第10話 龍骨は折れ、産まれるもの

「主砲統制射撃――――撃てッ!」


 来襲した敵艦隊に向け猛烈な射撃が開始され、オイゲンのカラダに付いた重ガンマ線レーザー砲塔も盛大な砲火を吹いています。


「敵艦撃沈8! 大破23! 敵前衛が混乱!」


 複数のガンマ線が直撃すると装甲の厚い軍艦と言えども吹き上がるようにして爆発するほかありません。そして艦列が乱れ、綻びを見せたその隙に――


「雷撃隊、雷撃位置に進出!」


 駆逐艦を中心とした雷撃隊が敵に近づき必殺の対消滅魚雷を放ちました。至近距離から放たれた弾頭は起爆と同時に反物質反応を巻き起こし、絶大なる被害を敵に与えるのです。


「新たな敵部隊が射撃を位置に着きました」


「ちっ、いかんな……各艦、艦外障壁全開、乱数加速」


 電磁波と重力波によるバリアーを展開したオイゲンたちは、小刻みな加速を付けて、敵から伸びる火線をかいくぐるのですが――


「駆逐艦バーナビー轟沈です」


「巡洋艦ホーンベルズから打電。推進機関に異常発生、戦列を離れる」


「いけませんな、今の射撃で全部隊の損耗率が5%を超えました」


「潮時だな、後退する全艦ステルス機雷を散布後、第三次防衛ラインで集結しろ」


 数において劣勢な共生宇宙軍は、龍骨の民を中心とした機動部隊を編成し極めて効果的な戦闘を継続、龍骨星系の縦深を活かして効果的な遅滞防御をしていました。


「どんどん縦深がなくなってゆきますなぁ……」


「仕方がない、それも計画の内だ」


「だが、もうこれ以上は下がりようがありません。さらに、敵は両翼から我々を包囲しつつあります」


「ああ、高速機動と遅滞戦術で多数の敵を翻弄すると言っても限界があるものな」


 それでも彼らは決してあきらめることなく遅滞戦闘を進め、それと同時に少しずつ戦力と戦線を縮小させてゆくのです。


「第101任務部隊からの連絡が途絶しました。残存艦艇は800を切りました」


「よし、作戦の最終防衛ラインまで下がれ」


 オイゲンは小惑星群を盾に必至の防戦を行いますが、取り巻く環境はもはや戦力をすりつぶすだけの無限地獄と化していました。そして継戦能力は細い糸のようになり切れてしまうのも間近となっていたのです。


「損害が30%を超えたか……」


 軍の組織というものは、30%の損害を受けると崩壊すると言われています。


「もはや部隊全体での統制戦闘は継続困難です」


「ああ、私も傷を負ってしまった…………くっ」


 部隊の損害は甚大な上、オイゲンの装甲板にも大きな亀裂――自己修復するとはいえそれは古傷となって残るレベルの怪我が発生していました。彼は「それも生き残れたらの話だな……」などと思いつつ、副官にこう尋ねます。


「敵の指揮艦の位置は特定できたな?」


「はい、これまでの戦闘で特定できています」


 彼らはこの時、敵の指揮官が座乗する戦艦の位置を特定し、まとまった戦力が残っているうちにこれを叩きつけ、敵艦隊に混乱を引き起こすことで数日分の足止めを行うという計画を描いています。


「なるほど、では始めるとするか…………なぁ、すまんとは言ってほしいか?」


「はぁ? ここに残った軍人たちはすでに覚悟を完了していますよ。あなたは、ただやれと命じればいいのです」


「まぁ、そうだろうが。気分の問題でな」


「無用です。謝っても結果は同じですから。この計画は我らの命を供物とするのが大前提――生還という要素を切り離さねば成しえないことなんです」


 と、副官は「捨て身の特攻作戦なぞ、邪道も邪道ですが――共生知生体連合を護るために絶対的に必要なたった一つの冴えたやり方ですから」と淡々とした表情で言いました。


「そうだな……そうなんだろう……」


 オイゲンがしばし瞑目し、全部隊に対して最終作戦の発動を命じようとした時――

ヴォォォォォォォォォン! 突然、後方から大きな重力波が鳴りました。


「むっ、どこのフネだ?!」


 宇宙船の識別信号――電磁波の声が届き、艦種が示されます。


「なに、このシグナルは戦艦だぞ!?」


「ええ、そんなフネが残っていたとは……」


 防衛部隊を構成した際、戦いに出ることのできるあらゆるフネが招集されており。、この星系には余剰の戦艦など存在していないはずでした。


「まさか援軍……いや、それはないな」


「ええ、まだ数日かかりますからね。となると、この戦艦は一体……識別符号では、戦艦デュークだと表示されています……登録番号からして龍骨の民のようですが……むっ、オイゲン准将、どうされましたか?」


 そこで副官は、オイゲンが目を丸くしているのに気づきます。

 

「なんてこった――」


 オイゲンは識別符号が表示する艦種と名前を確かめて、驚愕の声を放つこと以外のことができません。


「戦艦デュークは私のお爺ちゃんだぞっ!?」


「ああ、戦うことのできない老骨船の方ですな。疎開もせずになんでここに……」


 オイゲンがびっくり仰天するのもそのはず、息を切らせながら進んできたのは、600メートルを超えるカラダを持った老戦艦――テストベッツの古老であるデュークだったのです。


「はぁはぁ、久々の宇宙はしんどいのぉ。縮退炉がシクシクするのじゃぁ。歳は取りたくないものだのう……」


 オイゲンの横まで飛んできた老骨戦艦デュークは苦しそうにお腹を押さえて、息も切れ切れにボヤキました。100を越えるという彼のカラダは本来ならば宇宙に出るのもやっとであり、無理がたたって縮退炉に悪影響が出ているのでしょう。


「大丈夫ですかっ?!」


「まぁ、なんとか持つじゃろうよ」


 引退してからも半世紀ほども生きているというデュークは、健康自慢のフネではありましたが、縮退炉の調子が不十分なようで、懐から薬――様々な重金属を精錬した生きた宇宙船用の降圧剤を飲み込み「ふぅ」と大きな排気を漏らしました。


「そもそも疎開したはずでは……」


 敵艦隊の来寇により老骨船と幼生体は別の星系へ疎開せよという連合の命令が下っています。龍骨の民というものは命令というものについて、かなり厳格に遵守する性質がありますから、この状況において疎開していないということは明らかにおかしいことでした。


「一体なにをしにきたのですか?」


「何故って、そりゃぁ、ワシも軍艦じゃからのぉ。やることをやりに来ただけじゃ。なぁ、敵はどこにいるんだ? 目が霞んで、遠くがよく見えんのだわ」


 老骨船デュークは「敵はどこ?」と尋ねてくるです。老いたデュークがこの戦いに参戦する気満々なのを知ったオイゲンは「はぁ⁈」と驚きます。


「馬鹿な事を言ってないで、おじいちゃんは疎開してください!」


「やだ」


「やだって……これは共生宇宙軍、共生知生体連合の決定事項です!」


「そんな命令は知らん。ああ、首都星系の方から電波が飛んできたようだが、聞こえんかっ。最近耳が遠くなったからかのぉ……」


 デュークは空っとぼけた口調で耳が遠いフリをするのですが、艦齢100歳を過ぎた彼ですが、耳だけは良いのが自慢でしたから、それは明らかな嘘でした。


「大体、そんなカラダでなにができると言うのです!」


 オイゲンが指摘するように、デュークのカラダは随分とくたびれています。装甲は錆付き、外部に突き出た各種の武装は凡そが朽ち果てていました。はっきり言って宇宙を飛ぶだけでも困難で、龍骨に残る気力だけでなんとかしている状態なのです。


「たしかにワシはオンボロの中のオンボロじゃのぉ」


「分かっているなら無茶はやめてください! そんなカラダじゃただの的にしかなりませんよ!」


 オイゲンは「戦闘に出たとしても標的に成るだけです!」と、的という言葉を強調しながら老骨デュークをたしなめました。


「おお、そうじゃそれじゃよ。それなら出来るのじゃ」


「出来るって……?」


 老いた戦艦にできることなど何があるのだろうかとオイゲンが艦首を傾げると、デュークはあっけらかんとした口調でこう告げます。


「標的じゃよ、標的。ワシが”弾除け”になってやるわい」


「た、弾除け……」


 棺桶に半分以上足を突っ込んだようなデュークが、「自分が被害担当艦になるから」と言うものですから、オイゲンはあまりのことに絶句するほかありません。そんな彼の思いを知ってか知らずか、老船デュークはこんな事を言い始めます。


「お前、敵司令官の斬首作戦をやろうとしておったろ?」


「は、なぜそれを……」


「ばぁか、ワシを誰だと思っとる。いいか、ワシの軍歴を――」


「しってます、しってますとも!」


 デュークが老人特有の昔語りを始めようとしたものですから、オイゲンは慌てて話を止めました。始まったら最後数時間は話が止まることはないのですから、仕方がありません。


「これまでの戦闘は、まだ視力が良い老骨が全部チェックしておる。そして、この状況――――お前ら特攻する気じゃったろ? のぉ、そこな副官殿」


「え、ええ、まぁおっしゃる通りで」


 オイゲンの副官はデュークの言葉に首肯せざるを得ませんでした。


「で、だ。その話ワシらにも一枚かませろ。弾除けが増えれば、成功確率が上がるし、生き残るチャンスもあろうて」


「たしかにそれは……でも……」


 それは戦術的な理にかなった考え方ではありましたが、指揮官たるオイゲンはその言葉がやはり戦術的な意味で現実的ではないことに気づきます。


「でも、デューク。あなた一隻がそんなことをしたって。あまり意味がありません」


「うむ……さすがに敵の数があまりにも多いからのぉ」


 老いた戦艦一隻の弾除けだけでは効果は限定的であり、そのことについてはデュークも同意するところでした。


「だが言ったろう? ワシら……とな」


「それはどういうことですか?」


「ほれ、あれを見ろ」


 老戦艦デュークが萎びたクレーンを後方に向けるものですから、オイゲンが艦首を振って訝しがると、いくつもの光が戦場に近づいてくるのがわかります。


「あの光はフネ……だが、もはやこの星系に残っているフネなど……」


 そこでオイゲンは「まさかッ?!」と驚愕の声を上げました。


「うむ、龍骨星系近衛軍――オンボロ爺ぃとガラクタ婆ぁの徒党じゃよ」


 錆付き、皺が寄り、武装は半ば朽ち果てたフネ――老骨船達がカラダに残った力を振り絞り、ガタの来た龍骨を震わせて命を削りながら飛んできているのです。


「命を削りって…………推進器官が暴走しかけているフネもいるぅ!?」


「まぁ、だましだまし飛べばなんとかなるもんじゃなぁ」


 寿命が近づいた縮退炉の寿命が近づきモクモクと黒煙――を上げている老骨船の姿すら見えるものですから、オイゲンは「無茶なっ!?」と二回目の絶句を迎えます。


「まだまだ来るぞ!」


 老骨船の数はドンドン増えて、100、200、500と増えて、1000に達するまで増え続けます。それを眺めたオイゲンは「なんだよ、これって……わけがわからないよ」と目を剝くほかありません。


「龍骨星系近衛軍――オンボロなジジィとババァの混成軍だが、数が揃うと壮観じゃのぉ!」


 高笑いするデュークですが、戦いというものは数によるという考え方もあるのです。オイゲンは「確かに数は正義なのだが……」と考えつつ「あれ、おかしいな」と呟きました。


「なんだか、引退した軍艦以外に、識別符号が船の方もいるのですが…………」


 船とは船舶型龍骨の民であり、いわゆる民間船です。


「そら”船”のやつらも来とる。あちらのほうが数は多いからの」


「ふ、”船”ですとっ?! 非武装の方々まで来ているってことですかっ?!」


「星間レーダーを魔改造した砲やら、溶鉱炉を転用した装甲とかを持っとるから非武装とはいえんな」


 龍骨の民の船達はホームガードウェポン――異種族でいえば竹槍を持ち、お鍋の蓋を盾に武装しているがごとき要素うっを示しているのです。中には儀礼用のビームフラッグを高々と掲げるフネもおり、傍から見ているとなかなかに勇壮な雰囲気すら醸していました。


「し、しかし、このまま進んだら、確実に死にますよ……」


「まぁ、そうだろうな」


 あまりのことにオイゲンが「命は投げ捨てるものではありません!」と、憤るのですがデュークは大きな眼を細めながらこう言います。


「だが、命は無駄にならん。ワシら老いたフネが龍骨を折る死ぬことで、お前さん若い衆の命が買えるかもしらん。こいつは随分と割の良い取引じゃ」


「しかし――――――」


「だまらっしゃい!」


 オイゲンが最後の反論を試みようとしましたが、老戦艦はピシャリとした口調で「黙れ、若造」というほどの言葉を放ちました。


「そもそも、若いヤツが龍骨を折る死ぬってのが間違っとるんじゃ。死というものは老いぼれの専売特許であるべきなのだ!」


「む……」


 ガタの来た龍骨から放たれる強い言葉は、押し止めることのできない力強さを持っており、オイゲンを黙らせるのに十分な力がありました。


「それにワシらが倒れても、新しい龍骨がマザーから産まれてくる」


 そう言った老戦艦は「もはや問答無用、母星と幼生体たちは任せたぞ」と告げ、大音量の汽笛でこう合図します。


「老いぼれども! 最後の突撃じゃぁぁぁあ! 萎びた武装を全部吐き出せ! 無いものは体当たりじゃ!」


 デュークは、老いたカラダから高速のプラズマを吐き出し、それに続いて1000にも及ぶ老いたフネたち突撃を開始するのです。


 古びたフネとは言え、一時であれば縮退炉も推進器官もまだ動きます。中には増速用の対消滅ブースターを焚いているフネもいてかなりの加速を見せていました。


「い、いかん、お、おじいちゃんたちの突撃に続けっ!」


 オイゲンは「彼らの犠牲を無駄にするな!」と告げるほかありませんでした。船足が怪しいどころではない老骨船たちが、すぐさま七面鳥撃ちのように次々に討ち果たされていくことがわかっていたとしてもです。


 そし最後の戦いの火ぶたが切って落とされます。


 老骨船たちはレーザーで撃たれ、ミサイルの直撃を食らい、粒子ビームで炙られ始めるのですが、彼らは決してその足を止めることはありません。


 艦首に敵の弾をくらい視覚素子を完全に奪われた老船はそのままミサイルのように敵艦に突っ込んで道連れにします。古びた縮退炉を抱えた老軍艦は、その炉心を暴走させて敵中に巨大な重力子弾頭の華を咲かせます。


 老骨船達はそれを嬉々として実行し、自らの龍骨を折り続けたのです。


「アレのおかげで、何人の若者が生き残れただろうか……」


 既にオイゲンは微睡みから目覚めています。それは彼の耳にドォン! としたネストを震わせる音が入り、ネストに新しい命が産まれたことを教えていたからです。


龍骨命はは折れるもの、龍骨が産まれるもの、か」


 オイゲンは満足げな様子で古びた艦体をガタガタと鳴らします。それは満足げな笑みであり、ガタの来た龍骨の最後の軋みの音でもありました。


「私の龍骨に残るあの老骨船の記録はマザーに還る……それが新たな命を産む。ふっふっふ、これが私の最後の仕事となるか」


 そう言ったオイゲンは母星に向けて「マザー母さん今、還ります……」と、微弱な電波を放ちます。でも、マザーというものはどのような手順を踏んでも「なにも答えてくれない」という存在でした。


 だから、本来ならばオイゲンの耳にはなにも入ることはないでしょう。でも彼には”お還りなさい”という確かな言葉が――――


 龍骨がバキリと音を立て、視覚素子からスッと光が失われ、口元はガクリと力が抜けて、縮退炉がゴォンと終止符を打ちました。


 そして数日後――――


 デュークがオイゲンのお話を聞きに再びを訪れた時には、もう彼の姿はありません。


 彼が他の老骨船に「オイゲンおじいちゃんはどこへ行ったの?」と尋ねると、老骨船達は悲しみと諦観が半ばした表情で「母星に還ったのだ」と答えるのみでした。その意味を理解するには、デュークはまだ幼すぎる幼生体ですが、いずれ彼もオイゲンがどこに行ったのか、その意味を理解する時がくるのです。

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