第377話 星系強襲上陸 その1

 さて、デュークが野良海賊をどやしつけていたころ、共生宇宙軍討伐艦隊の先端はすでに目標たる宇宙海賊団マクーの根拠地があるとされる星系に取りつつあり、「先行させた次元潜航艇から入電、星系外縁部には敵性の艦艇群200隻による要撃体制を確認」という報告を受けています。


「ふむ……」


 報告を聞いたメリノー・ジュニア按察官は「さすがに察知されていましたか」と呟きました。彼の率いる討伐艦隊は秘匿行動により可能な限り足取りを掴ませないように努めてきましたが、根拠地へのスターライン航法は大規模なものであり、さすがに察知されているのです。


「按察官殿、前衛で200、あと600隻くらいは後詰にいそうだぎゃ」


 情報を吟味しそのように伝えて来たのは按察官の幕僚であるハバシ准将――辺境星域出身でありながら現地採用により共生宇宙軍に入隊し、異例の出世を遂げたサル顔の男でした。


「ハバシ准将さんのみたてならば、予想より多いですな」


「せやな、こいつはちっとばかし手がかかりそうだぎゃ」


 ハバシ准将は辺境上がりとはいえ戦歴30年ほどの武人ですから、その経験から来る予測はかなり正確なものと言えましょう。なお、彼の口調は大変無礼に感じるかもしれませんが、明確な敬語が存在していない言語を持つ種族なのです。


「フネの他に対消滅・核融合機雷群など多数との報告もありゃぁす。先行する部隊は難儀なことだがや」


「でしょうね」


 ハバシ准将の言葉にメリノー按察官は軽く首肯しつつ「ですが、それは想定内のことですからね」と言ってからこう尋ねます。


「第一陣、スターラインを最初に終える部隊は、あと数分後にジャンプアウトする計算ですな?」


「せや、重装甲の戦艦と重巡で固めた部隊が一番乗りとなりゃぁす。あの龍骨の民の士官候補生ナワリンとペトラも含まれとるがな」


 ハバシ准将は「最前線に投入されて部隊指揮をする士官候補生――大層難儀なことだがや」と口の端を歪ませます。彼の感覚では艦齢5年弱でそんな大任を任されるというのは大変を通り越して「無茶やがな」と言う感触でした。


「ははっ、ハバシ准将さん、心配はご無用。龍骨の民は強い、それにフネなのですから新型のほうが性能も高いのです」


「まぁ、たしかにそうだがね。だども、指揮官としての実地試験が星系強襲上陸って言うのはどうなんだぎゃ?」


「問題ありません」


 メリノー按察官は「リリィ先生、そうですよね?」と言いつつ、傍らに控えていた中央士官学校のリリィ教官――臨時に討伐艦隊本部付きになっているアライグマに尋ねました。


「はい、彼女たちは私の教え子ですから」


 リリィはそう言いながら、両の手をスリスリさせつつ「言ってはなんですが、出来る子たちですわ!」と愛らしく微笑みます。


「ほら、中央の先生のお墨付きがでましたよ。それに第一陣は増強戦闘大隊――艦隊でも最も重装備の艦艇を集めた精鋭で部隊指揮官も優秀じゃないですか」


「まぁ、それはそうだがね……」


 彼らが、そんな会話をしていると――


「第一陣より入電、我スターライン航法を完了だそうだぎゃ。現在、星系内航行に移行し、周辺を観測中――うぉっ、すごい空間雑音だぎゃ!?」


 第一陣が星系外縁部に到達し周辺観測を始めたと同時に大量のノイズが発生し、星間レーダーやらセンサをビシバシと叩きました。


「海賊団の機雷源が起動した模様、熱線と放射線がすごいことになっとる。断片効果の範囲をだすぎゃ!」


 ハバシ准将がタカタカと端末を叩くと、司令部のスクリーンに大小さまざまな円――機雷源の爆発範囲が描かれます。


「どえりゃー手酷い有様だぎゃ、想定の4割増しの上、ステルス機雷までふくまれとるでよ」


 共生宇宙軍の侵攻を察知したバクー海賊団がその初撃において大規模な空間機雷源を設置して要撃する腹積もりと言うのは想定の範囲内でしたが、その規模は共生宇宙軍の予想をはるかに超える物でした。


「これだと現場は大混乱に違いないぎゃ。後詰の手当を始めるでよ」


 ハバシ准将は機雷源の規模とその爆発効果から、想定される損害を予想し統制が崩壊していなければいいがと眉を顰め、事後の対策に取り組み始めるのですが――


「第一陣の艦隊ネットワーク回復、現状報告きました」


「なになに、我、損害中破3小破5――むむぅ損害は意外に少ない……いや、第一陣の増強戦闘大隊の旗艦に被弾――大隊長重症だがや⁈ 指揮系統は第一中隊長に移譲されとるか? あ、いかんがや、乗艦の艦載AIに不具合発生だぎゃ!」


 事前に地雷原は察知していたのですが、ステルス機雷が含まれていた上に数が多く、その上の爆発の当たり所が悪くて大隊長以下第一中隊長までが指揮命令機能を喪失しています。これはかなり珍しい戦闘状況ですが、戦闘それ自体はいつなにが起きるかわからない戦場の霧の中になるため、仕方がないことでしょう。


「となると指揮権は現在は――」


 報告の続きを見たハバシ准将は「ありゃありゃ」と目を剥くことになるのです。


「指揮権は現在、戦艦ナワリンと重巡ペトラが執っているだがや」


 増強戦闘大隊トップの負傷で自動的に指揮権が下の位の将校――ナワリン達中隊長への移譲が発動した模様です。


「こりゃいかん、娘っ子たちでは統制が執れんぎゃ!」


 中隊長――新米どころか任官前の候補生には荷が重すぎると判断したハバシ准将は「第二陣の到着を急がせるぎゃ!」と指示を出しました。


「ハバシ准将、第二陣を急行させるのは良いとして、第一陣の統制は?」


「そらどえりゃぁ大混乱に違いない――って、え⁈」


 そこで第一陣の状況についてメリノーが尋ねると、「それほど悪くないぎゃ?」と、ハバシ准将は自分の目を疑う事になるのです。


「第二中隊が前衛に、第三中隊が中央に入って、損害の大きい第一中隊が後衛に……おおぅ、統制が完全に取れているがね。あの士官候補生達、上手い事やっとるで」


「ほほぉ、やるじゃないか。さすが中央士官学校の学生さんだ、恐れ入ったねェ! 見事な指揮ぶりじゃないですかリリィ先生――」


「彼女達は修羅場を潜ってますから」


 リリィが「ね、出来る子たちでしょう」と微笑むと、メリノー按察官は「先生のおっしゃる通りですな、ベェェェェェェ!」と破顔一笑、ご満悦となります。傍らのハバシ准将は「なんと手慣れたもんだがね。あの娘っ子らがやっているとは思えないだがに」と呆れる位、ナワリン達は上手い事部隊の統制を維持しし続けていました。


「続報だがね。我、戦闘継続に支障なし。現在周囲を警戒しつつ機雷源を掃宙中」


 ナワリン達は重ガンマ線レーザーを吐き出して周囲の機雷を叩き始めています。


「第二陣の到着まであと10分だがね、このままなら――」


 などとハバシ准将は目算を立てるのですが、そこで一瞬「うっ」と声を詰まらせ「敵艦が前進しているぎゃ! このままだと物の数分で集中砲火を浴びることになるがや!」と言いました。


「損害を無視して前進し縦深を確保して戦列を構築させるべきですかな?」


「いや、機雷源の存在が邪魔で、動きがとれんはずだがね。このままだと本当に手酷いことになるでよ」


 星系強襲とは敵前上陸の様なものであり、第一陣は進むにせよと止まるにせよそれなりの損害が出る物ですが、そして目の前にまだ機雷源がある上、反上陸部隊をぶつけられる寸前――並みの指揮官であれば「もう無理だ、御しまいだぁ!」と拳を大地に叩きつけながら嘆き悲しむような非常にマズイ状況です。


「それが前提の部隊だがねぇ……」


 ハバシ准将は奥歯を噛みしめ「すまんなぁ、ここは耐えてくれとしかいえん」などと呟き、拳をギリリと握りしめ、血涙すら流しそうな表情でグっとこらえるのですが――


「あらあら、大変なことになったわねぇ」


 そんな彼とは正反対に脇に控えるリリィは微笑みを見せるものですから「あんたなァ、教え子がえらいことになっとるのに……」とめっさ憤るのでした。でも――


「問題ありません。むしろこの後が楽しみですわ」


「た、楽しみってな、どういう心胆だがね⁈」


 リリィがなんとも変な事を言う物ですから、「中央の先生は頭良いけど、頭おかしいんと違うか?」などととハバシ准将は思いました。でも、彼はリリィの口の両端がニンマリと――いえ、グワシッと吊り上がり肉食獣の笑み――攻撃性を露わにしていることにも気付きます。


「そろそろナワリン達から連絡があるはずですわ」


「はっ?」


 そこでハバシ准将は第一陣から極秘電が入っていることに気付きます。 


「撤退の許可でも取るつもり……だが、それは許されないがや……」


 などと思うのも仕方がありません。状況は最悪であり「司令部は何をやっている!」とか「俺達は見捨てられたんだ!」やら「死んだら呪ってやる!」とか司令部に対する罵詈雑言が綴られていても仕方がないのです。ですが――


「ええと……なぬ? 我、橋頭保の拡大のため敵艦への攻撃を敢行す?」


 第一陣から現在の状況で攻勢に出るという入電があり、彼は「ななっ⁈」と驚嘆の声を上げました。


「これは無茶だがや! そもそもそれができるのかいなっ⁈」


 このような場合、防御に徹し現場を確保するのがセオリーであり、ハバシ准将が声を荒げるのも無理はないのですが、リリィは軽い調子で「できます」と断言しました。


「しかし……常道策を無視というのはどうなんだぎゃ?」


「ま、型破りとはいえますね」


 両の手をスリスリさせながらリリィは「ですが中央士官学校の学生にとって、セオリーとは破るものなのです」とシレっとした表情で言ったのです。

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