第375話 少尉とベテラン下士官

 辺境航路の脇道へ二つばかり踏み込んだ星系にて――


「辺境のメインストリームでさえもメチャンコ危ないのに、二つ奥に踏み込んだここらの宙域めっさヤバすぎだわぁ。あちらこちらに賊徒がいるじゃない」


 デューク率いる船団護衛隊の第三小隊軽巡洋艦レパード艦長パンテル少尉が盛大な溜息を洩らしていました。辺境の脇道に入れば入るほど凶暴な宇宙海賊や宇宙蛮族などの武装集団が存在し、隙あらばと狙ってくるのです。


「ここまでは威圧で何とかなってるからいいけれど……」


 基本的に共生宇宙軍はその技術的優位性や練度により、戦わずしてそれらの武装集団を退けていますが、脇道をさらに進めば「共生宇宙軍だってかまわず食っちまうド!」とか「ヒャッハー! 俺様の縄張りを荒らすやつらは何人たりとも通さねぇ!」というようなメンタリティの集団だっているでしょう。


「うううう……」


 パンテルは頭のケモミミをペタンとさせるのも仕方がありません。なにせ――「殺す! 奪う! 犯す! 楽しもうぜ!」がモットーのエンジョイでエキサイティングな奴らとか、「イアイアなんちゃら、これから毎日神様に生贄を捧げようぜ!」とかのたまう暗黒の邪神教団が存在する修羅の国とか、死国やら、人外魔境とも言われる宙域ですから、お散歩気分とはいかないのです。


「めっさ不安だわ……」


 とはいえ、指揮官が怯えたような独り言を紡ぎ続けているのは指揮系統的に大変問題のある行為ですから――


「艦長」


 すぐ横に座っている戦術オペレーターのシュヴァルツ曹長――彫の深い顔立ちをした筋骨隆々のウマ族が小さな声で「声が漏れています」と注意することになります。


「あ、ごめんなさい」


「艦長はこんな辺境の奥地は初めてでしょうから仕方がありませんが、もう少し指揮官らしく頼みます」


「あっ、はい……」


 シュヴァルツ曹長はパンテルの部下ではありますが、辺境の奥深くに分け入ったこと数度というベテランで事実上の御守り役教育係なものですから、パンテルは素直に口を閉ざします。


「少しリラックスしてください。宇宙を俯瞰して、視野を広げるようにするのです」


「宇宙を俯瞰して、視野を広く……」


 パンテルは深呼吸をして肩の力を抜くと艦橋をひとしきり眺め、次に艦外の空間を広くなめるように眺めます。


「視野を前だけでなく右左、下にも向けてください」


「ええと、こんな感じかしら」


「そうそうそんな感じです」


「あ、なんだか少し緊張が少なくなってきた感じだわ」


 パンテルを見守るシュヴァルツは「まだまだヒヨっこだが、素直なところは評価できるかな」などと、いささか教師めいた思いを抱きました。


 そしてパンテルが目をグリグリと動かして全周囲を見渡していると――


「うにゃん?」


 突然ネコ科のご先祖様のような言葉を発し、長さを持つ髭をピクリとさせ、背筋と尻尾をピンと立てるのです。


「どうされました艦長?」


「ええと、なにか変なプレッシャーを感じたのよ。なんだか下の方がとても”やな感”じなのよ」


「”やな感じ”ですか?」


「私一応サイキックだから」


 パンテルは危険を察知する能力だけはかなりのもので、それは種族的なものとサイキック能力に基づいているのです。


「でも、サイキック検定はD級レベルなのよね。外れも多いのよ」


 サイキック検定とは共生知生体連合思念波協会が主催する思念波能力の検定試験でG級からS級までの階層を判別するためのものでした。D級はそれなりにの力はあるのですが、精度に問題があったりします。


「だから山勘とか女の勘ってレベルなんだけど」


「ふむ……」


 そう言ったシュヴァルツ曹長は大きなウマ耳を傾け「それで下の方とは具体的に?」と尋ねます。


「ええと、船団前方左9時の方角、第一小隊の警戒ラインの下の方ね。惑星公転面から外れた――天底方面に近いわ」


「ほぉ、えらく具体的ですな……ふむ、気になるなら確かめるべきです。ここは辺境だから何事も慎重なほうがよろしい。それに女の勘ってやつは宇宙じゃ無視しちゃぁいけません」


 共生宇宙軍にはそのようなジンクスがあり、歴戦の船乗りであるシュヴァルツはパンテルが察知したと思われるものを確かめるべきだと言いました。


「まずは中隊本部へ報告ですな。先にスズツキ准尉に相談してみてはいかがでしょう。すでにリンクは繋ぎました」


「し、仕事が早いわね曹長」


 パンテルが「ありがとう曹長」と言うと、シュヴァルツは「なに、これもお役目なれば」と苦笑いを浮かべました。新米少尉のサポート役は大抵においてこのようなベテラン下士官の仕事なのです。

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