第219話 各艦艇では

 時は、カークライト提督が連合航宙法の制限解除とオーバーブーストの開始を命じところに戻ります。アーナンケを推進している艦艇では、司令部が発動したコマンドに対して様々な反応が生じていました。


「計画通りとはいえ、縮退炉を暴走寸前まで加熱し、連続5時間のオーバーブーストですか」

 

 700メートル級戦艦トンブリの艦橋で航海長のクルンテープ・マハーナコーン少佐が「本艦には荷が重いですねぇ」と、ぼやきました。


「さすがにガタがきておるからの。もう、本艦と同級のフネは100隻も無いはずだて」


 副長のアモーンラッタナ・コーシン中佐が、「龍骨の民ならば引退するところだろうて」と言いました。トンブリは2世代ほど前に共生宇宙軍の標準戦艦を務めていたラタナコシンドラ級標準戦艦を改設計したかなり古いフネだったのです。


「そうそう、このフネ。ティラピⅠ改装からこのかた、ティラピアⅩ改装と、何度も大改装されていますが、どこか調子が悪いんですよねぇ」


「やはり第八次改装が良くなかったのかもしれないの。それに機関を入れ替えたといっても、全体として劣化が進んでおるからな」


 トンブリはその拡張性の高さから数多くの大改装を受け、機関出力は新鋭艦と同じものになっていましたが、目に見えない様々な部分で老朽化が進んでいるのです。


 航海長と副長は「さてはて、どうなることやら」とそれぞれ口にするのですが――


「ははは、諸君、面倒な事は気にしないのが長生きの秘訣だぞ!」


 定年間近の共生宇宙軍士官であるトンブリ艦長のマヒンタラー・ユッタヤー大佐が快活な笑みを浮かべながら、明るい口調で高らかに宣言しました。


「ま、ちょいときついのは確かだが――」


 大佐は戦艦トンブリをオーバーブーストで酷使すれば、かなりの確率で損傷すると知っています。彼は自分の軍歴以上の年数を戦い抜いてきた戦艦に大変な親しみを持っていますから、本当はそれを避けたいはずでした。


「大丈夫、なんとかなるさ!」


 見るものを全て釣りこむような素敵な笑みを浮かべたユッタヤー大佐のもと、クルー達は艦をオーバーブースト状態に移行させました。その艦長の性格から「笑う戦艦」の異名を持つトンブリが、アーナンケの速度を更に上げるのです。


 トンブリのすぐ横で、こちらも舳先をアーナンケに押し付けている艦がありました。その風貌は他の艦とはかなり違ったもので、軍艦には不要と思われる大きな柱や、ゴテゴテした装飾が艦橋周りを取り巻き、屋根を持ったお廟のような建築物のような風貌を持っているのです。


 大変に賑やかな感じのあるその艦は、共生知性体連合内で幅広い信仰を集める大教団が共生宇宙軍に寄付した艦艇でした。その教団の名前はドンファン・ブバイ――銀河東方に存在する共生知性体連合の守り神を主神として崇めている組織であり、共生宇宙軍の軍人達に根強い人気を集めています。


 その教団が寄付している艦艇ですから、その艦は共生宇宙軍艦艇としてだけではなく、信仰の拠り所としての戦場教会コンバット・チャーチとしての機能を持っていました。そして、寄付艦の乗組員はおおよそ教団員で構成されているのです。


「常在戦場ぉ、見敵必殺ぅ、疾風迅雷ぃ、不撓不屈ぅ、明鏡止水ぃ――喝っ!」


 その艦――神廟艦とも称される重巡洋艦クイフォア・ホウデンの機関室では、きらびやかな袈裟の如き艦内服をまとった教団の僧伽達が祝詞やお経を唱えていました。彼らはその崇める神が縮退炉にある事象の地平線の先に存在するという教義をもっていますから、機関室でこのようなミサを執り行っているのです。


 その中心にあって、ひときわ良い声でお経を唱えているのは、ドンファン・ブバイの高僧――チェシャネコ族のトクシン和尚でした。彼はまんまるとした福々しい顔に厳しさと優しさが同居する、見るからに懐の深さを感じる人物です。


「和尚様、和尚様!」


 その彼のところに、伝令である小僧が飛び込んできました。彼は垂れた短型の鼻を持つ、マスティフ族と呼ばれるイヌ型種族であり、年少の身ながら大変に大きな体躯を誇っています。


「ハッハッハ――――!」


「にゃごにゃご、慌ててどうしたのだ、パークーよ」


 ハッハッハと舌を出している大きなイヌの小僧に、和尚は「落ち着いて話しなさい」と緩やかな口調で尋ねました。


「司令部から命令が届きました! 釜を焼き付かせろ、です!」


にゃごにゃごそうかそうか――――」

 

 ワフワフと報告する小僧の言葉に、トクシン和尚は目を細めて「重畳重畳」と満面の笑みを浮かべました。


「では、早速はじめようかのぉ。パークーよ、一番大きな神具を持って来なさい」


「はい」


 和尚に命じられたパークーは壁に掛けてある巨大な神具――なにやら豪奢な作りの巨大な得物をえっちらおっちらと運んできます。それは指し渡りが3メートルもあるもので、先に直径50センチほどの金属塊がついたものでした。


「こお、この神具、お、重いですぅ――――」


 大型のイヌ型種族であるパークーは、標準的なヒューマノイドの数倍になる力を持っています。その彼がフラフラになるような重量がその神具にはありました。おそらく軽く1トンは超えるような、いえそれ以上の重量がありそうな代物なのです。


「早くお渡しなさい」


 和尚はパークーが持って来た神具――巨大なハンマーを片手で軽々と持ち上げました。実のところ和尚はネコといっても、一種の思念波に優れた不定形生命体であり、大型重機並の力を持っているのです。


「うむ、しっくりくるの」

 

 和尚は相当の重量があるハンマを軽々と振り回しながら、目の前にある巨大な黒い球体を見つめます。まんまるで大変大きな彼の瞳に映るのは、宇宙船の心臓――縮退炉でした。


「我が神ドンファン・ブバイ様――ドンファン・ブバイ様――お力、お借りしたしますぞ……」


 そう言った和尚は、目の前にそびえる黒黒としたブランケット――縮退炉を保護するそれに、巨大なハンマーを叩きつけました。それは一度限りではなく、二度三度と続き、止まることを知りません。


「トクシン様の乱れ打ちだ――! リミッターが解除されるぞ!」


 トクシン和尚は、巨大なハンマーを振り続け、縮退炉のリミッターを手当たり次第に壊しているのです。


「戦場神ドンファン・ブバイよ、ご照覧あれ――――! カァアッァアァァアツ!」


「ええい、艦長に続け――――!」


 トクシン和尚は功徳を積んだ大変に偉い方であり、教主に次ぐ三大冥王と呼ばれる地位にあり、かつこの艦の艦長でもありました。その彼が率先して、リミッターをぶっ壊し始めたので、お坊さんたち――艦のクルーたちも同じようにして解除作業に取り掛かったのです。


 まったく、手荒い解除方法もあったものです。


 所変わり、戦艦デウスの艦橋では、艦長兼第一打撃戦隊指揮官のティトー准将が、ワイングラスを傾けながら司令部の命令を確かめていました。


「フハハハ、リミッターを解除してオーバーブーストとは、やるではないかカークライト」


 種族的に青白いが特徴である彼は、不敵な笑みを見せながらなおもワイングラスをもてあそびつつ、こう言います。


「では諸君――――始め給え」


 准将が顎をクイッとあげると、縮退炉のリミッターが解除がされ、艦全体にブルブルとした大きな振動が発生し始めました。


「ふっ、力強く――心地よい振動だ。さすがは”波動コア”と言うべきか」


 艦長は口元を歪ませワイングラスを高らかに掲げると、副長を始めとした部下達が笑みを浮かべながら「そうですな」「たしかに」「左様で」などと、笑みを浮かべながら相槌を打つのです。


 その様子を見ていたクルーの一人が首をかしげながら同僚に尋ねます。彼はこれまでの戦いで損傷艦した艦艇から戦艦デウスに差し回されてきた新顔の中尉でした。


「何だよあの准将、どこか変だぞ……それに本艦のエンジンって縮退炉だよな?」

「お前、説明を受けていなかったのか?」

「どういうことだ?」

「あれは、病気なんだ。心のな」

「えっ?!」

「ティトー准将は、自分のことを別の宇宙から転生したと思い込んでいるんだ」

「はぁ……?」

「だから、彼のことは総統と呼ぶんだぞ。前世はそうだったという、設定なんだ」

「せ、設定……」

「あれ以外は相当に有能なのは間違いないんだ。総統だけにな――いいから、黙って合わせとけよ」


 訳知り顔の古参のクルーは「ちゃんと総統って呼ばないと、我軍に無粋な者は不要だとか言われて、営倉ゆきだからな」と釘を指したのです。


 長年の戦場経験でメンタルブレイクしているのか、はたまた本当にそうなのかは誰にもわかりません。でも、”苦笑い”を浮かべた部下たちに囲まれてご満悦な艦長総統閣下の指揮のもと、双胴戦艦デウスは艦首を更に押しつぶしながら、アーナンケをさらなる大加速にいざなったことは間違いないのです。

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