、次の日激しい二日酔いでのたうち回ったのは言うまでもありませんでした。

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