第178話 分艦隊司令部
司令船中央のフロートでは、司令部の幕僚達が全周モニターを眺めながら、雑多な艦船の配置作業を行っていました。
「第一打撃群から入電、部隊構築完了、直ちに訓練宙域へ向かうとのこと。やっとひとつ出来たにゃぁ……次は第二打撃群だけど、なかなか編成がまとまらないにゃぁ……」
ネコ型の幕僚が、編成表を眺めながら、「あーでもないこーでもない」と、眉間にしわを寄せています。
「この艦長を要に据えて……こっちをこうして……駄目だにゃ……絶対こいつら喧嘩するにゃぁ――!」
ネコ型種族の彼は「ニュァァァァァ――ッ!」と鳴き声を上げました。相当なストレスが溜まっているようです。
その脇では、魚の顔をした佐官が――
「最前衛の部隊はどうなっているぎょ!? 報告が遅れているぎょ――!」
と、絶叫しています。
「前衛駆逐戦隊、第1から第3まで編成を完了しました。残りの戦隊の平均充足率は85%。完全充足にあと半日はかかるか……ぎょぎょぎょぎょ、10%は遅延しているぎょ! 航路の混乱が影響しているぎょぉぉぉっ……!」
サカナ顔の佐官が大きなヒレをバタバタさせ、口からブクブクと泡を漏らしながら頭を抱えていました。
「ヌロォォォォン! 補給部隊は2割以上遅延しているヌロン! 物資が多すぎて、現場は大混乱――第6惑星の軌道ステーションはどうなってるヌロォンっ?!」
にゅるりとした触手を伸ばした軍人が、オペレーターに激昂しながら尋ねました。彼は軟体種族のスライミーであり、カラダを真っ赤にしているところを見ると、相当頭に来ているようです。
「まだ第2補給戦隊までしか積み込みが終わってないヌロォッォオン! ヌルァァァァァァァ――!」
スライミーは更にカラダを真っ赤にさせて、カラダをプルプルさせながら叫びました。彼の種族はかなりおとなしい種族だというのに、この有様なので、相当にカッカしているのです。
「クルルルル! リスーケ! リスケッター! リスケッテリスト! クルルルルル! クルルルル――!」
アライグマの顔を持つ軍人が、喉をしきりに鳴らしながら、ペンを持った両手をスリスリさせつつ、スケジュールを何度も何度も必死に手直していました。こちらは、もはや共通語どころか、彼の母星の方言丸出しで、罵りの声を上げています。
「サイリスーケ! マタリスーケ! ナオリスーケ!
直しても直してもスケジュールが混乱してゆくので、アライグマの幕僚は、ついにはキレて、眼鏡と手にした二本のペンをデスクに叩きつけました。
「うっわぁ…………」
「鬼気迫ってるわねぇ」
「修羅場だよぉ~!」
フロートに降り立ったデューク達は、位の高そうな佐官級の将校達が艦隊の編成に躍起になっている姿に驚きの声を上げる他ありません。そして地獄のような艦隊構築業務を行う士官たちに遠慮という二文字は存在しないのです。
「三等軍曹が、なんでこんなところに……ああ、お前従兵か! 手が空いてるなら、飲み物を持ってきてくれ! 喉が枯れそうなんだ!」
「あ、はい……」
目を充血させながら、業務を行う幕僚がお茶を求めるものですから、従兵ではないのにも関わらず、デュークはドリンクサーバーでお茶を持ってきたりしています。
「ふぅ……お茶くみなんて初めてですよ」
「ま、5000隻からなる分艦隊を構築中なんだ仕方があるまい。お茶位入れてやらんとな」
「あれ、でも、あの人だけ、なんだか違いますね」
デュークは喧騒渦巻く司令部の中で一人落ち着いた声で、指示を出している軍人を見つけます。後ろ姿しか見えませんが、共生宇宙軍の軍帽を被ったその姿は、標準的なヒューマノイドでした。
「資源衛星に臨時プラント群があるな? そこの施設に補給戦隊をいくつか回せ、ある程度整理できるはずだ」
「ヌ……
その軍人は、軟体種族に指示を出した後にサカナの幕僚を指差し、こう尋ねます。
「ジャンプアウトしてくるフネの様子はどうなっている?」
「艦艇が滞留していますぎょ! 編成宙域が不足しているんだぎょぅ!」
それを聞いたヒューマノイドの軍人は魚人の幕僚に向かってこう言います。
「第二打撃群の編成は現状を持って中断、直ちに進発させろ。残りの艦艇は追って後続させればいい。それで場所がを空く」
「ぎょ…………その手がありましたか!」
次に猫の幕僚を向いた軍人は「同じような編成はテンプレ化ですませ。細かいところは後でどうとでもなる」と言いました。
「にゃ……にゃるほど!」
テンプレ化と言う言葉を聞いたネコの幕僚は、手動で行っていた編成作業の一部を中断しマクロを使った自動化で対処を始めます。
「編成中の部隊で衝突事故発生! 戦艦二隻が舷側をぶつけた模様――艦長同士で罵り合いになっています! クルルル――ッ! この間抜けのおかげで、またリスケだ――! どうしますか!」
「分艦隊司令部権限で、その間抜けな戦艦二隻は欠番とする。スケジュールから外して、いないものと見做せ」
「クギュルルル?! そんなことして良いのですか……?」
「当てる方も、当てられる方も、どっちもどっちだ。それからラスカー君、トラブルに一々取り合ってリスケをやりすぎるな。混乱が広がるぞ」
そのようにして中央のデスクに座った軍人は、まったく動揺せずに状況を冷静に確認しながら、適切な指示を出し続けるのです。
「うわぁ、あの人、すごい優秀だなぁ」
「テキパキテキパキって音が聞こえるような感じねぇ」
「あの人って、誰~~?」
「アレが司令官殿だ! お前達、くっちゃべってないで司令官殿に挨拶するぞ――分艦隊司令官殿、デッカー憲兵少佐、出頭しました!」
デッカー少佐の声に、司令官と呼ばれた男が、椅子ごとくるりと振り向きます。
「ああ、デッカー少佐、ようやく到着したか――」
軍帽を目深にかぶった軍人が、豊かな顎髭を蓄えた口を開いて、そう言いました。そしてその風貌は、つい最近デュークと旅路を一緒にした人物のものだったのです。
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