第378話 星系強襲上陸 その2

 時は少しばかりさかのぼり――――


「くひひひ、やつら機雷源にハマりやがった!」

「燃えろ燃えろぉ――汚物は消毒だぁぁぁぁ!」

「バクー海賊団をなめるんじゃねぇぇぇぇぇ!」


 共生宇宙軍の第一陣が到着するや否や、核融合弾頭やら対消滅弾頭が次々に爆発し、激しい熱量と放射線をまき散らしています。それを海賊団の要撃部隊が高みの見物とばかりに、いかにも海賊っぽい蛮声ヒャッハー!を上げていました。


 ただこれらの言動は、いわゆるバクーの下層兵員たちの物であり、星系防衛にあたる海賊団の中枢指揮所ではもう少し落ち着いた会話がなされています。


「初撃は成功、かなりの打撃を与えていますわ」


 漆黒の硬質な肌を持つ美貌の参謀インサーヌが、対消滅と核融合の爆発範囲を確かめ、共生宇宙軍に少なからぬ打撃を与えたことを口にしました。


「よし、これらなやれるな」


 インサーヌの言葉に首肯したのはダマラッシャ宙将――この星系および周辺の星域を任されているマクーの大都督――彼は「共生宇宙軍の辺境艦隊とは言え、彼らに伍することができるとはな」と、その端正な顔立ちに感慨深げな表情を浮かべます。


「長年の積み重ねが実ったというべきか」


「ええ、星の世界に再び進んで恒星間航行技術を再発明してから1,000年はかかりましたからね」


 マクー海賊団は創設以来2万6千年の歴史を持っている、それは彼らのルーツである鉱物生命種族が持つ過去から数えての数字でした。


 実のところ彼らの先祖は往時はこの銀河において帝国と呼べるほどの勢力を誇った種族でしたが、銀河級災害により母星であるバクーともども大崩壊を起こし没落していたのです。


「我らの父祖は銀河を放浪し、新たなる母星ネオ・バクーを得た」


「ええ、新たな母星――そこでコツコツとその勢力を再建し、星の政界にふたたび躍り出てからが1,000年」


「周囲の星系を強奪しつつ、ここまで来た。最早我らは収奪組織ではなく、国家としての体裁、十分な統治機構を備えておる――だが、今も昔も海賊スタイルというのは伝統というものなのだろうか?」


 ダマラッシャ宙将は自らの姿を顧み、微苦笑を浮かべます。彼の来ている衣裳は黒い外側に赤いうち罰と言った古めかしいマント、髑髏のシンボルのをあしらった上着、頭には髑髏の海賊帽、ベルトには古風なマスケット銃をぶち込むといった宇宙の軍人というより、海賊の頭目というべきものでした。


「お似合いですわよ。それに私はこういうの嫌いじゃありません」


 インサーヌといえば、黒いベールを頭から纏い、カラダはタイトにフィットした強化スーツ、腰にはサーベルを佩くという、バクーの伝統的な女海賊のスタイルをしています。


「ふむ、我らはどこまでいっても海賊なんだな」


 そう言ったダマラッシャは「俺たちゃ海賊、俺たちゃ海賊」と、端正な顔を崩しながらどこぞの海賊歌のようなもの歌ってから、こうも続けます。


「だが、縮退炉搭載艦で揃えた海賊だ」


「ええ、揃えるのに時間がかかりましたが」


 そう言ったインサーヌは「これならば恒星間勢力として銀河中枢の勢力とも戦えます」と断言しました。辺境では超光速航行技術はともかく、エネルギー源としては対消滅炉が一般的で、銀河中央の恒星間勢力の技術には数段の格差があったのですが、バクーはすでに縮退技術を確立しつつあるのです。


「まさに科学は力なりだ」


 ダマラッシャ宙将が黒檀のような色見を持つ顔に不敵な笑みを浮かべながら「帝国には、お前の様な科学者や技術者がもっと必要だ」と続けると、海賊艦隊の参謀兼技術将校インサーヌはその美貌に嫣然とした微笑みを浮かべて「はい」と頷きました。


「ところで兵の士気はどうだ?」


「それは、こちらを」


 そう端的に言ったインサーヌがおもむろに手元の端末を叩くと――

 

「機雷が効果を発揮しているぞ、俺達でもやれるんだぁぁぁぁ!」

「万歳、万歳、帝王ドン・ボラーばんざぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!」

「いけるぞ、いけるぞ! 共生宇宙軍恐れるに足らずぅぅぅっ!」


 というようなセリフが浮かび上がります。これは各艦の要員たちが放つ言葉を艦隊ネットワークで拾い、スピーチマインニングしてまとめたものです。


「意気軒高ですわね。これならば正面切っての艦隊戦もやれるでしょう」


「ふっ、辺境中心航路で共生宇宙軍にであったならば、尻に帆を掛けて逃げ出すところだがな」


「ええ、あの共生宇宙軍相手ですからね」


 辺境における共生宇宙軍の戦力は限られたものであり、その実力は現地勢力を圧倒しており、これに対抗するにはこれまでのバクー陣営であればゲリラ戦や海賊的な行動を用いる他ありませんでした。


「だが、根拠地星系の一つを発見されたとなれば別だ。全力でこれを撃退するだけではない――いずれは逆侵攻も視野にいれねばならんのだ」


 バクー海賊帝国はすでに恒星間勢力としての力を備えつつあり、収奪帝国として性質上、勢力を拡大するためには辺境の中央航路を抑え、さらなる飛躍を図る必要があったのです。それを肯定するようにダマラッシャは「すでに期は熟した」と言いました。


「すでにドン・ボラー陛下のご聖断は下ったのだ」


「はい、バルドー殿下の失態が発端でしたが――」


 インサーヌは失態というところを強調しつつホホホホとあざ笑うような笑みを浮かべました。それを聞いたダマラッシャは「おい、不敬罪にあたるぞ」と苦笑しながらこう続けます。


「経緯はどうであろうとも、バクーの拡大のためには共生知生体連合との戦は避けられん。そしてこの機会である、ここでやらずしていつやるのか、というところだな」


 そう言ったダマラッシャは「今であろう!」と言わんばかりに目をギラリとさせるのです。それは他の人がしたら”ものすごいドヤ顔”と言うべきものでしたが、彼は鉱物型種族としては相当な美丈夫イケメンですから鼻にも付きません。インサーヌはそんなダマラッシャの力強さと端正さを兼ね添えた横顔を眺め、少しばかりうっとりとした表情になってから、こう続けます。


「おっしゃるとおりですわ。きゃつらから、わざわざ攻め込んでくる――しかもそれが分かっておりましたから、”仕込み”の時間は十分に取れています」


「うむ」


 デュークが海賊帝国の皇子バルドーのフネに仕掛けた量子ビーコンにより、海賊帝国の根拠地が露呈しているのですが、そのことは帝国も逆解析によって察知しており、必要な準備期間が与えられていたのです。


「今こそバクーの力を銀河に示す時ですわ、閣下」


「うむ、共生を強制するあの連合とやらを血祭に上げてやろうぞ。敵軍の橋頭保へ向けて艦隊を前進させよ!」


 ダマラッシャはそう力強く、宣言しました。このようにして海賊帝国バクーは、辺境の海賊というより恒星間勢力の正規艦隊のような戦力と戦術を用いて、共生宇宙軍の鼻っ柱を叩きつつあったのです。

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少年戦艦デューク~生きている宇宙船の物語~ 有音 凍 @d-taisa

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