第196話 ゴルモア星系小惑星帯防衛戦 その1
ゴルモア星系首都星公転軌道のすぐ外側にある小惑星帯で、共生宇宙軍駐留部隊とゴルモア星系軍の協働部隊の艦艇が息を潜めるようにして姿を隠していました。
共生宇宙軍ゴルモア派遣部隊は、これまで機動力を活かした襲撃戦やあらゆる手を用いたゲリラ戦術を用いて数十倍もの敵軍を翻弄し、かなりの戦果を上げていましたが、その度に艦艇は損害を受け続け、ペパード大佐が使える艦艇は300にまで減少しています。
「ペパード、
「そいつは助かる」
重巡洋艦バーンの艦橋では、紙巻きタバコを横咥えにした連絡武官のティ大佐が紫煙を吐き出しながら、ゴルモア軍から送り届けられた砲艦部隊の到着を告げました。バルカ・ペパード大佐は、葉巻を片手にゴツゴツとした恐竜顔の上に乗る鼻からこちらも紫煙を吹き出し、満足げな声を上げます。
「助けてくれているのはお前たち連合ではないか? 本来ならば我々ゴルモアの責任に置いてやるべき仕事なのだがな」
「私はこの星系にすでに5年は駐留しているからね。他人事ではないのだよ。自分の家を守るというか、愛着とか、そんな気持ちだな」
「遠い星からやってきた恐竜族の末裔が、1000光年も離れたゴルモアを自分の家とするか。はははは」
いかつい容貌――節足動物の顎のような口を持つティ大佐は、笑い声を上げながら、ブワリと紫煙を撒き散らします。ゴルモア人は進化の過程上で、ニコチンとタールを摂取することが必須になっている生き物でした。
ペパード大佐は手にした葉巻をジッと見ながら「そうさ、コイツが無くなってしまうのは、困るんだ」と言いました。大佐が愛煙しているそれは首都星ゴルモア原産のタバコで、駐留部隊に配属となってからは片時も手離さずにいるのです。
「ゲホンゲホン……ああ、また換気装置の調子が悪くなってる。艦長どうにかなりませんか?」
「参謀、ゴルモアタバコには、有害物質がないから気にするな」
愛煙家を通り越した二人が「タバコは肺のお菓子だ」と、仲が良く紫煙を吹かしている脇で、参謀のベネディクトが「煙い煙い」とボヤいています。重巡洋艦バーン艦長のシュールツは、艦長権限でエアバリアを全開にして煙をベネディクトの方に追いやっていました。
「さて、ここまでは順調と言って良いのかな?」
「ゲフン……ええ、遅滞防御は予定どおりです。随分と縦深を奪われましたが、どうにかこうにかと言ったところでしょう。あと、2日……それだけ耐えれば、援軍の第一陣が到着します」
カークライトはゴルモア星系の隣の星系の間にある次元断裂内に快速艇を先行させて、ゴルモアへの連絡を入れていたのです。
「数は5000隻だったな。それだけ来てくれれば手の打ちようもある。それから本隊が到着するまでの時間稼ぎをするとして――――」
「では、まずは時間稼ぎの時間稼ぎということだな。ここで敵を食い止め、少しでも有利な状況を作れば、その後が楽になる」
ティ大佐は「がっはっは!」と笑いました。実際のところは、かなり危険な状況であるのですが、ゴルモア人という人種は基本的に楽天的で恐れを知らないのです。
「ティ大佐の言うとおりだ、まずはあれを叩こう」
ペパード大佐は、巡洋艦バーン艦橋に据えられたスクリーンに映る機械帝国の先頭に立つ1000隻程の部隊を指差して言いました。
「参謀、部隊の展開はどうなっている?」
「あっ、いましがた完了しました。艦隊リンクを展開します」
ベネディクト少佐がコンソ―ルを叩くと、共生宇宙軍とゴルモア軍の間に強固なネットワークが構築され始めます。
「ゴルモア軍、艦隊統制ネットワークに入りました。当部隊はこれより、ゴルモア防衛統合部隊を呼称します」
彼の言葉は、小惑星帯に潜む800余りの部隊が共生宇宙軍の統一指揮のもと戦闘に入ることを示していました。
「ティ、砲艦は好きに使わせてもらうぞ」
「うむ、ここを抜けられたら後がないのだ。使い潰すつもりでやってくれ」
「使い潰す……出来る限りは生き残らせたいとは思うがね」
「気にしてはいかんぞ、ペパード」
連日の遅滞戦闘を行う中、ペパードとティの間にあった星間政治につきものの面倒なしがらみと言った物は完全に粉砕されています。ティに言わせれば「共生宇宙軍に協力せねば、守れるものも守れんのだ」ということでした。
「偵察機より入電、敵先遣隊進路予想の通り」
「よし、電子ジャミング開始。爆雷への起爆信号送れ」
敵艦隊が想定宙域に入った事を確認したペパードは、 レーダーを妨害する強力なジャミングの指示を出しました。
「敵部隊統制乱れた。ジャミング有効です。チャフ散布進行中」
続いて敷設されていた爆雷が爆散し、各種電磁波を吸収するフィラメントが大量に散布されると、機械帝国の艦隊は一時的に目を失うことになります。光学観測により敵艦隊の進路が乱れたことを確認したベネディクト少佐は「大佐、いつでもいけます!」と告げました。
「では、いっちょやったるか!」
大佐が指示を出すと、小惑星帯に潜んでいた共生宇宙軍の艦艇がゾロリと現れます。旗艦である重巡洋艦バーンもバッバッバ! とスラスタを吹かしてそれに続きました。
「主砲身は十分冷却されています。陽電子ペレット弾庫いっぱいです」
「よぉし……全艦、連続射撃開始!」
シュールツ艦長が準備完了を告げたと同時に、ペパード大佐が射撃開始を命じます。すると縮退炉が作り出した反物質ペレッドが爆縮し、強力なガンマ線レーザーが発射されました。
「着弾――着弾――!」
「いいぞ、続けて撃て! エネルギーのことは考えるな!」
軍艦のレーザー砲は、貯蔵庫にあるエネルギーを撃ち尽くすと、次の射撃までに時間がかかるのですが、ペパード大佐は、「糸目をつけずに撃ち続けろ」と指示を出しました。
800を超す艦艇の砲口が秒間10発というペースで煌めいています。後先考えないエネルギーの浪費に比例して、機械帝国軍のそこかしこで激しい爆発が巻き起りました。
「よぉし、後ひと押しで壊乱するぞ」
「ですが、射撃の熱で各艦の艦体が冷却が追いつきません。冷却剤を緊急放出していますが、すぐに残量が怪しくなります」
強力なガンマ線レーザーは一発撃つごとに砲身の冷却を行わなければなりません。通常であれば、冷却材と放熱板を用いて発散させることで処理出来るものですが、この時の連続発射の予熱は余りにも大きなものでした。連続射撃態勢とはよほどの事がなければ、使用する事が禁止されているのです。
「想定どおりだな。よし、全艦に通達、パイプラインを通じて熱処理をサポートを受けつつ、射撃を維持せよ!」
共生宇宙軍とゴルモアの砲艦からは、長く伸びたチューブがいくつも伸びています。それは小惑星の影に隠れたフネ――ゴルモアの民間船に続いているのです。
「民間船にこのような使い方があるとはな」
「ガンマ線レーザー砲の弱点は熱なんだ。過剰な熱が処理できれば、無茶もできるという寸法さ」
ペパード大佐は、ゴルモア軍が徴用した民間船を冷却材の供給源および熱のプールとして使うことで熱処理を行い、連続射撃を可能としていたのです。これは限られた状況でしか使えない方法ですが、極めて有効な作戦でした。
「敵軍、先頭部隊壊乱しましたが……ですが、後方から次の部隊が入ってきます」
「冷却の終わった艦から順次射撃再開! 余裕の無い艦は小惑星の影に入れ!」
大佐は、入れ替わるようにして前線に出てくる機械帝国の部隊に対して砲火を集中させつつ、危険な場合は小惑星を盾にして粘り強く戦えと指示したのです。
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