第195話 おひい様とじいや

 デューク達、第三艦隊別働隊が救援に向かっている頃、ゴルモア星系最外縁部では、機械帝国の主力部隊がジャンプアウトを果たしていました。


 その中核をなす部隊に一際大きな軍艦が存在しています。それはただ巨大という他ない大きさを持ち、その内部構造は多重化された軌道ステーションのような複雑な構造を持っていました。


 厳重に装甲されたその艦の最深部には、100メートル四方もの広さを持つホールが存在しています。壁面は流麗な装飾が施された重力制御プレートが幾重にも折り重なり、分厚い床の上には金と赤の絨毯が敷かれていました。


 ホールの中心は10メートルほどの丘のような形状をしており、その頂上にはかなりの広さを持つステージが広がり、中央には豪奢な作りの座椅子が置かれています。


「やっと着いたわねぇ……」


 椅子の上では、物憂げな表情を見せる女性が佇んでいました。彼女はアンドロイドの一種のようですが、ただのそれではありません。


 顔は白銀と輝きながら、肌の下のエネルギーの流れを薄らと見せるほど透き通っています。形の良い顎を持つ流麗な顔の上では整った鼻梁が美麗に抜け、まろみを帯びた頬には薄く朱が浮かんでいました。


 頭部には濡羽色の豊かな髪が流れ、涼やかな線を描く目の奥では大粒の碧玉が潤んでいます。真瓜のような豊かな唇の上では紅のルージュが妖艶に濡れ、豊かな胸が上下するたびに甘やかな吐息を規則正しく漏らすのです。


 彼女は機械帝国の住民である機械人であることは間違いありませんが、硬質な無機物でありながら有機生命体の持つ柔軟性を兼ね備え、そして見るものの心を奪うような美しい生き物だったのです。


 その美しき機械人は手に持ったグラスをもたげています。それは電気エネルギーの蓄積と放電を長時間繰り返し、電荷を高めることで熟成させた潤滑油ワインです。


 彼女がそれを口にすると、華やかな香りが鼻孔をくすぐり、舌の上に甘みと渋みが広がります。コクリ――白磁を思わせる喉が数回ほども鳴ると、手にしたグラスは空になりました。


「爺や、おかわり」


 グラスが空になった彼女は、脇に控えていた人物に次の一杯を所望します。


「朝から三杯目ですぞ」


 黒い箱型ロボット――随分と使い込まれて補修の跡が何箇所も有る老ロボットが、メインカメラに掛けたモノクルをカチャリといわせながら、「飲みすぎでございます」と拒絶の声を上げました。


「口答えするつもり?」


「どうとでも、おひい様」


 拒否を受けた彼女は美しい眉根を上げながら詰問するのですが、老ロボットは、またモノクルをカチャリとさせて「駄目です」と、改めて告げるのです。


「この私、アルル・オーバスター・メカロニアの言葉に逆らうとは――いい度胸ね」


 メカロニアを冠したフルネームを名乗った女性はアルルと言うようです。そして彼女は「あなた死刑ね。溶鉱炉送りが良い? それともプレス刑?」と、物騒な言葉を漏らしました。


「私にそんな脅しは通用しませんぞ」


 アルルが随分と物騒なことを言うのですが、老ロボットは「お父上から、自儘を許すなと言われておりますのでな」と答えました。


「融通の効かないオンボロジジィねぇ」


「オンボロ? 生まれてこの方、オーバスター家に仕えきたこのジェイムスンめには、褒め言葉にしか聞こえませぬな」


 ジェイムスンと名乗ったロボットは諧謔に満ちた返答をしてから、「まったくもって恐悦至極」とマニュピレータをわざとらしく振るってポーズを決めました。


「……慇懃無礼って言葉、あなた知ってる?」


「その言葉をお教えしたのは私なのですぞ。ともかく、飲み過ぎは美容に宜しくありません」


 老ロボットは「お体に触ります」と、そこだけは心のこもった、案じるよう口調で窘めます。その様子を眺めたアルルは「ふん、もう良いわ」とそっぽを向きました。


「さて、戦況の報告が届いております。旧辺境軍閥の艦隊で構成した先遣隊が、ゴルモア星系に到達し、侵攻を開始してから40時間が経ちました」


「もう星系を掌握した頃合いかしら?」


 ジェイムスンは「それが意外なことに――」と言うと、メインカメラからレーザーを投射します。すると、ホールの宙に浮かんだ三次元映像に変化が現れ、ゴルモア星系の概況が映りました。


「ゴルモアの外惑星が陥落しているものの、遅滞防御を繰り返し、いまだ首都星近傍には達しておりません」


「へぇ、ゴルモアってば、科学力も落ちる弱小星系よねぇ。原因は、共生知性体連合のテコ入れかしら?」


 アルルの問にジェイムスンは「ご推察の通り」と端的に答えました。


「隠蔽もせずに、派手にスターラインを見せつけながらの進軍だものね。近隣星系の駐留部隊をかき集めて――そんなところね。あーあ、威圧だけでなんとかなるかと思ったのに……」


「のんびりやっていると、連合の艦隊も近づいてきますぞ。損害を無視して強攻させますか?」


 アルルは口元を可愛らしくすぼめて「それを私に聞く?」と、機嫌を損ねた様子で言いました。彼女の顔には笑みのような物が浮かんでいますが、それがそのままの物ではないとジェイムスンは知っています。


「ぬ、これは愚問というものでしたな……これは大変な失言。平にご容赦!」


 ジェイムスンはあわてて侘びの言葉を漏らし、カラダを小さく折り曲げ、恐縮した様子を見せました。


「あらあらしおらしいこと……良いのよ、そんなに畏まらないで」


 老ロボットは尚も姿勢を崩さず、アルルの前で畏まり続けます。そんな彼を見つめたアルルは「もう……じいやったら、わかってるくせに」と微笑みを見せました。


 彼女は満面の笑顔になり座椅子を降り、なおもカラダを小さくするジェイムスンをムンズ! とその豊かな胸に抱き上げ、こう言うのです。


「戦争、そのあり方――すべては、貴方が教えてくれたことなのよ」


 アルルは、ジェイムスンの頭をナデナデしながら「この古びた軍事機械が教えてくれたことなの」と言い、それきり口を閉ざしました。彼女の碧眼には、深い慈愛に満ちた色が乗っているのです。


「お、おひい様……わかっていただけますか。く、くく……じいやは嬉しいですぞ!」


 オーバスタ家第三執事であり、機械帝国軍参謀でもあるジェイムスンは、小さな頃から薫陶を与えてきた姫――機械帝国第一皇女が、正しく成長したことを確信して涙しました。


「では、全軍に……通達を……」


「ジェイムスン、皆まで言わないで……それは、私の役目でしょ?」


 老ロボットを胸に抱いたアルルは、言葉を紡ぎ始めます。


「全軍に通達、損害は――――」


 そう言った彼女は、さらに慈愛を深めた渾身の笑みを浮かべながら――


「損害は、”無視して構わない”わ!」

 

 慈愛とは完全に反比例する、冷酷無比なセリフを放ったのです。


「それが機械帝国流の戦争ってやつよっ! 全軍に通達――その身を挺して帝国の威光を知らしめよ!」 


 機械帝国第一皇女アルル・オーバスター・メカロニアは、塗れのアルル、鏖殺姫オーバーキルプリンセス冷酷なる碧玉コールド・サファイアと呼ばれる、臣民の損害すら顧みない戦狂いウォーモンガーだったのです。

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