第267話 ペンギンのパイロット

「あ、フリッパード・エンペラから小さな戦闘艇が向かってきます。ほとんどは戦闘艇みたいだけれど、中央に100メートル級のフネがいます……ものすごくキラキラしていますね」


「というか、金ピカだよぉ~~!」


「豪華絢爛で派手派手だわぁ。あれって軍艦なのかしら?」


 デューク達の視覚素子はペンギン帝国星系軍の超巨大戦艦から飛んでくる、12機の艦艇群を捉え、その中心にとても軍艦とは思えないようなキラキラとした装甲を持った軽艦艇がいるのに気付きました。


「あれは外交船だ。そういうフネはとにかく目立つことが重要なのだ」


 カークライト提督は「あれにペンギン達の指揮官が乗っているのだろう」と言いました。しばらくすると、ペンギンたちのフネが艦載母艦のカタパルトに近づき、編隊を組んだままスルスルと降着します。


「見事なものですね」


「多分あれはペンギン達の中でも最精鋭の部隊なのだろう」


 甲板に降り立った艦載艇とクルーザーは艦載母艦のクルーの手により、そのまま気密区画がある格納庫へ向かいました。カークライト提督は「機密区画のあるドックに入ってゆくようだな。では、こちらも出迎えにいくとしよう」と告げ、艦内移動用の慣性重力式エレベーターに乗り込みます。


 提督に付き従ったデューク達が格納庫へ到着すると、既にペンギン達の戦闘艇は係留機によって固定され、硬式戦闘機動服ニ身を包み、ヘルメットを被ったパイロット達がスタリスタリと、格納庫に降り立ちピョンピョンと跳ねたり、ズゾゾーとスライディングしながら列を作って歩いていました。


「ペンギンのパイロットが12名いますね。完全武装って感じですね」


「彼らはペンギンの式典武官にして護衛を兼ねている。そしてそれが12人いる――その意味がわかるかね?」


「ええと……12名の護衛って、共生知性体連合執政官だけが12名の護衛を引き連れる権利があるのですよね……あれ? おかしいなぁ」


 艦首をかしげるデュークに「厳密に言えば連合法違反ということになる」と答えた提督は「ふぅむ、ペンギン帝国の指揮官は種族筆頭の係累にあたる皇族ということだから、それを知らぬわけがないが……まぁいいだろう」と頭を振りました。


「にしても、なんだかだらしない感じがしますね」


 ペンギン帝国の式典武官達はクワァ!とか、カカカカ! とか、てんでんばらばらな鳴き声を上げながらフリッパーをパタパタさせたり、嘴を上げ下げしたりしています。中にはリーダーらしき者も居るのですが、そいつも同じようにしてクワクワ鳴き声を上げながら、周囲を物珍しそうに眺めていました。


「やっぱりペンギンって、種族的に軽いノリの奴らなんだよぉ~~!」


「そうねリクトルヒさん達とまったく違うわぁ。クワクワうるさいし」


 執政官の護衛を務めるリクトルヒを間近で観察したことのあるペトラ達もデュークの意見に同意しました。その間もペンギン達のパイロットはクワカカカカ、クワカカカと鳴き声を上げて、彼らの地元の言葉で「魚くいてェ」「交尾してぇ」「お家に帰りてぇ」などと騒いでいます。


「なんていうか、フリーダムですねぇ」


「本能に基づいて生きるのが彼らの種族的な特徴だからな。まぁ、あれで優秀な乗組員なのだから別に問題あるまい」


 随行している提督が「君たちが、四六時中おしゃべりをしているのと同じようなものなのだぞ?」とツッコむと、デュークは「な、なるほどぉ」と納得しました。彼ら達龍骨の民は優秀なフネではありますが、軍務中にペチャクチャおしゃべりすることが出来ない生き物です。


 そうこうしていると、係留作業が終わったクルーザーの外板――大変高価で貴重な流体金属を用いた装甲板が音も立てずにクニャッと変化して開口します。


 それを認めたラスカー大佐は「エンペラ族の指揮官殿のお成りですな」と呟き、カークライト提督は「ああ、確か名前はスイカードと言ったはずだ」と告げました。


「スイカード? スイカードって、もしかしてスイキーのことですか?」


「おや、殿下のことを知っているのかね? フリッパード・エンペラ帝国皇位継承第一位のスイカード殿下のことを」


 カークライト提督が首を傾げるので、デュークは「スイキーは新兵訓練所の同期だったんです。親父はやんごとなき地位にいるとかなんとか、言ってました」と答えます。


「ふむ、同期生か」


 提督は「あそこに入るような皇族もいるのだな。特権階級はパスできると聞いたが」と意外だというほどの表情を見せました。随行しているラスカー大佐などは「私の同期は貧乏人ばかりでしたがねぇ」と呟きこう続けます。


「現執政官の息子にして、皇帝にしての名代ということですな。徒や疎かには扱えません、丁重にもてなすとしましょう」


「ふむ、……しかしなかなか降りて来んな。何か準備に時間がかかっているのかもしれんが――」


 扉が開いてから数分が経っても、それらしいペンギンは姿を現しません。カークライト提督以下、共生宇宙軍の面々が首をかしげていると、それに気づいた護衛のパイロットがペタペタと近づいて来ます。


「私はフリッパード・エンペラ帝国星系軍近衛艦隊、第一航宙打撃戦隊所属フライングペンギン指揮官のイコカ大佐です。あなたがカークライト提督ですな」


 搭乗員用ヘルメットをかぶったままのペンギンが、共生宇宙軍式の敬礼をしながら尋ねてくるので、提督は「いかにも。私がカークライトだ」と返礼を行いました。


「ご活躍はお聞きしております! メカ共の軍勢を寡兵で食い止め、ゴルモアの民をその一兵卒までもを救ったと!」


「いや、ゴルモア星系の放棄に至り、戦略的な不利を生じせしめたのは私の責任によるものといえよう」


「ですがそのお陰で、我々ペンギン提督星系軍は不要な消耗戦に巻き込まれずにすみました。ある意味感謝しております」


「まぁ、それにはなんとも答えようがないがね、イコカ少佐」


 星系軍は緊急時において共生宇宙軍の指揮下に置かれると、共生宇宙軍と同列の地位を占めるとともに、星間戦争の最前線で戦いを繰り広げる義務も生じます。カークライト提督がゴルモアを死守すると決めていた場合、星系軍は厳しい戦闘に入り打撃を受けたかもしれないのです。


「いや、それでも感謝いたします。ペンギン族を代表して感謝いたします」


「ふむ――――」


 このあたりの話は政治的に微妙な問題を含んでいるもので、カークライト提督は共生宇宙軍の軍人として、あまりそういう所に触れるのが好みではありません。彼はペンギンからの感謝を受け流すと、このように尋ねます。


「時に少佐。フリッパード・エンペラ星系軍の指揮官はスイカード殿下はどうされた?」


「スイカード……ああ、殿下は大変シャイなやつでして、歴戦の猛者である提督の前に出てくるのが怖くて閉じこもっているのでしょう」


 と、護衛隊のリーダーイコカ少佐は要領のない答えを返しながら苦笑いを漏らしました。それを見とがめた提督は「ほぉ?」といぶかしがるのですが、同時に脇に居るデュークがなにか言いたげにしているのに気付きます。


「なんだね。デューク君」


「あのぉ……提督。あのクルーザーの中にはスイカード殿下ってトリはいませんよ」


 そう言ったデュークは「僕には分かるんです。間違いありません」と言いました。


「だって、こいつがスイキーですから」


 そしてデュークはイコカ少佐を名乗るペンギンに向かって「ひさしぶりだね。スイキー!」と告げたのです。

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