第7話 龍骨は健やかに伸びる

 広大な宇宙には観測できるだけでも3000億近い銀河が存在しています。その一つに着目すると、中心から6つの腕を伸ばして渦巻くものがあるのです。


 その銀河を構成する星々の連なりパーシアスわんと呼ばれるその一角に龍骨の民が属する共生知性体連合がありました。連合を構成する種族は、発祥の起源が1000を超えています。


 分類上のカテゴリは1000どころではなく、人種といった階層で分けた場合数えることがとても大変なくらいの数になるのです。


 それを学問的アカデミックな系統樹にすると、広大な森林のような様相を示します。その枝葉を全て眺めることは、分類することに快感を覚える学究でも少々骨なものでしょう。


 共生知性体連合に生きるほとんどの種族は、そのような面倒なことには手も付けません。彼らには他にいろいろとやるべき仕事がたくさんあるのですから単に”種族”という言葉で自分たちを表現することで、十分満足していました。


 その連合の一種族たる龍骨の民――生きている宇宙船は、とても早い成長速度を持っています。


「僕は、デューク!」


 デュークが言葉を使い初めてから、数日が過ぎています。最初は「おなかへった~~!」という感覚的な言葉しか使えなかった彼ですが、言葉をどんどん増やしていました。


「僕は、生きている宇宙船!」


 これは彼の中に自意識が芽生えていることを示していました。生きている宇宙船の龍骨の中には言語などの基本情報――コードと呼ばれるものが予めセットされており、彼らは産まれたそばからコードが開示されてゆくことにより、急速に言葉を覚える生き物でした。


「デュークは言葉が上手じゃのぉ!」


「うん!」


 老骨船オライオがデュークの成長を手放しで喜んでいます。老いた船が漏らす歓喜と称賛の電磁波を受けとると、デュークは龍骨をプルプルと震わせて、口元に笑みを浮かばせるのです。


「よし、次は私を見よ――私が何者か、わかるかな?」


 老骨船ゴルゴンの問いかけに対して、デュークはカラダの横に配置された眼――クリクリとした視覚素子――見回しながら、答えます。


「ゴルゴンおじいちゃん!」


「ふむ、そうだな――自分と他者を区別できるようになったようだな」


 老骨船ゴルゴンが、大きな眼を細めながら頷きました。このようにして幼生体は産まれてから2週間ほどで、典型的なヒューマノイドでいうところの4・5歳程度の言語能力を習得するのでした。


「だが、コード言葉はそれだけではただの情報なのだ……」


 ゴルゴンが言う通り、幼生体は、その正しい使い方を学ぶ必要があるのです。デュークは、老骨船とお話をすることで、その方法を急速に習得していきました。


「お前はなんとも規格外の大きな子じゃが、中身は普通の幼生体子どもだのぉ!」


 産まれた時に100メートルを超えていたデュークの体長は、さらに大きくなって、150メートルに達しています。


「こども? 僕はフネのこども!」


「ははは、そうじゃのぉ。デッカイ子どもじゃぁ~~!」


「僕はデッカイの?」


「そうじゃ、そうじゃ、デッカイのじゃ! 大きいことは良いことじゃぁ!」


「大きな体もそうだが、重力スラスタの波動も強くなっている――そろそろネストの中を動き回り始めるだろうな」


 ゴルゴンが口元をさすりながら、その大きな眼でデュークのカラダの中の重力スラスタを眺めています。天体の重力を捕捉して推進力に変える動力の波動が、デュ―クの中で力を増しているのでした。


「凄い勢いでミルク飲むのだから、ドンドン成長するのですなぁ……それに代謝が良いから。お肌もツルツルですなぁ」


 デュークの肌を眺めていたベッカリアは、羨まし気な声を上げるのです。


「歯も良く育っていますな。そろそろミルクじゃなくて、固形食もいけるでしょう。金属のフレークを用意すべきかもしれません」


 高速輸送艦アーレイは、新しい食材を探さねばと言いました。すると、デュークが「ミルク? フレーク? …………”かゆかゆうまうま”?」と、なにやら不可思議な言葉を放つのです。


「おい……、誰がこんな言葉を教えたのだ?」

 

 ゴルゴンが、辺りを見回し原因を探ります。


「あ、いっけね。多分ワシじゃよ。昨日、おかゆを口にしながら話していたら、真似をしてきたんじゃ……」


「バカモン! 口にモノを入れながらモゴモゴと話かけると、変な言葉を覚えると、いっただろうが――!」


 ゴルゴンが叱るので、オライオは「うっ、すまんのじゃ」と船首を下げました。


 そんなやり取りをジッと眺めるデュークですが、彼はまだ会話の意味を良く理解できていません。でも、周囲の会話を聞いていると、デュークの龍骨アタマが少しずつ文脈を理解していくのです。


 そのようにして、彼は自然に言葉と会話を学んでゆくのですが、そのためには龍骨にたくさんのエネルギーが必要です。だから彼はこのような電波の言葉を放つのでした。


「お腹が減ったぁ!」


 子どもが空腹を伝えるには、簡単な言葉があれば十分なのです。

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