第193話 激突

 デュークが後方を眺めます。


「デッカー大佐の部隊は……脱出ポイントを見つけたみたいだ。あれなら30分もあれば、全部通常空間に出られるぞ」


 デューク達が囮になることで、艦隊の多くは通常空間に逃れることができそうです。それを確認したデュークは改めて、巨大エーテル超獣を見据えます。


「ようそろ―――――ようそろ――!」


 彼はスラスタを小刻みに動かして、エーテル超獣に向けました。近づいてくる超獣は、その姿をどんどん大きくしていきます。


「うわぁ、ホント大きいな~~ボクが当たったら、弾かれちゃうよぉ~~」


「僕より大きな敵かぁ……」


「デュークよりデカイって、よっぽどよねぇ」


 エーテル超獣は形は様々で、不定形なものも多いのですが、デューク達に迫る巨大エーテル超獣は、やや硬質な印象のある頭についた口を前にして、表面の触手を揺らめかしながら、近づいてきました。


 周囲では、すでに他の艦たちが、数百メートル級エーテル超獣と激突しています。


「よし、艦外障壁で受け止めることができてるぞ!」


 激闘した衝撃の多くは艦外障壁で食い止められ、大型艦の厚い強固な装甲は、エーテル超獣を押し止めていました。


「次は君たちの番だ――――頼むぞ!」


 デュークに座乗するカークライト提督は、「総員、衝撃に備えろ」と指示を出しました。


「あと10秒…………艦外障壁全開――!」


 デュークが電磁波と重力波でつくる艦外障壁を艦首に集中させました。


「いくぞ――――!」


 そして、デュークと、巨大エーテル超獣が正面衝突します。するとバリバリバリバリバリバリ! という豪快な音が鳴りました。


「ぐあっ!」


 デュークと巨大超獣の運動エネルギーが相殺しあっています。そのエネルギーは大変なもので、デュークの龍骨をガタガタと震わせました。


「お、重い…………すごい勢いで艦外障壁の容量が減ってゆく!」


「まってて、今行くわ! 障壁全開ィ――――!」


「進路確認、左に当たれ~~!」


 そしてすぐに、艦外障壁による慣性制御が追いつかなくなりました。それを見たナワリンとペトラが艦首を立てながら吶喊します。


「おりゃァ―――――っ!」


「ごっつんこ~~~~っ!」


 ズシャァァァァァアァァ! ガリゴリガリ――――! ナワリンとペトラが衝突すると、激しい火花が巻き起こりました。


「くぅ…………!」


「とまれ――この化け物――――!」


「縮退炉緊急出力だ~~~~!」


 デューク達三隻は力を合わせて、巨大エーテル超獣の動きを止めようとします。質量で言えば彼ら三隻よりも大きな超獣ですが、推力とバリアが作り出す相殺力によって、次第に帳尻があってきました。


「よし、動きがとまったぞ!」


 デュークたちは、そのように体を投げ捨てるようにして、超獣の動きを止めたのですが――


「まだ終わっておらん!」


 ――カークライトが示したその先では、超獣のカラダに付いている触手がウニョリト動きめいて、デューク達の艦体に巻き付こうとしていたのです。それだけではなく、超獣はデュークの艦首にかじりつこうと大きな口を開けました。


「触るな――――! この変態ぃ――!」


「きしょいよぉ~~~~~!」


「くっ、クレーンで防ぐんだ!」


 デュークたちは、クレーンを振るって触手を防御します。デュークはバカでかい超獣の口に腕を突っ込み、閉じようとするそれを押しとどめました。


「こ、このぉっ!」


「よし、完全に動きを封じたぞ! デュークはそのまま口を押さえておけ。ナワリンとペトラは、そのまま本体に攻撃を与えろ!」


 カークライトは、龍骨の民に備わる実体兵器――”拳”を使えと命じました。


「よっっしゃ、喰らいなさい――――――!」


「アタァッ~~! アタタタッ~~! トリャ~~!」


 フレキシブルな構造を持つ龍骨の民の腕には、手首や手に相当する部分が存在し指が付いています。ナワリンとペトラは、それを強く握って、超獣のボディに叩き込みました。


「オラオラオラオラオラ――――ッ!」


「無駄無駄無駄無駄無駄ぁ~~!」


「えぐるように叩きつけろ! よしっ、いい角度だぞ! そうだ、ボディを打て! スタミナを奪え!」 


 ゴンゴンゴン! ナワリンたちの拳はその回転を増してゆきます。それらは超獣の体に確実にヒットしてゆきました。なにせ相手はバカでかいのです。


「ナワリン、悶絶ブローを食らわせてやれ! ペトラはチンを狙え、頭を揺らすんだ! フットワーク! フットワーク!」


「僕は手が動かないから、皆頑張って――!」


 カークライトは、どこぞの名伯楽のようなアドバイスを行いました。生きているフネの格闘戦に少しばかり興が乗ってしまったのです。


「おるぁ――――!」


「だららら~~~~!」


 ナワリンとペトラの拳は、エーテル超獣に強かにダメージを与えます。それを食らったエーテル超獣は、ズゾゾォォォォオオォオオォオォオオン! と、悲鳴を上げるのでした。


 ビシバシバシバシ、二隻の拳が振るわれるたびに、超獣の叫び声があがります。そして、超獣の口を必至に抑えているデュークの手が、ブルリと震えました。


「痙攣しているみたいだぞ?」


「うむ、相当効いてる! よし、もっとやれ、ナワリン、ペトラ! フットワーク! フットワーク! ワンツー! ワンツー!」


 カークライトが興に乗りながらも、超獣のダメージについて冷静な計算を行い、「続けろ!」と言いました。


「タコ殴りよぉ~~~~~! 触手がもげたわぁ。気持ち悪いわねぇ――あれ、もしかしたら、このままやっつけられるかも?」


「倒してしまってもかまわんのだろう~~? 行けそうな気がするぅ~~~~!」


 ナワリン達が、そんな楽観的な予測を龍骨に浮かべたその時です。


「なによこれ?」


「穴?」


 エーテル超獣のカラダに、パカバカバカバカバカ! と、穴が空いたのです。


「ふぇぇぇ、なんだこれ?」 


 デュークがヒョイとその一つを覗き込みます。すると、その中では、ウゾウゾと何かが蠢いているのがわかりました。


「な、中に、小さなエーテル超獣がいる?!」


 そして穴から、数m級の小型エーテル超獣が無数に湧き出して来ます。


「うわぁ――――!」


「な、なによこれ――――!」


「きしょいよぉ~~~~!」


 小さな超獣の群れはデュークのカラダめがけて殺到します。手の動かない彼の代わりにナワリンとペトラは腕を振るってはたき落とそうとするのですが、数が多すぎて対応しきれませんでした。


「いけない、司令部ユニットに取り付かれる!」


 デュークは取り付けられた艦上構造物――司令部ユニット防御しようと、近接防御火器で狙おうとしました。


「だめだ、角度が悪すぎる!」


 でも、射角がうまく取れないのでうまくいかなかったのです。


「司令部直属陸戦隊出動!」


 司令部ユニットでは、事態を察知したカークライトが陸戦隊の即時投入を始めました。エーテルの中に飛びだした彼らは携帯用の電磁レールキャノンなどを用いて戦闘を始めます。


「陸戦隊、撃ちまくれ!」


 ドン! 携帯ランチャーが火を吹き、弾頭が超獣の群れに飛び込むと、激しい爆発が巻き起こります。


「喰らえ化け物ども!」


 ダン! ダダダン! 共生宇宙軍制式ライフルから高速の弾丸が連続発射され、近づいてきた小型超獣を切り裂きました。


 しかし多勢に無勢とはこのこと、小型超獣は波のように押し寄せ、司令部ユニットを厚く包囲します。


「ええい、司令部からも戦闘要員を出せ!」


 敵の数があまりにも多いので、カークライトは、従兵や幕僚たちまでもを射撃戦に投入しました。共生宇宙軍の軍人は全て陸戦隊としての訓練を受けているのです。


「くるな、くるなぁ~~!」


 タタタタタタ! 従兵が手にした護衛用ウェポンから弾丸を発射しています。すでに、近距離兵器が効果を生むほどまで近づかれていました。


「爆裂徹甲弾を喰らえ!」


 ターン! ターン! 幕僚の一人が、私物のマウザー自動拳銃に爆裂徹甲弾を装填し、小気味良いリズムで射撃を繰り返しました。司令部ユニットの装甲板に取り付き、ハッチをこじ開けようとしていた超獣が爆散します。


 そのようにして、司令部ユニットを守る軍人たちはなんとか食い止めようと奮戦するのですが、戦況を見据えたカークライトは、「内部に撤退、総員艦内戦闘に備えよ」と後退し、バリケードの構築をせよと命じました。


「くっ、このままじゃジリ貧だ。近くに、手空きのフネはいないのか?!」 


 デュークは視覚素子を振って辺りを見回しますが、他の艦船はエーテル超獣を制動することで手一杯の様子で、助力を求めることができませんでした。


「ううう、せめて手が自由になれば……」


 デュークの腕を噛んでいる超獣の口は、万力のような力で彼のクレーンを抑えてこみ、なかなか離してくれません。動くことも出来ない彼は、必至に対策を考えました。


「活動体に乗って、司令部の助けに――――ああ、だめだ、それじゃ本体のコントロールが出来なくなる! ナワリン、ペトラなんとかならないのっ?」


「だめ、小さすぎるし、司令部ユニットに近すぎて火器が使えないわ!」


「触手が絡みついた~~~~きしょい~~~~!」


 ナワリンの火器は司令部ユニットに取り付いたミニ超獣を捉えることができませんでした。ペトラは知らないうちに触手に巻きつかれ「くっ、殺せ」などとのたまっています。


 そしてミニサイズの超獣は、司令部ユニットの装甲板を引き剥がし始めます。司令部ユニットへの侵入を覚悟したカークライトは「戦闘準備!」と言いました。


 すると、司令部ユニット有機的にリンクしているデュークにも痛みが伝わります。


「痛い!」


 デュークは超獣の口から腕を抜き、加速を用いて小型超獣を振り払う事を考えましたが、それもできません。その姿を眺めるエーテル超獣は、グロッキーになりながらも、目に笑みを浮かべるのでした。


「み、見透かされてる……」


 デュークはそれ以上うまい手を思いつけませんでした。ナワリンがゴンゴン! とクレーンを振るっていますが、超獣にはまだ余裕があるようです。


「くそぅ――――――っ!」


 そして、デュークがどうすることも出来ない事態に、龍骨に張り裂けそうな焦燥感を溢れさせ、いつもは見せることのない、罵りの言葉を放った時でした。


 ズドドドドドドドド! という、重々しい音が聞こえたのです。

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