第376話 隠れ潜むもの

 そして30分程の後、パンテルの進言を受けたデュークは怪しい宙域に対して電磁走査を行っています。


「電磁探査終わりました。レーダーには何も映っていませんね。本当になにかがいるのでしょうか?」


「うむ、パンテル少尉の思い過ごしかもしらんが――」


 そう言ったスズツキは「女の勘を甘く見えない方がええ、目視で天底方面を洗ってみるべきじゃな」と言い、天底方面の方をじっと眺めるのですが――


「たはは……最近年のせいで、良う見えなくなっとるんだわ」


 スズツキは若い時分は性能の高い視覚素子をもっていたのですが、今の彼はそろそろ引退するようなフネであり、最盛期の7割程度しか視力がありません。


「済まんが、ワレさんのデッカイ目でみてつかぁさい」


「わかりました」


 以前の星系調査の際、恒星を直視したデュークの視力は一時的に10パーセントほど落ちているのですが、元からデッカイ上に若いので、スズツキの老眼よりは大分マシでしょう。


「天底か、ううむ…………」


 デュークが天底方面をしばらく眺めていると、ボンヤリなんだか変なところがあるのに気づきます。


「あそこらへん、妙ですねぇ。なんていうか、背景が整いすぎてる」


「背景が整うとるとな?」


「ええ――」


 そこでデュークは副脳に収めた過去の戦術データを取り出して現在見えている視覚データを突合してみます。


「あ、これはパンテル少尉の勘が当たってますよ」


 データを確かめた彼は「光学ステルスしているフネがいます」と断言しました。


「光学ステルスじゃと……ワシらの目を欺けるだけのステルスということか?」


「光学ステルスというよりカモフラージュと言った方がいいかもです。宇宙背景に溶け込むようなカバーのようなものをひっ被ってます。アナログですが、意外に効果的ですね」


 天底方面で息をひそめているフネは、いる、と分かっていてもなかなか見つからない熟練のスナイパーが用いるギリースーツのようなカモフラージュをしていたのです。


「確かに言われてみりゃあ、なんぞ潜んどる。数は10くらいかの? ここらの星系を縄張りにしている地付きの弱小宇宙海賊じゃな」


「どうしましょうか? 放置しておくと脅威になりますか?」


「ううむ、あの位置関係と距離がちょっとばかり面倒じゃ。となると、ここは軽く一発脅しを掛けておいた方がええ」


 野良の海賊などは船団の航宙方針からする無視するべき存在なのかもしれませんが、距離的にマズイところにいるそれを放置するのは危険でした。


「牽制射――重ガンマ線レーザー射撃はやめておくんじゃ、下手に刺激すると何が起こるかわからんしの」


「では重力波の汽笛を使ってはどうでしょう?」


「それにゃあ、ちいとばっかり距離が遠すぎじゃな」


 重力震動を用いた汽笛は味方とのコミュニケーションの他、敵性勢力に対して強制的にメッセージを伝えるのにも使えるのですが、重力波というものは距離の二乗に反比例して減衰するのです。


「あ、僕の声なら多分届くとおもいます。重力波の制御は結構得意なんです」


 縮退炉に瞬発的なエネルギー負荷をかけ、絞り込んだ重力波を遠くで炸裂させるというテクニック――いわゆる指向性重力波ともいえるスキルを使えるとデュークは言いました。彼はそれを使って新兵訓練時代にスイキーを助けることに使用したことがあります。


「ははぁ、ワレさんは重力波の”遠当て”ができるのじゃな」


「へぇ、あれって遠当てという呼び方だったのですね」


 そう言ったデュークは「ではいきますね」と、重力波の発信装置である縮退炉とリンクしている喉のあたりを「こんな感じかなぁ」などと確かめ、圧縮された重力波の汽笛を放ちました。


「…………弾着、今」


 光と同じ速度で空間を駆け抜けた重力波はカモフラージュしているフネの頭の上でボン! と爆ぜ――


”単純な迷彩ですけれど、すごく効果的なカモフラですね!”


 という、いささか慇懃無礼なメッセージを放ちます。重力波の遠当てはきわめて強力なエネルギー源と高度な重力制御能力が求められる技であり、それを至近で炸裂させられるということは重ガンマ線レーザー砲であれば初弾必中が確実です。


 これはつまり「見えてるよ、次はキツイのを当てるからね」という脅しであり、潜んでいた海賊たちは「くそっ、位置がバレてやがる!」などと蜘蛛の子を散らすように逃げ去ってゆきました。


「まぁ、こんなものですかね」


「いやはや、お見事、お見事」


 手慣れた感じで軽く邪魔者を排除したデュークに、スズツキはもろ手を挙げて賞賛の言葉を掛けるのです。


「でも、ここらはまだあの程度の海賊団ですけれど、この先にはもっと危険度の高い奴らがいるのですよね?」


「まぁ、そうじゃな。マクー海賊団を筆頭にな」


 宇宙海賊もピンキリであり、辺境の奥底には共生宇宙軍と伍すような輩もゴロゴロと存在しているのでした。


「ううむ、ナワリンとペトラが心配だなぁ」


「同期の艦娘嬢ちゃんたちは、先遣隊に配属じゃったな?」


 デュークが心配するのですが、スズツキは「討伐艦隊の露払いを任されるようなフネじゃ、心配あるまぁて」と笑みを浮かべてこう続けます。


「片方はアームドフラウ氏族じゃったな? 龍骨こころまで武装する甲鉄の乙女なんじゃ、心配するだけ損じゃよ」


 スズツキ曰く――「さぁ楽しい楽しい海賊狩りよ! 素敵なパーティー血祭りにしたいわね!」とか言って高速ドリフトしながらえげつない角度で突撃をかますッポイ駆逐艦やら、「戦艦って強いんだろ? あたいワクワクしてきたぞ!」とか言って重装甲の戦艦に紙装甲のまま突撃をかますどこぞの戦闘民族みたいな軽巡とか、「フハハハハハハ、重巡はひかぬ、こびぬ、かえりみぬ! 敵は全て下郎よ!」とか言ってノーガードで突撃をかます重巡洋艦とか――がいるそうです。


「うわぁ、アームドの女性陣って噂に聞いたとおりなんだなぁ。でも、ナワリンってそこまで脳筋な感じでもないんですけど」


「なに、ワレさんの前ではネコを被っておるんじゃよ」


 世慣れたスズツキはあったこともないナワリンとデュークの関係をすでに見切っており「ノハハハハハ!」となんだか小気味いい調子で呵々大笑しました。


「もう片方は、メルチャント出身の重巡じゃな」


 スズツキは「1年に1隻くらいしか産まれんメルチャントの軍艦型は特別なんじゃ」と言いました。実のところ、メルチャントの軍艦型は、同サイズの龍骨の民と比べると性能が30パーセント位高かったりします。


「へぇ、そうだったのですねぇ」


 デュークは超大型戦艦ですからあまり気になったことはないのですが「確かにナワリンと同じくらい弾幕を張ったりしているなぁ」などと思いました。


「二隻とも戦力は十分ですけれど、今回は艦の性能よりも指揮官としての才覚が求められているわけですから」


「なるほど、二隻の嬢ちゃんらが指揮官としてやれるのかが心配なのか……」


「いえ、実は戦術シミュレーションの成績は僕よりも上なんです。だから調子に乗ってとんでもないことしでかしてないかなぁ……って心配なんです」


 中央士官学校のシミュレーション訓練においてデュークの成績は上の中と言ったところですが、ナワリン達は上の上――でも、積極的に過ぎて少し斜め上な戦術を取る傾向がありました。そして討伐艦隊の最前線ではデュークの心配が見事に的中することになるのです。

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