第8話 マザーとネスト
「ゴルゴンおじいちゃん、ネストを探検してくる!」
「気をつけるのだぞ」
デュークは随分と言葉の使い方が上手になりました。産まれてから3週間でとても大きく育ち言葉は長足の進歩を遂げていますし、カラダもそれ以上に育っているのですから「冒険だ――!」などと、
「出発ーー!」
デュークは嬉し気な声を上げながらネストの中を進み始めました。すでに大きさは200メートルを超えるという生物としてはかなり大きな彼ですが、テストベッツのネストは相当な広さがあります。
「うわぁ、また新しい場所だぁ」
龍骨の民の平均的なサイズは体長が200から300メートル、高さと幅はそれぞれ60から100メートになり、体積で見てみると平均は約56.5万立方メートル、典型的なヒューマノイドに換算すれば約100万人分にもなるのですが、ネストはそんな彼らに合わせて造られている大変に広い場所なのであり、デュークは毎日新しいフロアを見つけているのです。
「わぁ、ここは始めてのところだぁ!」
テストベッツのネストはいくつものフロアが組みあがって出来ており、一つのフロアは差し渡しが数キロ、フロアの総面積は100平方キロメートルもある――ネストはそのフロアが10階層ほども積みあがっているのです。
デュークはそんな広大な生活スペースにおいて人工太陽の光を浴びながら昼寝したりしている老骨船たちと触れ合います。
そんな彼は、老貨客船であるベッカリアのところにきています。
「ベッカリアおじいちゃん、何してるの?」
「おお、ちょうどよいところに来ましたな。恒星間アンテナの整備が終わったところですぞ。よし、つないでみますかな?」
ベッカリアは器具の調子を確かめ、そこからの伸びる線をデュークの頭にくくりつけました。
「今日は電波の調子がよさそうだから、久しぶりに映るかもしれません」
ベッカリアがクレーンの先をクルクルさせながら、ネストに備わった大型アンテナに届く公共電波の波長をチューニングするとーー
「ふぇぇぇ?」
補正された電波がデュークの龍骨にながれこみ、映像と音楽を流しはじめたのです。
「あ、なにか映ったよ」
「子でも番組――君の龍骨に新しい知識をインストールするものです」
デュークが受け取っているのは、マザーの上空に浮かぶ高軌道ステーションから届く、共生知性体連合テレビの映像でした。龍骨の民の属する共生知性体連合では、様々な子供向け教育番組が作られているのです。
”共生知性体連合の不思議な星々、龍骨の民の母星マザー”
「なんとタイミングの良いことだ。これは我らが母星の紹介ではありませんか!」
「母星って、おかぁさん?」
ベッカリアは「そうですな」と言いました。
「はじまります――」
番組のタイトルが浮かび上がり、輝く体毛を持った
「ふぇぇぇ、これ、フネじゃないよ」
「フネとは違う生き物ですな。いわゆる異種族の方ですぞ」
デュークは始めて見るクマの姿に驚きます。ベッカリアは異種族というものについて簡単に教えると「彼の言うことをよく聞いておきなさい」と言いました。
「こんにちは、共に生きる知性体の皆さん。私はメドベージ。本日は、”生きている宇宙船”たちを産む星、マザーの事についてお伝えしたいと思います」
そのように告げたメドベージは惑星ルーシャ産まれのクマ型種族であり、ミーシカ・サーカス団の団長であり、この教育番組のコメンテーターでした。
「今、私はマザーの夜の面にいます。もうすこしすると地平線の向こうから龍骨星系の主星が現れるでしょう――――おお、ちょうどぴったり日の出の時間です」
陽光がマザーの姿を照らすと、地表の様子が
「ゴツゴツとした地形が広がっていますね。一面に粉雪のような砂がまかれているようです」
マザーの地表は岩石を基本としており、その地表は細やかな砂塵に覆われているのです。加えてメドベージは「マザーには大気がありません。だからこの場所は真空です」と言いシュコ――パ――! と、口元の呼吸補助器を動かしながら話を続けます。
「表面の温度はまだ低いのですが、陽光を遮る大気がないので、温度はすぐに200度を超えるでしょう。龍骨の民たちはこんなところでも素肌を晒して普通に生きているのです」
照りつける陽光は主星のもたらすプラズマそのものでもあり、それが直接吹き付けてくるのがマザーの地表でした。
「さて、ちょっとした実験をしてみましょう」
メドベージは手にした自慢のハットを放り投げます。すると、帽子がふわふわと地面に落ちていきました。
「マザーは直径3000キロ程度の天体ですから、重力はとても小さいのです」
そういった彼は「地面に落ちたシルクハットを回収するとしましょう。おっとっと、低重力だから歩くのが大変です」などとヒョッコヒョッコ飛び跳ねながら少し離れたところまで歩きました。
そして彼は手を伸ばして地面に落ちているシルクハットを摘まみ上げようとするのですが――
「ん? おかしいな、取れないぞ……」
シルクハットが地面に少しばかりめり込んでいることに気づき、首を傾げながら「ふん!」とばかりに、力ずくで剥がそうとするのですが帽子は全く動きません。それどころか――
「あ、あれ? 帽子が……地面に飲まれて行くぞっ!」
帽子は緩やかな速度で地面に沈んでいくのです。
「なんだこれは……」
眼を丸くしたクマが見守る中、シルクハットは完全に地面の中に沈みました。
「いったい全体……」
帽子が大地に沈むなどもいう事象を目の当たりにしたメドベージは、そこでコホンと咳払いしてから、こう続けます。
「さて、実は私、この現象がなんなのかしっておるのです」
彼はマザーの地表はナノマシンの群体で出来ていて様々なモノを取り込むと説明し、マザーはこのようにしてフネの材料を取り込んでいると言われていますと続けました。
「生きている星はご飯を食べるのですな。あれ? するとですよ、私のカラダも取り込まれるのでしょうか……」
そこでメドベージは「マザーに食べられてしまうのかっ!?」などと怯えた声を上げるのですが、彼が地面に取り込まれるような様子はありません。
「ははは、マザーは私のような知性体を食べたすることはありません。ナノマシンは知性体を選別する一種のフィルターをもっているのです」
そのような解説を行ったメドベージは、手元の時計を確かめてこう言います。
「さてさて、そろそろお時間のようです。”共生知性体連合の不思議な星たち”、次回もお楽しみに~~
共生知性体連合でよく使われる挨拶を高らかに吠え上げたクマが、素敵な笑顔を見せながら深くお辞儀をすると同時に、デュークの龍骨に映っていた映像が途切れました。
「面白い番組だったぁ!」
「ははは、番組の終わりまでなんとか電波が持ちこたえてくれました」
ベッカリア曰く、恒星間放送は量子学的な関係で、いつでも見れるものではないということです。
さて次にデュークは、朝の二度寝を楽しんでいる老骨船のところへスルスルと近づきます。
「オライオお爺ちゃんだ、起きて~~!」
「ふが……? なんじゃ、デュークか」
デュークは寝ているオライオをフリフリと揺さぶるものですから、オライオは目をしばしばとさせました。
「ふむ、カラダが200メートルを超えたのぉ」
フネという生き物は計測機器の塊のような生き物であり、寝ても覚めてもなんでも間でも観測をするという習性をもっています。
「うん、毎日大きくなるの!」
この時デュークの体長は200メートルを超え、すでに大人並みのフネに成長していました。
「よしよし、もっと大きくなるのじゃ。そのためには、しっかりとご飯を食べるのじゃ!」
「ご飯……」
ご飯という言葉にデュークのお腹が反応し、彼の大きなお腹がグゥゥゥゥと鳴ります。
「ふははは、大きな腹の虫だのう。早くご飯を食べてくるのじゃ」
「うん、いってくる!」
デュークが向かうのはネストの食堂のようなところです。そこでは女性型の老骨船――糧食艦タターリアが、プラズマアーク炉を用いてバチバチバチっと様々な金属を精錬していました。
「おばぁちゃん! ご飯を頂戴!」
「ええ、ちょうど美味しいご飯ができてるわよ」
タターリアは、精製した金属や圧縮した炭素繊維、栄養に満ちた高分子ペレットを並べました。
「さ、お食べなさい」
「いただきま~~す!」
デュークは笑みを浮かべながら、クレーンを用いてご飯を口にします。
生きている宇宙船は、生の鉱石でもバリバリと平気で食べる生き物ですが、加工した物質のほうがカラダには良いのです。
「良く噛んで食べるのよ」
「うん!」
デュークの口の中で、大型の金属破砕装置のような歯が動いて、モリモリ! ガツガツ! としたマテリアルが噛み砕かれる音が響きました。
彼は「美味しい!美味しい!」と、大量のご飯を食べ続け、カラダを成長させる栄養を蓄えてゆくのです。
「ぷはぁ……まんぷくだよぉ。ふにゃ……むにゃ……」
小一時間ほどのお食事タイムが終わると同時に、デュークの目がトローンとし始めます。
「あらら、こんなところで寝ちゃだめよ」
デュークが眠ってしまいそうになるので、タターリアは
「はぁぃ……」
眠たげな眼をこすりながら、デュークはお昼寝をするために寝床へ向かいました。そんな彼を見つめながら、「凄まじい量を食べるわねぅ。大人が食べる量をはるかにこえているわ……」と、タターリアが呟きます。
「作りがいがあるから良いけれど、明日はもっとたくさん用意しないといけないわ」
幼生体は食べれば食べるほど大きくなるのです。すでに大きなデュークですが、もっともっと大きくなるのは確実でした。
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