第179話 必要性

「あなたはカークライト船長!」


「久しぶりだなデューク君。ふふふ、船長とは嬉しいね。お久しぶりと言うには、時間が経っていないかもしれんな。ナワリン嬢も、ペトラ嬢も――まさか、こんなに早く出会えるとは思ってはいなかったぞ」


 少しばかり前に、デュークらと船団を組んだ時の、船団長カークライトが、ニコリと笑みを浮かべているのです。彼は重厚さを感じる、共生宇宙軍の高級将校の軍服を羽織っていました。


「船団長だ~~! なんだか偉そうな格好してる~~!」


「ええ、貨客船の船長が、なんでこんなところにいるのよ……」


 カーライトは、そんな龍骨の民の娘達を見て「は、は、は」と笑いを漏らしました。彼は引き締まったカラダを共生宇宙軍の軍服で覆い、磨き抜かれた軍帽を目深に被っています。


「バカモンッ! カークライト少将に失礼だぞ! 提督と言え、提督と!」


 デッカーがカークライトの肩に付いた階級章――ただ大きな星だけが二つ乗ったそれを示しながら、デューク達を叱るのですが――――


「まぁまぁ、デッカー。ついこないだ、船旅を一緒にした仲なんだ。それに、この子たちには世話になったからな。いわば戦友なのだ」


 ――軍帽の庇の奥から大きな目を光らせるカークライト少将は、軽やかな笑みを浮かべたのです。


「カークライト……提督。元軍人だったと聞いていましたが、随分と偉い人だったのですねぇ……」

 

「今回の騒動で現役復帰を命じられたばかりだがね。古巣に戻ったら、階級のせいで肩が凝ってしょうがないものだ」


 カークライトは肩を重々しく回しながら、それまでの経緯を簡単に説明しました。退役提督として貨客船で飛んでいたら、突然現役復帰を命じられ、分艦隊の司令官を――「押し付けられたのさ」と言うのです。


「それで、提督。この者たちを連れてこさせた理由はなんでしょう?」


 憲兵隊デッカー少佐は、それまでの経緯はどうでもいいというほどに、カークライトに理由を尋ねるのです。


「よせよデッカー。お前まで他人行儀なのか。俺達は、新兵訓練所の同期じゃぁないか。同じ釜の飯を食った仲だろうに」


 カークライトは、手のひらをヒラヒラとさせながら、デッカー少佐に「やめろ、やめろ、昔の通りでいいさ」と言いました。


「へぇ、二人は訓練所の同期だったんだぁ」


「でも、少佐と少将? 同期でも、階級が全然違うわぁ」


「差がありすぎ~~!」


「うるせぇ――! こちとら、叩き上げから苦労して昇進してきたんだ。カークライトの昇進速度がおかしいんだよ!」


「ん? アレな上官をぶん殴って、昇進を一度フイにしたのは、お前自身じゃないか、デッカー」


「アレは、必要なことだったんだよ――!」


 デッカーがミニチュアのクレーンをバタバタとさせながら、怒鳴りました。


「はっはっは! 龍骨の中身は変わっていなくて安心したぞ。いやぁ、こちらは、いきなり現役復帰を命じられて話し相手もいなくて困っていたんだ」


 カークライトとデッカーは、同期の桜というべき存在でした。同期とは、階級を越えていつまでも同じ釜の飯を食らった仲間なのです。


 そんなカークライト少将はデッカーを見つめて、真面目な顔でこう言います。


「さて――――まずはデッカー少佐、君に新しい任務を与える」


「ああん? どんな任務だ」


「うん、この有様だろう――分艦隊5000隻とは聞こえが良いが、編成に大変苦労していてねぇ」


「それがどうした?」


「いやはや、こんな寄り合い所帯じゃ、艦隊のコントロールも難しくてなぁ。軍規の乱れだって有るかもしれん。それでで、お前にそれを取り締まってもらいたいのだ。分艦隊司令部直属艦隊監査部のボス――つまり憲兵隊長をやって欲しいんだよ」


「ああ? てめぇ! 俺はただの少佐だぞ――! 馬鹿にしてんのか!」


「俺の権限で臨時に特務大佐格ということで決裁しといたから、問題ないぞ。仮昇進の大佐じゃ、不足かな?」


 特務が付いた階級は、その役割が必要になった場合に臨時に昇進させることで、仕事をしやすくするためのものでした。


「なっ――! て、てめぇ軽々しく決裁しやがって……」


「必要なことだから、別に良いじゃないか。必要なことならなんでも許されるのだ」


「う……他にも適任はいるだろう……」


「俺は、自分が見たものしか信用しないんだ。助けると思って引き受けてくれ」


「おめぇ……」


「なぁ、黙って俺に着いてきてくれ。お前が必要なんだ」


 そう言ったカークライトは、軍帽を目深にかぶった頭を深く下げました。


 そんなカークライトの姿を見つめたデッカーは――


「くそっ、持つべきものは同期ってやつか――」


 ――クレーンを伸ばして、カークライトの肩をバンと叩きました。それは、彼にとって、戦友に対する最大限の友情表現だったのです。


 そんな大人達を見ながら、デュークは「なんだろあれ」と言い、ナワリンは「腐れ縁ってやつでしょ」と呟き。ペトラは「よくわかんないけれど~~暑苦しい~~」などと言いました。


「で、コイツらは、なんの為に呼んだんだ?」


「ああ、この子達は司令部直属の打撃部隊に入ってもらう。大型艦で丁度いいのは、いなかったものでな」


「ちょっと待て、コイツらはひよっこだぞ! もっと経験のあるやつがいるだろうに、例えば、種族旗艦級の大型戦艦もこっちに来てんじゃねーのか?」


「うん、3キロ級の大戦艦が配属になってたな。だが、あれは駄目だ。艦長が主要種族の出だから、ニンゲンの俺では統制が効かん」


「うむ……そういう事か。だが、艦母がいたろ! アレはどうなんだ!」


「アレの艦長は、種族の出を気にしない――徹頭徹尾、共生宇宙軍の艦長をやってるような女だ。だからこそ、前衛部隊の統括に回ってもらった。似たような信頼の置ける艦長がいるフネは、すでに各部隊の要に回しているんだ」


「残ったのは……こいつら……違うな、お前、始めからその気だったな?」


「察しが良いな、デッカー。そうだ、軍令部から送られた艦のリストを見て、最初からそう考えていたのさ。言ったろう? 俺は、自分で見たものしか信用しないのだ」


 そう言ったカークライトは、おもむろにデュークを見つめ――


「そういうわけでデューク君。君には、艦隊旗艦をやってもらう」


 ――と言ったのです。

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