第9話 折れる龍骨、産まれる龍骨
「ぶぅぅぅ~~ん!」
デュークは今日も元気に重力スラスタを吹かしています。重力スラスタは一定の重力に反応して反発することで推進力を産む反重力装置の一つです。なお、ブゥゥンンなどという音が出る物ではなく、デュークが口にしているだけでした。
さて、最近の彼はネストの中を縦横無尽に動きまわり、探検発見僕の家とばかりに新たな場所に赴き、様々な体験をしています。
「すっごく深い~~!」
今日の探検はネストのかなり下の層――実のところ最下層にまで達していました。
ネストの底と言えば幼生体が産まれる誕生の扉があるところですが、産まれた時の事はきれいさっぱり忘れてしまった彼は「ここはどこぉ~~?」などと宣っているのです。
「これ、なに? 模様?」
彼は大きなハッチの上にある看板を発見しましたが、実のところそれは共生知生体連合で用いられる共通宇宙語であり、まだ文字が読めないデュークにとってはただの模様です。
そんなことはともかく、ハッチやトンネルがあると本能的に潜りたくなってしまうのが龍骨の民の特性なものですから、デュークは舳先を向けてハッチに進みました。すると、龍骨の民が放つ識別符号を感知したか、ハッチがゆっくりと開いてゆくのです。
「あれはもしかして地面? フネがいる……」
デュークがハッチの中にヒョイと頭を入れてハッチの先の空間を眺めると、マザーの地表のような表土が露わになっているのがわかります。そこには随分と古びた老骨船が一隻横たわっているものですから、デュークはそのフネに向けて重力波を用いて――
その声を受けて、眠りについていた老骨船が目を覚まし、ゴォーン、ゴォーン、ゴォーン、ゴォーン、ゴォーン……と5つの重力波が響き――「我停船中」というほどの言葉を返してきました。するとデュークは「入っていい?」と尋ねます。
「入っても何も面白いことはないのだが……まぁ、かまわん」
「わーい!」
デュークが初めて見る老骨船に近づき「僕はデュークだよ」と自己紹介をすると、置いて船は「私はオイゲンだ」と答えました。
「なんだかアーレイお爺ちゃんみたいなフネ……でも、ちょっと違う」
デュークがオイゲンに近づくと声の主のサイズは400メートルはあり、なにやら武骨な印象を受ける重厚な肌を持つフネであることが分かります。
「そうアーレイと同じ私は軍艦だ。だが、奴とは艦種が違うのさ」
アーレイは高速輸送艦――場合により強襲揚陸艦とも言われるフネであり、武骨な印象のあるオイゲンは「私は重巡洋艦なのだ。現役時代は400メートル級重巡洋艦として宇宙を駆け巡ったフネだったのだ」と言いました。
「デュークは最近産まれた幼生体だな。
「うん、お話をして!」
幼生体というものはネストを飛び回りながら老骨船達からお話を聞いて、様々なことを学ぶ生き物です。幼生体であるデュークもご多分に漏れずそうしているものですから、はじめて出会ったオイゲンもなにかを教えてくれると思って、ワクワクしていました。
「そうだな……なにがいいかな……」
くたびれ軍艦であるオイゲンも老骨船の一隻であり、子どもに物を教えるというということが大好きなのは他のフネと代わりません。そして彼はこのようなお話を始めます。
「デュークは”命”と言う言葉を知っているかな? まずは龍骨の中のコードを確かめてみなさい」
「ええと、
オイゲンは龍骨の中にあるコードを検索するように言うものですから、デュークはウンウン……と、舳先をねじり始めます。生きている宇宙船の龍骨には産まれた時からたくさんの情報が詰まっており、取り出すには少しばかり気合が必要なのです。
「ふぇぇ、良くわからない意味がたくさんある……」
命という言葉にはたくさんの意味が含まれており、これを正しく理解するには大人でも結構難しいことかもしれません。子どもというよりまだ赤子に近いデュークなどは眼を回すほどでした。
「感じたことを言ってみなさい」
「えっと……」
龍骨というものはファジーなアナログ式量子コンピュータのようなもので、漠然として曖昧模糊な意味を継ぎ合わせ、とりあえずの意味を創造することができます。デュークは気合を入れてそれを行い――
「”大切なもの”?」
と答えました。
「そうだな命とは大切なもだな。そしてデュークも持っているものだ」
「僕も持っている……」
オイゲンの言葉を聞いたデュークの龍骨がウニャムニャと動き、新しい疑問を浮かばせます。
「命って、どこにあるの?」
「ふむ、いい質問だ。
「龍骨って折れるの?!」
生きている宇宙船の龍骨はフネのカラダを支える強靭なもので、並大抵のことで折れるようなことはないと教わっていたデュークは、龍骨が折れるなんて信じられませんでした。
「うむ、龍骨は折れるものなのだ……」
デュークの疑問に、オイゲンは明確な言葉を返しながら、クレーンで自分の艦体をポンポンと叩きながらこう続けます。
「龍骨はいずれは折れ、命が失われるのだ……ふむ、子どもにつまらんことを教えてしまったか」
「ううん、頭をいっぱい使うのは好き」
「そうか、デュークはやさしいな」
オイゲンはそのように言ってくれた幼生体の船首を撫で撫でします。老骨船との会話で頭をたくさん使うことで幼生体は訓練され、成長してゆくものでした。
デュークはそれからしばらくオイゲンとの会話を楽しみ、夕ご飯の時間が近づいたことを知らせるシグナルを検知します。
「あ、ご飯だ。おじいちゃん、お話ありがと、またくるね」
「ああ……」
デュークはオイゲンに向けてクレーンを振るってバイバイすると、老いた巡洋艦は、くたびれた腕をもたげて「またな」と言いました。
そして幼生体はスルスルと部屋を出て行ったのを確かめた彼は静かに目を閉じ、また
夢というものはとても
でも、オイゲンがこのところ見ている一連の夢は、かなり鮮やかで連続性と一貫性をもっている過去の記憶です。
その夢の中では、彼のカラダは
「これは先の
この時のオイゲンは、夢をお芝居としてお客のようでもあり、夢を舞台にする主役のような精神状態になっていました。
「ここは龍骨星系の外縁部……」
星系の外縁部としては恒星の光も薄らぐ静寂の空間であり、彗星たちが時たま顔を見せるほかは100年が過ぎても変化がないような場所でした。思索を生きがいとする長命種であれば、時間を失うような静けさを愛すのかもしれませんが――
「だが、これから騒がしくなる……タキオンの匂いが強い」
オイゲンは星系の外から無数の宇宙船が飛んでくるのを感じています。超光速航法の一つであるスターライン航法がもたらす光速度を無視したタキオンの匂いがそれを知らせていました。
「艦が近づいている」
タキオンを放っている宇宙船は”艦”と呼ばれるもの――駆逐艦、巡洋艦、戦艦、航空母艦、各種の支援艦たちが長大な光の帯を伸ばして進んでくるのです。
「副官、予想降着時刻は?」
オイゲンは艦橋の中にいる彼の幕僚に尋ねます。この時彼は共生宇宙軍第五艦隊分艦隊旗艦であり、司令官でした。
「はい、10時間ほどかと」
「数はどうなっている?」
「万のオーダーを超えているのは確実です」
「そうか……」
この時、連合は相当な危機に陥っています。敵は何らかの手段を講じて、共生知性体連合の防備が手薄な方面から侵攻し、悪いことに共生知性体連合はこのとき複数の敵対勢力から同時多発的な侵攻を受けていたのです。
「念のための確認だが、やつらの目的地は?」
「そりゃぁ、間違いなく連合首都星系でしょうな。龍骨星系から延びる超空間航路を使えば、1週間もたたずに直撃できるのですから」
その上、敵艦隊はここに至るまでにいくつもの星系をスルーし、占領もせずに補給を打ち捨てたなりふり構わぬ勢いで、先へ先へと進んでいたのです。
「ここでなんとかしないと、首都星系がやられるか。総司令部が死守命令を出すのも当然だな。私の場合、故郷の防衛戦でもあるから気にもしないが、皆にはすまないことだ」
「なに、我々共生宇宙軍の軍人とっては、どの種族の星系も故郷みたいなものです」
「模範的な回答だな、副官」
「ええ、模範的な軍人なのですから、当然です。まぁ、やれるだけあがきましょう。時間を稼げば逆転の目はあります」
この時共生知生体連合は、共生宇宙軍第五艦隊をはじめとした内海艦隊や、連合加盟種族の持つ星系防衛軍などをあらゆる戦力をかき集めていました。そして龍骨星系での足止め――遅滞戦闘を展開することで、時間を稼ぐという決定を行っています。
「その間に他の前線から少しずつ抽出した主力部隊を編成した対抗戦力を構築し、決戦を挑むという戦略――これは間違いのない戦略だ、首都星系は保たれるだろう」
「そうですなぁ……生きている宇宙船の言葉を借りれば、ここが龍骨の折りどころってところですか」
「ああ、骨折り損にはならん、割のいい仕事だよ。とはいえ――それにしても手ひどい戦力差だ……な」
「我々は1000隻ちょっとですからねぇ」
敵艦隊は1万隻を優に超える戦力を持っているのに、オイゲンの手持ちの戦力はその10パーセント程度でした。
「ですが、龍骨星系に里帰りしている軍艦型の若いの、予備役に入ったばかりの老骨艦を徴収してまで作った貴重な戦力です」
「ああ、そうだな……まぁ、それはいい。民間人の疎開はどうなっている?」
「住民は貴方と同じ生きている宇宙船ですからね。脱出そのものは確実でしょう」
老骨船と言っても多少の航宙能力が残っているのです。彼らはいざというときには、幼生体を抱えて星系から疎開するよう計画されています。
「マザーはどうしますか? 法的には星系首都星の扱いにはなっています」
「マザーは…………ほおって置いても構わんだろう」
「はぁ、アレは司令官の母上でもあるのでは?」
「この事態になっても、敵が来ている! と電波を飛ばしても、何も言ってこんのだ。さすがに幼生体を生み出すようなことはしなくなったようだが」
「ははぁ、自己防衛モードに入ったということですか」
「知らん」
マザーの事は本当によく変わっていないのです。副官の推測にオイゲンは「とにかくなにも教えてくれんのだ」とぼやきました。
「そろそろ始めるか」
「では、計画通りに」
この時計画通りにと言った副官ですが、実のところ予想される敵の侵攻に対してオイゲンらの生死は考えないものとなっていました。彼は共生宇宙軍の軍人は、連合を護るためであれば全滅を覚悟してでも戦う軍だったのです。
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