第6話 老いる龍骨、育つ龍骨

 マザーには大小様々なクレーターがそこかしこに存在し、その一つは85キロメートルの綺麗な円周を描き、中心に高さ1.6キロの高い山を持っています。陽光がそのクレーターに差し込むと、ネストの内外を分ける半透明の天板をくぐり抜けて二隻の老骨船を照らしました。


「軌道ステーションから物資を射出したとの連絡があった。ただ、マスドライバーの調子が良くないらしく、コンテナの軌道要素がまずいことになっている。直接行って回収してくれ」


 宇宙を眺めながら、工作艦ゴルゴンがミルクの材料が詰まったコンテナを取りに行ってくれと高速輸送艦アーレイに依頼しています。


「ふむ、龍骨星系の反対側から射出されたコンテナの軌道要素……推定位置は、大体あのあたりですな。一日くらいで回収して戻ってこれますね」


 アーレイは龍骨の中で最適な回収ルートをサッと計算し、「間に合わせますよ」と言いました。


「そうか、年よりに宇宙はきついが、頼んだぞ」


「なに大丈夫ですよ。まだ私は引退してから一年もたっていないのです」


 そう言ったアーレイは、身に備わったクレーンを使って敬礼をスパリと決めてから、ネストの中をスルスルと進み始めます。


 ほどなくして彼はネストの上部にある発着場に入ります。そこには随分とくたびれた老骨船が眠りについていました。


ドク先生、ドク、起きてくださいな」


「むにゃむにゃ……なんだアーレイか、どうした?」


 アーレイに気づいて「よっこらしょ」と難儀そうに体を持ち上げた老骨船はネストの医者であるドクター船です。氏族連中からドクと呼ばれている彼は、かなりの高齢ですあり、最近は何時も居眠りをしながら過ごしていました。


「コンテナミルクの回収に向かいます。軌道要素が乱れているので、取りに行かなくてはなりません」


「ああ、デュークの飯の種か。では、宇宙にでるのだな」


「ええ、カタパルトを使って、このようなルートで行こうと思うのです」


 アーレイは、回収のための航路予定をドクに示しました。


「なになに、初期加速をつけて、ここでさらに加速をするのか。ふむ、ちと無理しすぎではないか?」


「私の龍骨はガタが来ていますけれど、まだそれくらいはやれますよ」


「おいおい、まだ若いつもりでいるのか…………ガタが来ているのは龍骨だけじゃない、カラダの各部は経年劣化やら金属疲労しているのだぞ」


 ガタが来る――龍骨の民は年を取ると、龍骨にガタと呼ばれる特徴的なひび割れが生じ、同時にカラダの各所も衰えて、宇宙を飛ぶのが段々と難しくなります。


「……誰かがとりにいかねばならんからな。ならば、とりあえず検査だ」


 ガタついた龍骨は無理をすれば強度が更に落ち安全範囲内で飛行しなければ寿命が確実に縮まります。だから老骨船たちは宇宙に出る前に、安全検査を徹底しなければなりません。


「必要ですかねぇ? 私は現役時代は戦闘軌道降下を何度も――」


 アーレイが「しかも砲火飛び交う中を」などと言うと――


「黙れ、若造ぉぉぉぉぉぉぉっ!」


「え、えええええ……はい」


 ドクはものすんごい勢いでぴしゃりと叱りました。テストベッツネストの最年長であるドクにそう言われれば、まだ引退したばかりのアーレイはそれ以上反論できません。


「はじめるぞ」


 するとドクのクレーンがアーレイのカラダの上に伸びてゆきます。彼は指先からアーレイの装甲板はだに向けて超音波を放ちました。


「ふむ、ふむ…………血圧はまぁまぁか」


「ほら、まだまだ健康なものでしょう?」


「黙れと言ったぞ。雑音が入るから黙れ!」


 ドクが、アーレイをギロリと睨みつけると、アーレイは「はぁ、仕方ない」と押し黙ります。


「さて、縮退炉はどうかな…………うーむ? なんだこの影は……」


「え?」


 龍骨の民の心臓である縮退炉は生きている宇宙船のエネルギー源であり、宇宙を飛ぶためには必要不可欠なものです。しかしドクの不穏な言葉にアーレイはドキっとしてしまいます。


「まさか悪いところが……?!」


 アーレイは「先生、癌じゃありませんよね!?」などと冷や汗――龍骨の民の血液である液体水素を漏らしました。ビクつく高速輸送艦の姿にドクは「……脅しが効きすぎたかな?」と独り言を漏らしてからこう言います。


「ふん……目が霞んで、影のように見えただけだ。何も問題ない」


「お、おどかさないでくださいな!」


 アーレイは「くはっ」と排気を漏らしながら「この藪医者め」と思いつつも、軍歴もあることから理不尽さには耐性のある彼は口を閉じました。


「お前、今ワシのこと藪医者って思ったろ?」


「りゅ、龍骨を読まれたっ⁈」


「そのようなわけがあるまい。思いっきり顔にでておるだけだ……まぁいい、さてさて龍骨の方はどうかな……ふむ、ふむ、やはり少なからずガタが来ているぞ。本来の8割程度の強度まで落ちている。だから8割程度の力で飛ぶのだぞ」


「えええ、8割ですか。もうちょっとおまけしてくれませんか?」


「おまけって……お前」


 ドクの見立てではアーレイは現役の時の8割程度の力でしか飛べないというのです。高速輸送艦として鍛えられたアーレイですから、それでもかなりの速度で飛べるのですけれども。


「くっ、これが老いか。段々飛べなくなるんだなぁ……」


「おいおい、アーレイ。宇宙を飛べるだけマシなんだぞ? ワシなんざもう、ネストをはいずり回ることしかできんのだ」


 ドクは、落胆の色を浮かべるアーレイを叱ります。彼はもう飛べないどころか、ネストの中を動くことすら難しくなっていました。


「あ、これは失言でした……」


 アーレイは今更ながらそのことを思い出し、謝罪の言葉を口にします。しかしドクは「さっさとカタパルトに行け」とだけ命じます。


「わかりました」


 なんやかんやあっても、先達の言葉に従うのが龍骨の民というものです。おとなしくカタパルトに入ったアーレイは、発着場に備わった電磁カタパルトがウォォォン! とした音を響かせるのを感じます。


「射出の準備はできているのか……あ、推進剤のパイプか」


 カタパルトの中に納まると、上から伸縮性のあるパイプがスルスルと降りてきます。アーレイはその端を口に含んでゴクゴクと推進剤を飲み始めました。


「飲みすぎるなよ。腹八分にしておけ」


「ここでも、8割制限ですか……」


 ズゾォォォォォォと、宇宙を飛ぶための燃料――液体水素を主とした複合推進剤を飲み干すアーレイはカラダの各部を確かめます。


「姿勢制御初期設定良し、電波系オールグリーン、各スラスタ航行モードに変更。外部環境情報データロード」


 アーレイは推進剤を補給しながら、カラダの中にある副脳――龍骨をサポートする副次的器官にアクセスして最終チェックを始めました。しばらくすると、推進剤の方も十分になってきます。


「カタパルト開口部開放、進路異常なし、発進シークエンス秒読みへ。外部電源からの供給停止、内部出力に切り替え、推進剤タンク加圧開始――」


 そろそろ行くかとアーレイ思たった時でした。突然、ドクからの物ではない電波が彼の龍骨に伝わります。


「おおいアーレイ! 聞こえるか?」


「おっとゴルゴンさん。はい、どうしました?」


「よし、今からこちらの音声を飛ばすから、良く聞くんじゃぁ!」


 オライオがその耳で拾った電波をそのまま回線に流し込みました。するとアーレイの耳になにやらピキ――――! とした高音が入るのです。


「ッ!」


 とても甲高い電波がアーレイの耳を叩くのですが、そこにはこのような意味を持った言葉が乗っていました。


「おなかへった~~! おなかへった~~!」


「おお、これは、もしや」


「そうだ、デュークがしゃべったのじゃあ!」


「おお! 言葉を…………」


 子どもの成長と言うものは、老骨船にとって大変喜ばしいものです。アーレイは龍骨に実に嬉し気な感情が載るのを感じました。


「でな、聞いての通り、デュークは腹ペコさんなのだ」


「そのようで」


 「お腹へった~~!」とひとしきり言葉を漏らしたデュークが、さらに盛大な声でフギャァァァァァァッ! と泣き叫んでいます。


「まずいんじゃ! ミルクが切れそうじゃ! 材料は底の方にほんの少しだけしかのこっとらん! 早くコンテナ回収してこい! 一日といわずに半日で戻ってこい!」


「ええ、半日ですかっ⁈」


 アーレイはコンテナ回収のコースを必死に再計算しました。


「ええと、カタパルトの初速がこれだから、全力噴射とオーバーブーストで、逆噴射をこうすると…………そして全力噴射……よしっ、これならば……って……ドク」


「8割を忘れるなよ」


 彼がそんな計算をしていると、カタパルトの隙間からネストの医者が睨みながら「無茶はするな」と睨んでくるのがわかります。


「あ、やはり、駄目ですか? でも、間に合わなくなったら……」


「ふむ……」


 アーレイがすがるように尋ねます。すると相当に古びたフネが舳先をクレーンで撫ぜながら、こう告げました。


「ふん、しかたがない。加速度の許容値を緩和してやる。子どものためなら、デュークのためなら、制限なぞ打ち捨てるのが、老骨船だからな」


「おお、そうこなくては!」


 ドクがOKしたことでアーレイは喜色を浮かべ、ドクはそんな彼の背中をドンドンと叩きながらこうも伝えます。


「やるなら、とことんやれ」


「は?」


 口元を上げて、実にやさし気な笑みを浮かべたドクは、こう続けます。


「半日で帰ってこなければならんのだろう? それに、子どものためならば、龍骨が折れても構わんだろう? だから特別なことをしてやる」


「へ?」


 ドクはカタパルトの制御盤を操作して、電磁推進機構の出力をガチガチと最大にまで上げました。するとフライホイールに蓄えられた膨大なエネルギーがリニアカタパルトのコンデンサに伝達され、バチバチバチとした異音を奏でます。


「最大加速100Gだっ! 心置きなく逝ってこい」


「ちょっ、まっ……」


「なぁに、子どものためなら、全てが許されるのだ」


「えええええええええええっ!?」


 ドクがぽちりとボタンを押すと、リミッターを超えた最大出力のカタパルトが、アーレイのカラダを凄まじい勢いで押し上げました。そして瞬間加速50Gという鬼のような加速の中、ガタの来た高速輸送艦は「う、うぎゃぁぁぁぁ――――っ!」という絶叫を上げたのです。

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