第85話 休日 前編

「ボンクラどもぉぉぉぉっ! 訓練所から10キロ以上離れるなよ!  17:00には戻れ! それから本日食堂は休業だ! 食事は各自PX《売店》で購入してしのげ!」


 休日は早朝のランニングもありませんでした。朝食後にゴローロ軍曹が休日の過ごし方について叫んだあとは、自由時間となるのです。


「それじゃいこうか!」


 久方ぶりにフネの仲間に会おうと、スイキーとマナカたちを連れだって、デュークが宿舎を飛び出しました。


「あらやだ、休日まで走り込んでいる人たちがいるわ」


 あたりを見回すと、他の新兵たちも同じようにして外に出て、思い思いの休日を過ごしているのですが、イヌ、ネコ、トラ、ウマなどの四足系の種族たちは、元気いっぱい道路を駆け抜けているのです。訓練所の入り口の方に向かっているので、野外を駆け巡りに行くのでしょう。


「ま、そんな奴らは放っておけ。デュークのお仲間はどこにいるかな?」


「まだ、手帳の通信機能も制限されているわ。これは探すのが一苦労だわ。全部の宿舎を当たるしかないかもね」


 マナカが手帳型の端末をポチポチと押しながら、溜息をつきました。


「うーん、本体に入ればレーダーですぐ見つかるのになぁ」


 デュークはフネのミニチュアに備わった発信機で電波を飛ばしたり、クレーンを上げて微妙に角度を変えてみるのですが、ノイズ交じりの弱い電波しか感じることができません。訓練所にある妨害機ジャマーのせいで、すぐ近くの様子しか分からないのです。


「有意なシグナルを発見……あ、これは違うや、別の種族だなぁ」


 デュークが前の方から感じた電波は、金属のカラダを持ったロボット種族から流れていました。リズミカルに0と1の電波をポンポン! と放っているところを見ると、とても良いお天気なので、多分鼻歌でも歌っているのでしょう。


「まぁいいさ、宿舎を一つ一つ当たっていこうや」


 彼らは10個ほどもある宿舎を渡り歩きながら、3つ目の宿舎で、ナワリンとペーテルのプレートがある部屋を見つけました。


 でも、そこにはナワリン達はいないのです。中にいた人に尋ねると、どうやら二隻とも「デュークに会いに行く」とだけ言って飛び出したと言います。


「あらら、すれ違いねぇ……」


「デュークよ、お前の彼女たちだろぉ。行先くらい目星はつかんのか?」


「へぇぇぇ、フネのお友達ってデュークのガールフレンドだったの。可愛いナリして隅に置けないわねぇ」


 マナカがニヘラと笑いながら、デュークの白いお腹を突っつきます。


「彼女……?」


「こいつ、二隻も引き連れて訓練所にやってきたんだぜ……クワカカカ!」


「あら、そうなの? こやつ、こやつぅ」


 マナカが嬉しそうにさらにデュークのお腹を突っつきました。


「ちょと、突かないで……ただの仲間だよぉ。それに、ナワリンは女の子だけど、ペーテルは男の子だよ?」


「うん? 薄い桃ピンクの戦艦がナワリンだろ、商船のナリをしたのがペトラだったよな?」


「ペトラ? ペーテルの間違いだよ」


「おや、俺の聞き間違いかな? 声色の印象――女の子のように感じたんだがな。まぁ、他種族の性別って分かりにくいからなぁ」


 フリッパーを伸ばして頭をカリカリと掻くスイキーでした。


「そもそも他種族の性別って微妙よねぇ。私たちヒトから見たら、トリの性別もよくわからないわ」


「そりゃそうさ、俺らフリッパード・エンペラはオスもメスも同じ外見をしているからな。腹の中を見なけりゃわからんのだぜ。ほれ、見せてやろうか? クワワワワ」


 スイキーはクルリとおしりをマナカの方に見せようとするのです。飛べないトリペンギンの雌雄は、総排出腔――つまりおしりの穴の中を見なければわかりません。


「あんた、やっぱり、セクハラペンギンね。この馬鹿トリ、むしるわよ!」


「す、すまん」


 マナカが怖い目をして、羽根を毟り上げるような手つきをするので、スイキーは首をフリフリさせて謝りました。

 

「ふーむ、僕らの部屋に言ったかもね……」


「でもさ、あそこ、誰も残っていないから入れないぜ」


 キーターは日向ぼっこに、パシスは穴掘りに向かっています。


「となると、別の場所ね。デュークを探しているっていうなら、多分あなたが行きそうなところにいそうだわ。うーん、デュークって何するのが好き?」


「宇宙を飛ぶのと、食べる事!」


「宇宙には行けないから、じゃぁPXに行ってみましょう。今日は食堂がお休みだから、食べるものはあそこで買わないといけないわ」


「おっ、なるほど、そいつは名案だ!」


 PXとは、飲食物や日用品を買える軍隊の中のお店なのです。ナワリン達がそこにいるだろうと目星を付けた彼らは早速PXにむかうこととにしました。


 お店へ向かって歩きながら、スイキーがこんな事を言います。


「おい、手帳を見てみろ。PXに行ってメシを喰うっていっても、残高50クレジットしかないぜ……」


 スイキーは、手帳に表示された残高を見て、溜息をつきました。


「軍隊のPXは税金取られないから、それなりの買い物はできるわよ」


 50クレジットは、物価の優等生である鶏卵に換算して、200個くらいは買えるだけの価値があるとマナカは言いました。


「トリの卵で換算するなよ……」


「換算……ええと、そもそもこのクレジットってなんだろ?」


「お金よ、私達の一週間分の給料ね」


「給料……」


 デュークは超空間をフユツキに導かれたときに、サラリーやら、お金やらの概念を教えて貰いましたが、理解が龍骨から抜け落ちていたようです。


 実のところ、龍骨の民も連合の一員として経済活動に加わっているので、共生クレジットを使うことがあります。でも、龍骨の民という生き物は、通貨という概念が適当な生き物でした。


「仕事をするとお金で給料がもらえて、それを何かに変えて生活するのよ。訓練中もお給料がもらえるの」


「金は全てを支配するんだ! こいつは生命の次に大事なんだぜ! 畜生、軍隊は安月給だぜ!」


 スイキーたちは、共生宇宙軍における新兵の1か月のお給料は300クレジットと決まっているのだと教えました。これは、平均的な加盟種族の平均月収の10分の1ですから、かなり安いのです。


「でも、軍にいるあいだは生活費のほとんどが軍持ちだし。50クレジットもあれば、買い食いするには十分だわ。私は甘いものでも食べようかしら」


「ふむ、買い食いか――俺は生魚がくいてーな」


「そうか、給料とかお金っていうのは、ご飯になるんだ!」


 デュークはお金というものについて、ある意味正しい理解を得て「ご飯食べるぞ!」と喜び勇んで、PXに向かいました。


 デュークを始めとした新兵の休日の様子を、訓練所の中で一番高い建物の一室で、クエスチョン大佐が眺めながら、ゴローロ軍曹と会話をしています。


「新兵らは休日だね。君が見ている宿舎の状況はどうかな?」


「これまでのところ大きな問題もなく共生しとります」


「そう? そういえば、君のところに龍骨の民の少年がいるな?」


「デュークですな。特にこれといったこともなく、普通に訓練を受けていますが、なにかありましたか?」


「ふむ……ステーションの浮きドックでな、寝ながら資材をモリモリ食べているそうだ……」


「はぁ、龍骨の民らいしですなァ」


「しかし、その量が相当なものなのだ。訓練期間中の食費は、全部訓練所持ち。これが本体の分も、こちらの予算からでるというんだ。これでは予算が持たない――頭が痛いな」


「おや、大佐どののサイキック能力で頭痛など無効化すればよろしいのに?」


「物の例えだよ、軍曹――まぁ良い、そちらは艦隊本部に掛け合うとしよう」


 大佐は「はぁ……」と額に手を起きながら、ため息を漏らしました。デュークの食費は、実のところ一日あたり100万クレジットにも達していたのです。


 クエスチョン大佐が頭を抱えている中、デュークたちは大きな建物の中にあるPXに入っていました。


「うわぁ、結構な数の新兵がいるなぁ。ナワリン達はどこだろう?」


「まぁ、まずは食べ物を仕込んでから探そうぜ」


 売店はその名前の印象とは違って、かなりの大きさがあるホールになっており、その中心には大きな正方形の箱が10個ほど据えつけられていました。そして、そこに向かってたくさんの新兵たちが列を作って並んでいます。


「お、あいつは次元プリンターってやつだな。本物そっくりの物体を加工することができるんだ」


 多次元プリンタとは、物質を積み上げて品物を造る特殊な物質加工機で、様々な形の物体を作りだせる上に、中身も本物そっくりな動的な物体すら作ることができるものでした。


「よっしゃ、生魚を30クレジット分! 生きの良いのを頼むぜ! 生きの良いのをな!」


 スイキーが手帳をかざして、「生魚――! 生魚――!」とリクエストすると、箱がゴゴゴと大きく震えて、プシュリとした音を立てました。しばらくすると、側面が開いて中から品物が出てきます。


 それはお皿に乗った、ピチピチと動く、本物のような――”小魚”でした。


「だぁ! 小魚が1匹しか出てこねえっ!」


 スイキーはぴちぴちと動く小魚をつまみ上げて「俺の故郷じゃ、この10倍は買えるんだぞ!」と罵りました。


「動態模倣まで入れたら本物以上の値段になるに決まっているじゃない。動きがあるものはエネルギーを相当喰うのよ」


 動きのあるものを再現するには、結構なクレジットが必要なのです。マナカは同じようなクレジットで、ドーナツを20個ほども入手し「うわぁ食べ切れるかしら」などと言っています。


「おい、デュークも注文してみろや!」


「そうだね、僕は鉄を……10クレジットくらいかな」


 デュークの声に反応したプリンターは、ゴゴゴと震えずプシュリとも言わず、ただパカリと扉をあけました。中には、まったく加工されていない素材のままの鉄のインゴット10キログラム程置かれています。


「わーい、いっぱい出てきた――!」


 デュークは鉄の塊を取り上げて嬉し気に抱え上げました。


「うっへ、安いな」


「素材そのものだし、ありふれたマテリアルだからだわ。あ、あっちに、テーブルがあるから、座って食べましょう」


 売店の外側はいわゆるイートインになっていました。マナカが指さしたところには、100席ほどのテーブルが並んで、様々な知性体が食事を思い思いに食事を取っています。


「お、ここが空いてるぜ」


「ドーナツの他にも飲み物がほしいわねぇ。あ、ドリンクコーナーは無料なのね」


 そう言ったマナカはが「飲み物を取ってくるわ。何が良い?」と言うと、スイキーは「海水――いや、塩気の有るものならなんでもいいぜ」と告げ、デュークは「液体水素!」と答えます。


 そうして飲み物と食べ物をゲットした彼らが食事を取ろうとした時です、突然デュークが艦首をピーンとさせるのです。


「あれ、微弱なシグナルをキャッチしたぞ。これは識別符号だ!」


「お、ということは――」


「近くに仲間がいるのね!」


 デュークがフネが発するの識別符号を検知しました。通信制限がかかる訓練所内ではありましたが、あまりにも近距離にいるため、デュークのアンテナが検知することを許したのです。


「あそこだ!」


 そして、彼が電波の発信源に目を向けると、そこには確かに薄桃色をしたフネのミニチュアの姿があったのです。

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