第268話 会談

「あ、ほんとだわ。こいつ飛べないトリのスイキーだわ」


「ペンギンのスイキーって言えば、デュークの悪友だぁ~~!」


 ナワリンとペトラもヘルメットをかぶったイコカ大佐が新兵訓練所で同期だったスイキーだとすぐわかりました。


「む……ヘルメット被ってんのによくわかるなァ」


「そりゃそうだよ、声で分かるさ」


 龍骨の民は副脳を通して龍骨に蓄積し、その中には音紋パターンもあるので、メットを被っていたとしてもパターンを検索すれば一発でわかってしまうのです。「お前らって、そういう機能が付いたのか」といったスイキーはおもむろにヘルメットを脱ぎ捨てました。


「お前、ここで何してる?」


「今僕はカークライト提督の従兵をやってるんだ。そんなことよりスイキー。君はトリの殿下なんでしょ。あっちのクルーザーに乗るべきなんじゃないの?」


「ここにはスイカード殿下なんていないのさ。今の俺様はフライング・ペンギンのイコカ大佐だぜ」


「ふぇ……? どういうことさ」


「殿下の身分のままだと、お付きの家臣がゾロゾロと付いてくるんだ。俺って、そういうのが面倒な性分だからよ。形だけクルーザーを持ってきたんだ」


「なるほど、つまりはお忍びということですかな?」


 それまで二人の会話を興味深そうに聞いていたカークライト提督が「殿下?」と尋ねると、スイキーは「殿下はやめてください、殿下は」と困った顔をしました。


「だが、偽名を名乗るものに乗艦を許すわけにはいきませんなァ。それに殿下は星系軍では大尉であったと記録されておりますが?」


「うっ」


 提督は冗談めかしてそのように言うものですから、スイキーは「イコカは母方の名前で、飛行隊フライング・ペンギンの隊長なのも本当です。大佐の方はまぁ、連絡武官としての最低限の箔付けですから……」とクワクワと説明しました。


「とにかく私のことはペンギン帝国からの連絡武官のように扱ってください」


「ふむ、なるほどそういう事情か。よろしい乗艦を許可しようイコカ大佐」


 提督は苦笑いしながら「では、会談の場を設けてあるから、中に入ってくれ」と告げました。


 そして会議場に入った彼らは、共生宇宙軍とペンギン帝国星系軍の連絡会議を始めます。分艦隊からは、カークライト提督、ゼータクト准将、ラスカー大佐、オブザーバーとしてトクシン和尚、それにデュークという面子です。


「デュークは提督の従兵だからいいとして、戦神のお坊様がオブザーバーですか?」


 会議室に据えられた椅子に座ったスイキーは「政治的にどうなんですか?」と首をかしげると、カークライト提督は「君は知らんだろうが、トクシン和尚は元共生宇宙軍中将でもあるからな」と説明しました。


「さて、ここまでの経過に付いて説明がいるかね?」


「いえ、分艦隊と機械帝国の戦のデータには目を通してあります。先程も言いましたが、ゴルモアを放棄したのは慧眼というべきですが……司令部の了承を得ていないと聞きましたが?」


「ああ、私の独断専行だ。司令部はまだ何も言ってこないが、下手すれば軍法会議ものだな。まぁ、それはいい――」


 提督は続けて「君たちはどういう命令を受けている?」と尋ねます。


「皇帝陛下は明確な指示を出されています。ペンギン帝国星系軍は共生宇宙軍と協力して機械帝国の侵攻を防げ、です」


「協力して、か」


 星系軍は各種族の独自戦力であって、その指揮系統は共生宇宙軍に属するものではありません。協力という言葉には、共生宇宙軍の指揮下には入らないという含みがありました。


「表向きはそういうことになりますが、実際は違います」


「それはつまりどういうことかね?」

 

 スイキーは「こちらの総大将は、自分で言うのもなんですが完全なお飾りです。私にも軍事経験はありますが一介の艦載機乗りにすぎません。そもそもが、共生宇宙軍ではただの士官学校生なんですよ」と前置きしてから、こう続けます。


「近衛艦隊5000隻だけならば、幕僚の力を借りて動かすこと可能かと思いますが、残りの1万5千――――傭兵やら軍事会社の兵力の指揮は正直手に余ります」


「なるほど、数はあってもそのままでは寄せ集めの軍勢か。指揮能力は共生宇宙軍まかせにするということか」


 カークライト提督は「ふむ」と理解を示すのですが――


「しかし、1万5千ともなれば私でも手が余る。中将クラスの仕事だからな」


 カークライト提督は退役時に少将でしたから、五千から六千の部隊を率いた経験しかないのです。


「本来は第五艦隊から指揮能力のある提督を融通してもらう目論見だったのですが」


「主力はいまだ到着しておらんからな」


 恒星の重力異常の影響による足止めを食らっていた第五艦隊主力は、ようやくのことで移動を開始していましたが、分艦隊のいる星系まではあと10日間はかかるという予測なのです。


「それまでに機械帝国が入って来ない、という楽観論は危険だな。さて、どうするか――」

 

 そこでトクシン和尚が「よろしいか?」と声を掛けます。


「拙僧があれらの指揮を執りましょう。第一艦隊時代には、その程度の部隊を率いたこともありますからニャ」


 トクシン和尚は「傭兵にはドンファン・ブバイの信者も多い。なれば統制はとれましょう」と続けました。


「なるほど――――イコカ大佐、それでいいかね?」


「良いも何も、正直な所藁にもすがりたい気分でしたから」


 イコカ大佐を名乗るスイキーは「ありがたい話です」と首肯しました。


 その後彼らは防衛線の構築や補給体制など論点をすり合わせを行い、1時間ほど経過すると大まかな方針が定まり、カークライト提督はが「ふむ、あとは細かい所だが、一旦休憩しよう」と宣言します。


「デューク君、皆にお茶を入れてくれ給え」


「わかりました!」


 提督に命じられたデュークは会議室に設えてあったサーバーを使って皆に飲み物を配り始めました。分艦隊の司令部ユニット内から始まった彼の従兵としての経験はあまり多いものではありませんが、覚えの良いところがある彼はそれなりの従兵っぷりを見せています。


「はい、スイ――イコカ大佐。お茶をどうぞ」


「ははは、お前との間ならスイキーで良いぜ。それにしてもお前のような戦艦が従兵をやるんだな?」


「分艦隊に入ったときから、ちょくちょくやらされてたのさ。提督やラスカー大佐がそれも勉強になるからって」


「なるほど、上の人の近くでいろいろな物を見聞きするのは経験になるものな。話は変わるが、お前の本体大丈夫なのか? 外から見たが、かなりボロボロだったぞ」


「応急処置をしたから大丈夫だよ。装甲はかなり薄くなったけれど、壊れているのは外装の生体機器だけからその内生えて来るよ」


 デュークは「ふんす!」と排気を漏らしながら、力強くクレーンを振り上げました。彼のカラダには相当のダメージが入っているものの、右舷に左舷にと敵の攻撃を分散させたため、深刻な被害は生じてはいなかったのです。


「だけどこれは提督や大佐の操艦が見事だったからだよ。僕の力だけじゃ、あれだけ見事に回避したり、攻撃をそらしたり出来ないもの」


「ほぉ……やはりあの二人、出来るやつなんだな。やっぱ共生宇宙軍は各種族の中でも最精鋭の人材が集められているんだな。星系軍とは違うぜ」


 各種族の星系軍もそれなりの装備と人材を有してはいますが、星系防衛のための部隊ですから共生宇宙軍と比べるのは酷というものでしょう。


「でも、スイキーって、士官学校に入ったのだよね?」


「ああ、それも首都星系の士官学校――超エリートしか入れねぇところだ。まぁ、親の七光りというやつで入ったもんだから、かなり苦労してるぜ」


 共生宇宙軍には士官学校が複数存在していました。正確に言えば、宇宙軍士官学校は一つの組織なのですが、その分校が連合の各拠点に設置されているのです。そして首都星系の士官学校は艦隊の指揮統制を主眼に置いた、将来の宇宙軍幹部を養成するところでした。


「たぶん、お前ん所のお偉方もそこの出身かもしらんな。ふむ……そうすると俺の先輩達になるのか」


 スイキーの考え通り、提督とゼータクト准将は首都星系の士官学校卒業生というエリートです。ラスカー大佐は砲技術分校の卒業生ですが、軍大学に入っているので似たようなものでしょう。


「ねぇスイキー、首都星系の士官学校って、龍骨の民でも入れるのかな?」


「ん、なんだよ藪から棒に……お前、出世コースでも目指しているのか? やめとけやめとけ、地獄見るぜぇ」


 実のところスイキーは元から軍人でしたし、首都星系の士官学校は親の七光りで入れる所ではありませんから、相当なポテンシャルを持っているのです。その彼が「あそこはキツイ」というのです。

 

「でも、そこに入れば、提督たちのようになれるのでしょ?」

 

「まぁ……そうかもしらんな。龍骨の民にも提督になったやつはいるな。現役だと至誠館にして宇宙軍総司令スノーウインド元帥か――親父と一緒に合ったことがあるが、ありゃ化け物だぜ」」


 スイキーは「そんなものにお前は――」と言ってから口ごもり、小さな声で尋ねます。


「なぁ、あの提督になにか吹き込まれたか?」


「君なら宇宙軍総司令官になれる。成るつもりで頑張れって言われたよ」


「ほぉ、それでどう答えた?」


「なんていうかわからないけれど、フネとしての本能っていうか、進路が見えた気がしたんだ。だから成ります! って答えたんだ」


 それを聞いたスイキーは「……ああ、こいつ乗せられたんだな」と呟き、カークライト提督の方を少し強い目をして睨みました。それを受けた提督は「なにかね?」というほどの表情を見せながら、幽体のクセに思念波を使って器用にお茶をすするのです。


「その進路ってやつは、滅茶苦茶大変なものになると思うけどな……」


「大丈夫だよ、どんな厳しい航路でも一度入り込めば、乗り越えてしまうのが龍骨の民だもの」


 デュークはあまり心配した様子もなく「大丈夫!」と言いました。


「たしかに、お前らそういう生き物だものなぁ……まぁ、それ自体は悪いことじゃないか……よし、頑張ってみることだな。俺も応援してやるぜ!」


「ありがとう、スイキー!」


 フリッパード・エンペラ帝国第一皇子にして星系軍大将と大佐の肩書を併せ持ち、共生宇宙軍士官候補生という面倒な状況にあるスイキーは、新兵訓練所の同期であるデュークが純粋な気持ちで高みを目指している姿に笑みを浮かべたのです。

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